目当てのお店は素敵なところだった。革張りのソファに年季のはいったテーブル。店内に漂う珈琲の香りとジャズが心地よい。マサ姉さんは一目みて気に入ったようだった。
平日だからか空いていて僕たちは6人がけの席に通された。僕とヴィブロスはパフェを、姉さん達はケーキセットを頼んでいた。
「気にいっていただけましたか。」
「もちろん。いいお店だね。」
マサ姉さんは笑って答えた。
僕は二人の様子を横目でこっそり観察した。
姉さんとマサ姉さんは仲があまりよくない。いや、この表現は合っていないな。正しくは距離が遠い。僕やヴィブロスには普通なのに、二人だけになると途端によそよそしくなる。傍目からでもお互いに気を遣っているのがバレバレだ。
母さんたちは見守るスタンスのようだけど、僕とヴィブロスは二人にもっと砕けてほしいと思っていた。
今回のお茶会はそんな目的もある。
ヴィブロスもメニュー表をみながら姉さんたちの会話に聞き耳を立てているようだった。
机の下でこっそり連絡をいれる。
〈今のところいい感じじゃない?〉
〈うん!マサお姉ちゃんもお姉ちゃんも楽しそう。〉
すぐに返信がかえってきた。よし、がんばるぞ。
僕とヴィブロスはヴィルシーナのことを「姉さん・お姉ちゃん」、政子のことを「マサお姉ちゃん・マサ姉さん」と呼ぶ。これは小さい頃、マサ姉さんが僕たちの世話につきっきりになっていたときに、
「ヴィルシーナのお姉さまは一人だけなのに。」
と泣いたことがあって、それ以来僕たちはマサ姉さんと呼ぶようになった、らしい。
父さんからの情報なので、実は僕たちはそのときのことを覚えていない。いつの間にかそう呼ぶようになっていた。マサ姉さんは気づいていないけど、姉さんの愛の熱量はすごい。この前だってマサ姉さんとお茶会に行ったジェンティルドンナさんのことを、親の仇かというぐらいの目つきで睨んでいた。
ヴィブロスは姉さんがもっと素直になればいいのにと嘆いていたけど全くその通りだと思う。だから、今日は姉さん達の背中を少しでも後押しできたらと思う。
「お待たせいたしました。」
パフェが二つと飲み物が先にきた。
僕がいちごでヴィブロスはチョコ。
「アイスがとけないうちに早くおあがりなさい。」
マサ姉さんはそう言って長いスプーンをとってくれた。
「せっかくだから皆のものが揃ってからにするよ。」
「そうだよ。そのほうが楽しいじゃん。」
「そうか。」
この会話が聞こえていたのか(だとしたら申し訳ないけど)ケーキもすぐに来た。
「急かしてしまったかな。」
同じことを考えたのか気まずそうなマサ姉さんに、ヴィルシーナは苦笑してフォークを渡していた。ちなみにマサ姉さんはミルフィーユを姉さんはモンブランを注文していた。
「そんなことはないと思いますよ。ほら、そんな顔をしているほうがよほど失礼というものです。」
「そうだね。」
揃っていただきますをして、僕たちはお菓子を頬張った。
「おいしい~。あ、写真を撮るの忘れちゃった。」
「また今度来た時に撮ればいいよ。」
「そうよ。また四人で来ましょう。」
しまったというヴィブロスをマサ姉さんは微笑ましそうにみる。
和やかな空間だった。
「ねえねえ、シュヴァル。チョコのほうも食べてみたい?」
ヴィブロスがあーんとスプーンを差し出してきた。
「し、仕方ないな。」
仕方ないとつい口からでてしまったが、これは作戦だ。食べさせあいっこをすることで親密度をあげるらしい。食堂で作戦をたてていたら通りすがりのアグネスデジタルさんがアドバイスしてくれた。
耳が赤くなるのを自覚しながら一口分のパフェを頬張る。どこかで誰かのうめき声が聞こえたような気がするがたぶん気のせいだろう。
「おいしい?」
「お、おいしいよ。お返しにこっちもあげる。」
ヴィブロスは躊躇いなく僕が差し出したパフェを食べた。そして、その勢いのまま姉さん達にもケーキをねだった。姉さんはなれているのだろう。嬉しそうにモンブランをあーんとヴィブロスに食べさせた。
反対にマサ姉さんはお皿ごとヴィブロスのほうに近づけた。
「私、スプーンだから食べさせてほしいな?」
上目遣いにおねだりをしてみせる。うん、ヴィブロスに任せて良かった。マサ姉さんは困った顔をしたけれど、たまにはいいかとあーんとした。よし、この調子で姉さんたちにもあーんをさせるぞ。
「シュヴァルも食べる?」
「へ?」
密かに決意を固めていると姉さんがモンブランを口元にもってきた。狼狽えているとヴィブロスが食べて、と目線で訴えてくる。
マサ姉さんも微笑むだけで助けてくれないようだ。
「あーん。」
僕は覚悟を決めて食べた。
「どう?」
「美味しいよ。ありがと。」
顔が熱くなって帽子を深くかぶる。や、やりきったぞ。
「ねえねえ、マサお姉ちゃん?」
「せっかくだからお姉ちゃんにも食べさせてあげてよ。」
「「え。」」
2人は同時に驚き、声をあげた。マサ姉さんは姉さん、んんややこしいな。ヴィルシーナ姉さんのほうをチラッとみると、少し考えてミルフィーユを一口分、フォークで切り分けた。
「いやじゃなかったら。」
「そんなことはありませんわ。」
ヴィルシーナ姉さんは笑顔で食べた。でも、その表情は作っているように見えて。マサ姉さんもホッとしているけどどこか不安そうだった。
微妙な空気が流れる。
それを変えたのは豪気な乱入者だった。
「あら。聞き覚えのある声がしたと思ったらあなた方でしたか。」
「ジェンティルちゃん。」
姉さんのライバルのジェンティルドンナさんだ。マサ姉さん、いつの間にそんなに仲良くなったの?
姉さんのほうをみると笑顔がひきつっている。スマホの振動にアプリを開くとヴィブロスから、
〈面白くなってきたね!〉
〈僕は冷や汗かいてるよ‼〉
「ねえねえ、ジェンティルドンナさんも一緒にお茶しようよ。」
なんて無邪気なんだろう。これが末っ子の特権というものか。僕には真似できそうもない。
「それはいいね。」
マサ姉さんも賛同して、自分の隣の席を引いた。
ああ、姉さんの顔がすごいことになってる。
「魅力的なお誘いですけれど遠慮しますわ。」
察したジェンティルドンナさんは帰ろうとした。しかし、それは引き留められた。
「あなた、お姉さまのせっかくのお誘いを断る気?」
姉さん、ちょっと理不尽だよ。
「こら、ヴィルシーナ。ジェンティルちゃんごめんなさいね。」
ジェンティルドンナさんが微妙な顔をしている。この人もこんな表情になるときがあるんだ。
「このまま帰るのもあれですし、ご一緒させていただきます。」
そう言うと姉さんたちと同じケーキセット(チーズケーキ)を頼んだ。
「政子さん、よかったですわね。妹さんたちと念願のお出かけができて。」
念願って。言いすぎではないだろうか。
ヴィブロスもそう思ったのかマサ姉さんに訊ねた。
「マサお姉ちゃん、そんなに私たちと来たかったのよ。」
「そのとおりよ。そしていつも私は代わりに付き合わされて、妹自慢を聞かされていますの。」
すました顔をしているけど、マサ姉さんの耳は真っ赤だった。なんだかこっちまで照れちゃうな。
「お姉さま、言っていただければいつでも行きますよ。」
「そうだよ。遠慮しちゃやだよ。」
「僕たちもマサ姉さんともっと遊びに行ったりお話したりしたいって思ってるよ。」
マサ姉さんは目を丸くして驚いている。家族でもあまりみたことない珍しい表情だ。
「そうか。」
「そうかって。もっとましな返事ができませんか。」
ジェンティルドンナさんがマサ姉さんを小突いた。
「いやだって。」
「ひねくれすぎといつも言っているでしょう?」
「楽観的にみるのは。」
「あなたはもう少し肩の力を抜くことよ。」
距離近いな。すこしだけ妬けてしまう。
「マサ姉さんとジェンティルドンナさんは仲がいいんだね。」
僕は思いきって訊ねた。
「あ、私もそう思った!どこで知り合ったの?」
「それは、」
とマサ姉さんがいいかけたところでジェンティルドンナさんのケーキセットがきた。
「たまたま会っただけ。ほらジェンティルちゃん、ここのケーキは美味しいよ。」
誤魔化された気がするけど、深掘りする気にもなれない。姉さんは聞きたそうにしているけど、躊躇っている様子だ。
「レース場でお見かけして私から声をかけたのよ。ヴィルシーナさんの御家族だと知っていたので。」
ジェンティルドンナさんが捕捉をいれた。
レース場か。誰のどのレースだったんだろう。たぶん、姉さんのだろうな。僕の出るレースはまだオープンだから。
その後、僕たちは学校のこととか、趣味とか色々話した。意外だったのはマサ姉さんがレースについて詳しかったこと。あまり興味がないと思っていたから、直近のレースで盛り上がって楽しかった。
でも、チラッと姉さんのほうをみると暗い顔をしていた。どうしてだろう。それだけが気がかりだった。
マサ姉さんが皆、普段頑張っているからと会計をもってくれた。ジェンティルドンナさんは固持しようとしていたけど、結局折れた。
「ここで別れようか。学園の近くだから。」
「え、でも。」
「そもそも私は学園にはいれないからね。」
マサ姉さんは苦笑した。
「ヴィルシーナ、この子達を頼むよ。」
「はい。お姉さま。」
「ジェンティルちゃんも気をつけてね。」
そういってマサ姉さんはあっさり帰っていった。颯爽とした後ろ姿は格好よかったけれど、淡白で寂しかった。
「久しぶりに会えて嬉しかったな。でも、もうちょっとお話ししたかったかも。」
「そうね。お姉さまは忙しい人だし。寮生活だとなかなか会えないものね。」
残念がるヴィブロスを姉さんがなだめている。
「政子さんはあなた方のことを常に考えていますわ。」
「あんなにレースに詳しいなんて知らなかったな。家だとレースのことは滅多に話さないから。」
「そうね。私たちのほうが話してしまうわ。」
姉さんが少し気まずそうにしている。
「政子さんはあなた方の話だったら、どんなことでも嬉しいでしょう。」
「そうかな。マサお姉ちゃんはレース場にもあまり来ないと思ってた。」
「あらどうして?」
「誘うといつも断るから。」
「そう。」
ジェンティルドンナさんは意味深に頷いた。
「他所の家のことですもの。私は深くは聞かないわ。」
そう言うと彼女は優雅に去った。振り向きざまに横目で姉さんと見つめあっていたけど、気づかないふりをした。その目が責めているように感じた
「私たちも部屋に戻りましょう。」
姉さんの声で僕たちも寮に帰った。