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ルイス・マーティスは塔の上から自身を讃える民衆の歌声が聞こえるのを待っていた。おかしなことに、一向にその歌声が聞こえない。どういうことだ? ああそうか、さてはあまりにも畏れ多くて声を発することすら叶わぬか。まあよい、それならば......
その時。
眼下の校庭、それも食堂・カフェテリアのあたりから何か勇壮な調べが聞こえてきた。
ーー我らがルイス! 銀貨の魔術師!
「おお......」
ルイスは目を細める。これだ。これこそ俺が求めていた正当な扱い。毎回毎回、東風やネイピアに踏みつけられるのではない、本来の聖職者の姿。
勝利の余韻に浸っていると、ピコンと聞きなれた音がした。通知を示すスマホの音だ。
後回しにしようかと思ったが、ピコンピコンと連続して音が鳴るのでスマホを取り出す。もしかすると俺の勇姿が拡散されてバズっているのかも!
液晶を見たルイスは凍り付いた。
「なんだこれは......」
ーー購買のご使用ありがとうございます! 請求は6万9000円です!
ーーカフェのご使用ありがとうございます! 注文詳細は以下のURLからご確認いただけます!
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「ほらほら、皆さん遠慮せずに! もっと注文して!」
俺の両手の上には山と銀貨が積まれている。雑木林で落ち葉拾いをするようにルイスの投げた銀貨を回収していったのだ。
なんとなれば。
「この銀貨は神父様が皆さまのために喜捨して下さったものなんですよ!」
「なんとまあ!」
「いやあ......今時そんな偉い方がおられるものだねえ」
そうですとも。
だって放送で本人が言っていたではないですか。彼は地上の王なればなり。ルイスが地上の王ならば、その民草を潤わせることこそ務めというもの。彼ほど徳の高い方ならばきっとこう言う。汝臣民の喜びこそわが喜び、と。
「ルイス神父を崇めよ! そして、歌い踊り飲み貪れ! 錦衣玉食、酒池肉林じゃあああー!」
おおおお、と店に集まった暴徒......ではなく学生諸賢が雄たけびを上げる。
「キンシコウのシュークリームだー!」
ネイピア、四字熟語が分からないならそう言いなさい。キとシしか合ってないぞ。
天を衝く勢いで突き上げられた拳の波が落ち着くのを待って、俺はおもむろに口を開く。
「お前たち、この銀貨をよく見てみろ。いや、食事の前にあまり見るのはよくないが、まあちらりと見ればいい」
これなるは聖ルイス神父のご尊顔を受けた銀貨。
「これが巷にバラまかれたことの意味が分かるか?」
「分かるか―?」
ネイピア、さも自分が分かってる側であるかのように繰り返すのやめなさい。
「これこそルイス神父がまさに慈悲と寛容に溢れた聖者であらせられることの証拠。彼の投げた銀貨とは、世を生かすためにあなた方に施された彼の血肉なのだ。あなた方はその犠牲によって永遠の命を得る。水に向かってワインになれと言えばワインとなり、石に向かってパンになれと言えばパンになるであろう」
そう! この銀貨が彼の血肉なればこそ、ルイスの顔が刻まれているのだし、それを俺たちに向かって投げたということは、これを使って飲み食いせよという神父のお志なのである! 銀貨はルイスの血肉だから、懐を痛めるのもルイスなのだ!
「......? なのだー!」
ネイピアには俺の神学は理解不能だったようである。まあ俺にも理解不能だが。
「御名を讃えよ!」
「皆を讃えよー!」
ネイピア、なんか漢字が違う気がするんだな。気のせいかもしれないけどね。
「ふざけんなアアアアア! トンデモ説ぶっこいてんじゃねエエエエ!」
俺の有難い説教をぶち壊す不信心者が現れた。誰あろう、ルイス・マーティス神父その人である。
「てめええええ! 何、俺の銀貨勝手に使ってんだアアアア! 知らん連中にも奢りやがって!」
てめーが投げ捨てたもんだろが。
「後から回収するんだよ! てめー、財布落ちてたらネコババすんのか!」
「えっ」
俺は少し大げさに驚いて見せた。
「神父様って喜捨した銀貨を回収なさるんですか......貧しき者は幸いである、と聞いていたのに」
「うぐっ」
たじろいだルイスの瞳には、俺の背後にいる食堂の暴徒どもの純真な眼差しが刺さっている。
「え......なんだ奢りじゃねえのか」
「本物の聖者様だと思ってたのに......」
「仕方ないわよ、薄給そうですもんね」
ルイスは唇を噛んでわなわなと震えた。
俺は畳みかける。
「いやあまさか! 金持ちが天国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい。ルイス神父は己の財産を恥じて、罪を清めるために喜捨なさったのですよ! ねえ、そうでしょ?」
「ぐ......いや、そ、そいつの言う通りだ......」
「あれ、でもルイス様、さっき後から回収するとか」
「そうでも言わないと皆さんが遠慮して食事を楽しめないであろうというお計らいですよ」
ねえ、神父?
「いや、それはその......まあそういうことだ。せいぜい俺に感謝して」
「おやあ? その日の糧は主の恵みなり、では?」
「くふ......あ、ああ、この料理はみな、主の恵みである。俺に感謝する必要はないぞ......」
「マジか......こんな方がおられるのか!」
「あんちゃん、アンタはほんとの神父様だよ!」
「お兄さん、ありがとう!」
人々は口をそろえてルイスを讃えた。お望み通りだろう?
「あ、ああ......いいってことよ。先に店出てな......ハハハ」
ルイスの承認を得て、たらふく食事を終えた人々はぞろぞろと店を後にする。引きつっているが一応さわやかな笑顔を顔に張り付けているところがさすがの聖者であらせられる。
こういうところで格好つけるんだよな、こいつ。
「ルイスうー、ボクのもつけといて!」
「私の分もお願いしますね、ルイスさん」
ネイピアとオリヴィアまで勘定を手渡す。ネイピアはともかく、オリヴィア、あんたいつの間に?
「ふ、ふざけんなてめー! お前らは敵だろうが!」
俺はルイスの肩に手を置いた。もちろん領収書をひらひらさせながら。
ーー汝自らの敵を愛し、敵のために奢れ
だろ? 少し違ったかもだが。
「......」
ルイスは沈黙した。
「ご馳走様ー!」
「ゴチになりました、ルイスさん」
ネイピアは可愛らしくぺこりと頭を下げ、オリヴィアはメイド服の裾をつまみ恭しくお辞儀をする。後に残されたのは財布が空になったルイス。うむ。実に貧しき者は幸いである。
「ま、待ってくれ! 俺の負けだ! 俺の負けでいい! だからてめーらも半分は出せっっ! でないと破産だー!」
その時、カランカランとベルのなる音がした。店のドアに立っていたのはエミリア・グリーン。まるでウミガメの産卵シーンを見たスタジオの女優のように口元を覆い、目元に涙をたたえている。
「か、感動しましたルイスさん......人々にお腹いっぱいご馳走をして、わずかの感謝も求めないなんて! 本物のノブレス・オブリージュです、エミリアもかくありたいものです......!」
「エ、エミリアさん......」
庭園の魔女の無垢な眼差しに射抜かれ、二の句が継げないルイスである。
そのスキをついて、オリヴィアがさりげなくレジに箱詰めのクッキーを持って行ったのを俺は見逃さなかった。やがて帰ってきた彼女は、当然のごとく領収書をルイスに押し付ける。あいつ、この機会にお屋敷で消費するお茶菓子まで買いやがったな。
「ではでは私も......! ルイスさんのお志に報いるべく、ゴチになっちゃいます!」
「え? ちょ、ちょっとエミリアさん?」
「大丈夫ですよ、ルイスさんの懐事情はちゃんと分かってますから! 形だけご馳走してくださいね!」
これはヤバい。
エミリアにルイスの懐事情が分かるはずはないし、庭園の魔女の「形だけご馳走」が何を意味するのか、分かったものではない。
オリヴィアも危険を察したか、ネイピアを連れて音もなく裏口に姿を消した。俺も後を追う。
「エ、エミリアさんの頼みとあらば......仕方ないっすねえ。なんスかこれ、え、こんなちっちゃなチョコレート? いいっすよこれくらい、別にもっとドーンと持ってきてくださっても」
「え? よ、よろしいのですか?」
「もちろん! いくら俺でも、エミリアさんのお菓子一つ買えないほど落ちぶれちゃいませんよ!」
「そ、そうなのですか! では今日だけは、ぱぱ活女子になっちゃいます!」
バカルイス、俺ア知らねえぞ。あとエミリアさん、あまり人前でパパ活とか言わない方がいいと思うよ。どうせオリヴィアあたりが仕込んだのだろうが。
俺が店の敷居を跨いだ刹那、銀貨の魔術師の悲鳴が響き渡った。