コメディ精神を貫くマーマレードでありたい‼
ルイスの財産と引き換えに、エミリアは無事魔導書を回収できた。正気を取り戻したルイスは、自身の言行録(編集・撮影:オリヴィア・オースティン)を見て抽象絵画のようなおぞましい表情になったそうだ。もっとも、聖職者としての彼の評価はかえって上昇したらしい。なんだかんだ世のため人のために自腹を切った男である。
「いやあー、ご迷惑をおかけしましたあ」
放課後、グリーンズハウスにお呼ばれして応接間でまったりしていると、エミリアが困ったように笑っていた。ほんとにな。あんたが台風の日に雨戸をあけなければルイスが破産して税務署にしょっぴかれることもなかったのに。
「破産はしとらんわい!」
いたのか、ルイス!
「ええー! ルイス君にエミリアのお菓子代が払えたの!?」
「バカ、ネイピア......!」
学生らの飲食費はルイスの懐に風穴を開けたが、残念ながら致命傷には至らなかった。神父の懐を吹き飛ばしたのは庭園の魔女が購入あそばされたクッキーである。
土づくりから始めて収穫の瞬間まで一切の妥協を許さない最高級の小麦。ルイスよりも血統のよろしい雛鳥を厳選し、グリーンズハウスの屋根裏部屋並みの環境で育てた鶏が産んだ奇跡の卵。完成された味わいのため、ネイピアのマーマレードにぶち込んでもなお上品な味わいと香りを損なわない、究極の上白糖。それらの食材を鉄腕中の鉄腕を誇る職人たちが、数週間にわたる下準備を経て焼き上げたクッキー。グラム当たり、砂金のようなお値の張るお菓子である。
エミリアに正直に事情を話せばクッキー代くらい立て替えてくれたであろうに、ルイスは下らぬ見栄を張って無事、托鉢僧の暮らしを送ることになったのだ。
「バーカ! クラウドファンディングで何とかしたわい!」
そうなのだ。
こいつは現代の聖者として炎上したが、それを逆手にとってクラウドファンディングに成功、身銭を切って庶民の生計を助けた男の中の男として多方面から寄付金を受け取りおった。まあどうせ借金の支払いに消えるだろうが、破産は回避したのだ。ちっ! 妙なところで金策の才能がある神父である。
「そ、そうなのですか。私、てっきりまたバカなことをして皆様にご迷惑をおかけしたのかと......」
エミリアが心配そうに眉を顰める。いいんですよ。あんたが反省すべきは魔導書を吹き飛ばしたことだけで、ルイスの生計なんて大した問題じゃねえんですから。
「そうですわ、オリヴィア! 皆様にお茶菓子を差し上げて」
はいお嬢様、と控えめだが凛とした声が響くや、薄桃色のカチューシャが心霊動画のオーブのように部屋を横切る。車輪で動いているのかと見まがうほどの水平移動である。皆が席に着くテーブルの中央にはいつの間にかお菓子が積まれたティーコースターが置かれている。いつ置いたの?
「わあい、クッキーだ! いただきまーす!」
ネイピアが手を伸ばす。あれ、このクッキーってもしかして。
「頂きます」
クッキーに伸ばした俺の手を、ゾンビの腕が掴んだ。いや、ルイスの腕です。
「待て。貴様、そのクッキーが何だと思うてか」
「エミリアがくれたクッキーだよ」
それ以外に何かあるのか?
「お前、砂糖にアレルギーなかったっけ?」
「そうだよ! 東風言ってたよ、砂糖にアレルギーあるって」
そんなこと言いましたっけ?
「ああそれね、あのね、こういう上物の砂糖なら大丈夫なんだよ。医者も言ってる」
「ふざけるな。そんな都合のいいアレルギーがあってたまるか!」
「そうだよー! それに、上物なら大丈夫だっていうのなら何でボクのマーマレードはダメなの!?」
「お前のマーマレードは下中の下だからだ!」
みるみる悪くなっていく雰囲気を前に、エミリアがおろおろとしている。
「な、なんてこと......皆様が私のお出ししたクッキーで喧嘩を......! ああ、やっぱり私は人の心が分からない世間知らずのダメなお嬢様なのね......!」
あんたがダメなお嬢様ってのは同意だけども、原因はクッキーではないんだな。どっちかっつーと黄金のお菓子ってやつ? つまりお金。
「あのですね、お嬢様......」
オリヴィアがごにょごにょとエミリアに耳打ちする。相変わらず剣道の達人のように見事なすり足である。ところで何を吹き込んでいる? どうせろくでもないことだろうが!
「なるほど、そういうことでしたか! エミリアなっとくです!」
何を納得したのだろう? 嫌な予感しかしないんだが。
「皆様の仲立ちはこのエミリアにお任せあれ! 雨降って地固まるです! 麗しき友情をもう一度取り戻して見せますわ!」
もう一度、ってことは元々俺らの間に麗しき友情があったってこと? エミリアさんってド近眼なの? その年で乱視入ってるの?
「皆様はしゅくめいのらいばるでしたのね!」
ふんす!
うむ、これは悪い予感しかしない。
「少年漫画には庶民の真実が描かれていたのですね! 殿方の友情は戦いの中でこそ芽吹き、育まれるものなのでしょう!」
ふんす! ふんす!
俺とルイスは椿の花がぽとりと落ちるように揃って首をうなだれた。
「オリヴィア......何を吹き込んだ......」
「これですよ」
性悪メイドが取り出したるは、やたらと眉が太い主人公とその宿敵らしきゴリマッチョが描かれた一昔前の漫画だった。
「ふんす!」
こらメイド。モノレールみたいな水平移動の分際で、てめーまでドヤ顔してんじゃねえ。ふんす! は一人で十分だ!