「2-0だよ! 東風のダブルファーストが流れ作ったんじゃない!?」
ネイピアがはしゃいでいる。ふん、よく分かっているではないか。2ゲーム目のルイスのフォルト連打は俺のダブルファーストでプレッシャーを受けたのも一因であろう。
「ネイピア、ナイスサーブ!」
「まっかせて!」
さて。
賢明な皆様ならよくお分かりであろうが。
マーマレードの魔女のサーブゲームは落とすことが前提である。
3ゲーム目はネイピアがサーバー。ここは始めから捨てている! 裏を返せば、だからこそ1ゲーム目はリスクを冒してでも取らねばならなかった。そのためのダブルファーストだったのだ!
「東風ー! なんで前衛いかないのー!?」
「後頭部を守るためだ!」
「ボクのコントロールが信用できないの!?」
「逆に聞くが、できると思うか!?」
身の安全のため俺は前衛には立たず、ベースライン付近にまで下がっていた。ついでに言うとネイピアより後ろである。ここなら安全。
「もー! ひどいよー!」
ネイピアのファーストサーブはなかなか綺麗な軌道を描いてルイスの元へ。しかし問題は、その軌道は俺が前衛にいたなら立っていたであろう場所を通過しているということだ。やっぱりな!
ルイスは浅くラケットを立て、掬うようなスイングをした。これは......
「ドロップショットだ! 取れ、ネイピア!」
「取れないよー!」
ーーラブ・フィフティーン!
まったく! 今のはお前のボールだろうが!
「あっそ! 東風はこのゲーム落とすつもりなんだ! やる気ないんだ!」
ネイピアが頬を膨らませている。
「戦略的敗北というやつだ! 冷静に考えろ」
俺はむくれるネイピアをなだめる。
「いいか、冷静に考えてみろ。このゲームを落としたとして、次は誰のサーブだ?」
「それはエミリア......はっ」
ネイピアも気づいたようだ。
「そうだ、エミリアだ! 奴にサーブなんぞ打てっこない! ここでゲームを落としても次取ればいいんだ! その後は俺のサーブゲーム、ここはダブルファーストで押し切る! そしてルイスのサーブゲームで決める!」
これが俺の作戦だ。
実を言えば、初めに2ゲーム取った時点でもうこちらの勝ちはほぼ確定。唯一の懸念はネイピアのサーブを後頭部に受けて俺が退場する可能性だけなのだ。
「分かってくれ、ネイピア、なっ」
「ううー......でも納得いかないよー」
「今のファーストの軌道見たろ!? 俺が立つはずだった場所を通過していったぞ!」
ゲームは落としてもまた次の機会に取れる。だが俺の頭は一つしかない。俺はケルベロスではないのだ。
「東風がいたらもっと内側狙ったよー?」
「ようし分かった! じゃあ次のサーブは内側を狙ってみろ。ちゃんと狙えたら前に立ってやる!」
再び、ネイピアのサーブ!
「きゃっ」
エミリアはリターンできずにこちらの得点。だが問題はやはり軌道!
寸分たがわず、俺が立っていたであろう前衛のポジションの側頭葉付近を直撃! ネイピアの甘言に惑わされていたら脳震盪を起こすところであった。今こうして額に爽やかな風を感じることができるのは、ひとえにベニクラゲのタワゴトを斥けたからだ。悪魔の言葉に耳を貸すなかれ! さもなくば今頃、額は真っ二つになって脳みそに風を受けていたかもしれん!
「ほら見ろ! お前は俺に無意識の恨みを抱いているんだ。そうとしか考えられん!」
「今のはたまたまだってばー! ぐーぜんだよぐーぜん! かんぜんにぐーぜんですうー!」
「その偶然で頭を割られたくないと言っているんだ!」
「東風のバカ! もうマーマレード作ってあげない!」
「それは願ったり叶ったりだ!」
すったもんだのあげく、ネイピアが折れた。だって二度も後頭部を直撃する軌道を描きおったのだから。こちらにはエビデンスがあるのだ。
「わかったよー! じゃあ東風は後ろにいていいよ! サーブ打ったらボクが前に出るもん!」
サーブ・アンド・ボレーヤーだと? バカな、そんな高度なプレイができるはずが......
そこで俺の思考はふと止まった。
待て。
ネイピアは......ファーストサーブを2回連続で成功させなかったか? 1発目はルイスのドロップでやられたが、エミリアからは得点している。もちろん、弾道上に俺の後頭部が存在しないという前提条件の下でだが。
ーーあれ? こいつ意外とうまい?
ネイピアがトスを上げた。