マーマレードの魔女   作:へきいさむ

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第13話 まさかのビッグ・サーバー!

 ボールは太陽に吸い込まれるかのように高く高く上がっていく。皆の視線がボールに集中する中、「えいっ」とネイピアの声がした。ベースライン手前に置いたメロンパンを踏み台にしてジャンプしている! 今や日食のように太陽に重なったボールの下、影のように少し離れてともに空中にとどまるオレンジの髪。ネイピアだ。

 

ーーマーマレード・サーブ!

 

 ケヤキの木よりも高い位置からラケットを振り抜く。太陽を背に、テニスコート上空に一瞬、流れ星のような光が瞬いた。その光は次第に白から黄色へと色味を増して大きくなっていく。

 

「へ?」

 

 それがこちらへ飛んでくるテニスボールだと気づいたのは、反射的に頭を横にそらした後のことだった。ズドオオンと背後を揺らす落雷のような音。

 

「ネイピアああああ! なんでこっちに打つんじゃアアアア!?」

 

 ベースラインよりも後ろにいても危ないって何!

 

「あ......あれ? コート間違えちゃった......!」

 

 天使が舞い降りるようにメロンパンの上にふわりと着地したマーマレードの魔女。

 

ーーフォールト!

 

 オリヴィア主審の声が響いた。

 

 あれだけ凄まじい威力のサーブを持っておきながら、結局ネイピアのボールが点に結びつくことはなかった。上空から空爆のようにコートのあらゆる場所を無差別に襲っただけだ。何なら、こっちのコートに落ちた方が多かったくらいだ!

 

「東風が意地悪しなければちゃんと入ってたもん!」

 

 以上がダブルフォルトの連続でゲームを失ったマーマレードの魔女の供述である。

 

「ピアちゃーん、ボール頂戴ー!」

 エミリアの鈴の鳴るような声が響く。 

 

さて。

 

「分かっていると思うが」

 ネイピアはこくりと頷いた。機嫌を直すのが早いところはこいつの良いところだ。多分、無差別爆撃によってストレスを解消したからであろう。こちらは円形脱毛どころか、顔面が円形に抉れるところであったが。

 エミリアのサーブゲーム。ここがねらい目だ。先のゲームを失うことなど始めから計算のうちに入っている。ベースラインより後ろにいてもネイピアのサーブが危険であったことだけが、唯一の些細な誤算であった......些細な誤算です!(ここ重要)

 

 エミリアはネイピアから受け取ったボールを地面について呼吸を整えている。ふん、仕草だけは様になっているが、台風の日に窓を開けて魔導書を吹き飛ばすお嬢様にまともなサーブが打てるとは思えん。

 

ーーゲームカウント 1-2 エミリア、サーブ!

 

 大丈夫。

 

 エミリアがトスを上げる。

 横を向いて杯を掲げるように腕を伸ばす。しなやかに伸びた胸から脇腹、腕と手頸のラインは、ワルツを踊る令嬢のように優雅であった。ボールはエミリアの掌からほぼ垂直に舞い上がる。

 そのまま、ラケットの先端がゆっくりとナチュラルターンの円弧を描いてスウィートスポットでボールを捉えた。

 

ーーイン! サービスエース、エミリア、15-0!

 

 主審のコールを聞いて我に返る。

 

 やられた? サービスエース? エミリアに?

 

 何が起きたのか分からないままネイピアのリターン。再び白鳥が羽を伸ばすような豊饒にして典麗なフォーム。思わず見とれていると、再び主審の声が響く。

 

ーーイン! エミリア、30-0!

 

 俺はようやく事態を理解した。庭園の魔女の2連続サービスエース。

 そんなバカな。彼女は絶対に戦力外だと思っていた。エミリアはワルツよりも速く動くことはできんはずだ! 美しく青きドナウがエミリアに出せる最高速度だ。

 

「ええ、お嬢様はワルツよりも速く動くことはできませんよ」

 オリヴィアの声がした。いつの間にか主審から解説にジョブチェンジしたようだ。

 

「ですが......自分のペースでゆっくりやれることなら得意だったりするのです」

 

 再び、ゆったりワルツ・サーブ!

 

 速くて鋭くて重い! 俺のラケットは弾かれ、再びサービスエース。

 ネイピアももちろん返球できず、4ゲーム目はエミリアのストレートで終わった。 

 

ーーゲームカウント2-2!

 

 オリヴィアは主審に復職されたようですね。

 そんなことより。

「東風、どうしてくれんの!? こんなの予想外だよー!」

「く......くっそおおおおお!」

 再び俺のサーブゲームだが、予想外のイーブンに焦りが募り、ルイスのようにダブルフォルトを連打してしまった。デュースまでもつれ込むもゲームを失う。次、逆転に勢いづいたか、ルイスのサーブはかなり精度が上がっていた。しかし何とか食らいつきリターンエースでゲームをもぎ取る。3-3でネイピアのサーブ。最悪だー!

「東風、やっぱり前に出てよ! ボクのマーマレード・サーブで......!」

「それだけはダメだ!」

 ネイピアのニアミス・フレンドリーファイアが続きゲームロスト。そして3-4で迎えた庭園の魔女のサーブゲーム!

 

「と、とにかく食らいつけ! ロブでも何でもいい......」

 もはや瞼に焼き付いた、あの流麗な庭園の魔女の舞。とにかく返すだけ返すんだ!

 

ーーフォールト!

 

 え?

 ボールはポンポンと間の抜けた音を立ててネットに転がっていた。ベースライン付近を見ると、エミリアが倒れている。だ、大丈夫か?

 

「脇腹......攣っちゃって......!」

 肋骨の下あたりを抑えて白目をむくエミリア。あの優雅なワルツはどこへ行った!?

 

「あー......お嬢様ったら、無茶するから。日中の稼働限界は20分もないのに」

 オリヴィアが駆け寄ってエミリアの背中をさすっている。あんたヴァンパイアの血でも入ってるの?

 

「エ、エミリアさーん! 大丈夫っすかああああ!?」

 ルイスも駆け寄る。蝋人形のように無機質な美貌をたたえた庭園の魔女は、ダブルフォルトの常習犯の腕に抱かれた。

「ルイスさん......ダメな魔女ですみません......あなただけでも組織を抜けて幸せになって」

「そんな......貴方を置いて逃げれないっすよ!」

「ふふ......相変わらず人がいいのね......組織を裏切ったというのに」

 組織って何? ああ、そういえばネイピアのコードネームつけた時、組織がどうとか言ってたね。ていうか、あのネタ、まだ引きずってたんかい! 

「グリーン家は歴史を重んじるのですよ」

 オリヴィアが窘めるように言う。やかましいわ、歴史とかじゃなくて単にネタが不足しているだけじゃ!

 衰弱した庭園の魔女の口元が僅かに動いた。最後の言葉を残そうとしているのだ。

「ピアちゃんの......サーブが怖くて......体力持ってかれた......」

 パタリ。

 毒杯を仰ぐソクラテスのように、どことなく芝居がかった最期を迎えた庭園の魔女である。エミリア、あんた意外と映画好きでしょ?

 

「エミリアああああ! ボクのサーブのせいで......ごめんねえええええ!」

 ネイピアが泣き叫ぶ。親友を失い涙を流すのは良いが、だったら俺にも謝らんかい。

 

ーゲームセット! エミリア・グリーンのリタイアにより勝者、マーマレードの風!

 

 オリヴィアの宣言。

 シーソーゲームを制したのに嬉しくないのは何故だ? 

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