マーマレードの魔女   作:へきいさむ

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第14話 知りがたきは、秋空と賽の目と魔女のこころ

 突然倒れた親の手術の結果を待合室で待つというのはこんな気分なのだろうか? 経験はないけど、たぶん違う。

 第一に。

 運ばれていくエミリアの顔がどことなく得意げだった。いや、脇腹を手で押さえていて痛そうではあったけど、名演をやり遂げたばかりの女優という趣があった。てめー、たのしんでやがるな?

 第二に。

 患者の手を握る男がルイスという時点でもうダメだ。何がどうとかではなく、画にならない。俺がスポンサーなら作画監督を交代している。シャケの皮が蝋人形の令嬢の手に巻き付いているのは直視に堪えぬ光景である。

 第三に。

 医師もといメイドに緊張感がない。オリヴィア、仮にも倒れた主をお屋敷に運ぶのに欠伸はどうかと思うぞ。いや、めんどいのは分かるけどさ。一応、君の主だよね。

 第四に。

 ジャムがうるさいことこの上ない。

「ほらあー! やっぱりボクのサーブが効いたんだよ! マーマレード・サーブが勝因だよ!」

 ダブルフォルトも構わず無差別爆撃を続けておきながら、自分が勝因とな。力尽きたエミリアに泣いて謝っていた涙はどこへ行ったのか。マーマレードの隠し味の塩にでもなったか。

 

「お嬢様はしばらくお休みになられます。よろしければ皆様にお夕飯を、とのことでした」

 手術室から出てきた......じゃなくてエミリアをぽいっとベッドに投げ捨ててきたオリヴィアの言葉である。夕飯を頂ける? それはありがたいぞ!

 

「オリヴィア特製のオムライスをご用意いたしますよ。皆さまは客間でお寛ぎください」

 メイドは一礼してベルトコンベアに運ばれるトランクのように台所に姿を消した。相変わらずの水平移動だが、そろそろ原理が知りたいぞ。

 オリヴィアが去ると一座を沈黙が支配した。こういうのを天使が通り過ぎたとか言うそうだが、何となく話題がなくて俺は指先を弄んだり、他2名の様子を窺ったりしていた。ルイスは 道端でカバに遭遇した紳士のように難しい顔をして黙り込み、ネイピアは微妙に床まで届かない足をブラブラさせている。確かにこの椅子ってちょっと座高が高いよね。

「ところで、よ」

 ルイスが口火を切る。

 なんとなく沈黙が重苦しかったので正直助かる。どんな話題でもいいから場を持たせてくれると有難い。エミリアのサーブすげーよな、とかでもいいからさ。

 

「うさぎって何で耳の付け根が凝るんだと思う?」

「......は?」

 急に何を言い出すのこの神父様は? もしかしてまた魔導書に取り憑かれたの?

 再び場を重苦しい沈黙が支配する。ネイピアが金魚のように口をパクパクさせているから相当なものだ。もう少し広げようがある話題投げてくれる? バラエティ番組の司会でもこんなもん拾えんわ!

「さあ......やっぱり耳がよく動くからでは?」

「やっぱ動くからか」

「じゃねえかな。責任は持てんけど」

 以上、終了。

 ことあるごとに場を引っ掻き回すネイピアが何も言えずに会話は終わった。プロのピザ職人でも広げようのない話題であった。難しい顔をしているから何を考えているかと思えば!

「東風......何か面白いこと言ってよー......」

 ネイピアが気を聞かせて俺に振った。振りが雑すぎるのがアレだけども、天衣無縫のネイピアに気を遣わせるとは、銀貨の魔術師の底力には侮れぬものがある。

「......将棋とかけて結婚相手の選び方と説く」

 必死の思いで脳内を検索して引っかかった謎かけを取り出す。そのこころは? と合いの手を入れたのはネイピア。マーマレードの魔女も幼年期の終わりを迎え、人に気を使えるようになったか。俺は嬉しいよ。

「不甲斐ない(歩がいない)と困ります」

 稼ぎが少なく不甲斐ない結婚相手と、歩切れで指し手に困る将棋をかけたものだ。面白かろう? 自信あるぞ。

 

「......わり。俺、将棋わかんね」

「ボクも」

「......」

 会話終了。

 

「あの......解説してくれる?」

 残念な人を見るような目でそんな情けをかけてくれるなネイピア。

「つまりその......将棋では歩っていう駒がないと不利なんだけど、これがない状態を歩切れつって、不甲斐ないっていう」

「あー。おもしれーな」

「あ......あー!」

 いっそ太陽のマーマレードでも投げてくれ!

 

 俺のメンタルが無事崩壊したところで(何で俺が悪いみたいな空気になってるの?)、薄桃色のカチューシャがドローンのように滑らかに空中を移動してきた。

 オリヴィアよ、この重苦しい空気は俺のせいではないんだ。そうだ、エミリアが倒れちゃったからみんな曇り顔なのさ。ネイピアなんて親友を喪って悲しんでるんだよ。

 

「お待たせいたしました。オリヴィア特製のオムライスです!」

 

「やったー! オムライスだー!」

 ネイピアの悲痛は一過性のものであったことが判明した。人の心は春風のように移りやすく、人生は草葉に滴る朝露のように儚い。徒然草に言う、カゲロウの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。親友を喪ったばかりだというのに、彼女の涙はオムライスにかかるケチャップよりも安いのだ。朝露でももう少しは草葉の表面に留まるだろう。春秋を知れとは言わんから、せめてオムライスを食い終わるまでは喪に服さんかい! 俺の謎かけが浮かばれんだろうが!

 

「いただきまーす!」

 ルイスが木っ端微塵に粉砕した場の空気は、オリヴィアのオムライスで一気に回復した。人はパンのみにて生きるにあらずというけれど、神父がいても食うものがなけりゃどうにもなりませんよ旦那。

 スプーンで卵の包みを破き、トマトライスとともに掬うと、鶏肉と玉ねぎ、そして僅かにキノコの風味が混じった香りが鼻腔を満たす。頂く前から完成度の高さが分かる逸品である。

「うまい!」

「おいしーい‼」

 一口食べると、厳選された素材が絶妙なバランスで調和して、シンプルだが奥行きのある味わい。卵と玉ねぎの上品な甘み、トマトの僅かな酸味に鶏肉のうまみが互いに互いを引き立てる味覚の黄金比。そこにアクセントのようにキノコの癖のある香りが加わって味は複雑さを増している。単純であるがゆえに洗練の凄まじさが分かる奇跡のレシピ。

「オリヴィアああー! これおいしい! 最高だよー!」

「まったくだよ! さすがの腕前......三ツ星ものだぜこれは!」

「ふふ。有難く頂戴いたします、ムッシュー」

 俺の軽口に穏やかに微笑んで礼をするオリヴィア。こういうユーモアと気品ある返しができるあたり、ルイスとは雲泥の差だ! グリーン家のメイドの一皿で一気に場が華やいだ。

 そうだよ、友との饗宴はこうでなくては。少しくらい騒がしくてにぎやかな方が楽しいのだ。

 

ーーお嬢様アアアーー!

 

 耳をつんざくような怒声が聞こえた。

 少しくらい騒がしい方がいいとは言ったが、こんな怒鳴り声はお呼びでないぞ。オリヴィアのオムライスに舌鼓を打っている時に!

 

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