「お嬢様アアアー!」
怒声が聞こえた。
少しくらい騒がしい方がいいのさ。先ほどの画鋲で自分の指を刺していた方がまだ有意義な時間よりも、な。
「誰だアア、お嬢様を危険な目に合わせた不届き者は!? このオリバーが切り捨ててくれる!」
そうだよ。俺は賑やかな時間の方が好きさ。防音室で食事がしたいと思ったのは初めてだけど。
「お嬢様アアアアア‼」
客間のドアが陸あげされた魚のように激しく壁に打ち付けられる。よその家のことながら、建付けが心配になったくらいだ。
スプーンをぽとりと落としたルイスの視線の先を追うと、ドアがあった場所には、仁王立ちしている青年がいた。
ーー誰だこいつ!?
「俺か? 悪党に名乗る名はないが、騎士の礼儀として名乗ってやろう!」
ヤバい奴だということは分かったから名乗らなくてもいいけど名乗ってくれるのね。
ーー庭園の魔女エミリア・グリーンの護衛にして執事! オリバー・オースティン!
やや小柄ではあるが筋肉質な体つきに、栗色のよく整えられた髪。紺色の正統派タキシードに、どことなく古風で実用性よりも装飾性に重きを置いたような長剣。そして胸元に覗く、控え目ながら明るい印象を与える薄桃色のネクタイ。
薄桃色の上品な小物といえば、あの水平移動する反重力カチューシャを連想せざるを得ない。しかもオースティン? 執事? こいつもしかして。
「はい。私の弟です」
姉による自白。まだ取り調べもしてないのに!
「にっ......!」
俺は思わず叫んでいた。人様の親戚筋をどうこう言うのは不躾だが、それでも言葉を飲み込むことができなかった。さあ皆さんご一緒に!
ーー似てねええーーー!
なぜあの冷静沈着、オムライス作りの名人たる姉と、こんなむさくるしい時代錯誤の騎士が同じ血を分けているのか? 両親の血を遠心分離器にでもかけたか、はたまた遺伝子配列を逆ソートでもしただろ!
しかし、落ち着いてオリバーをもう少し穏やかな表情にしてみれば(脳内で描いてみたが、イメージするのに苦労しました)確かに姉と似ていなくもない。栗色の髪、少し小柄な体型、地味ながら育ちの良さを感じさせる顔立ち。
そして姉とお揃いのカラーのネクタイ。淡白な薄桃色のアイテムを上品に着こなすセンスは姉譲りなのか?
「なんだ貴様、俺の顔をまじまじと見おって! 何かついているか?」
「いや......お洒落なネクタイだなと思って」
「む、なかなかいい目をしているではないか! 姉上が俺のために選んでくださったものだ!」
やっぱりね。こいつにそんなTPOをわきまえた、地味ではないが目立ちすぎでもない絶妙なラインのファッションセンスなどあるはずもないからな。センスではなくネクタイが姉譲りなのだ。想像だが、弟の悲惨なファッションセンスを見るに見かねた姉が、彼にネクタイを買ってやったのだろう。絶対そうだと思ったらふと笑ってしまった。
「なんだ貴様、何がおかしい!? 俺がピンクのネクタイをしていることがそんなに変か!」
「い、いや......」
「ええい、この際だから教えてやろう! 俺はな、本当は赤地に黒いドラゴンが織り込まれたネクタイがよかったのだ! しかし姉上が反対なさってな......」
赤地に黒いドラゴン!? どこぞのロックバンドならともかく、絶対に執事のネクタイじゃねえ! あんた、お姉さんの言葉を聞いて正解だったよ!
笑いをかみ殺していたら顎の付け根あたりが痛くなってきた。お願いだからそれ以上喋らないでレッドドラゴン騎士執事さん! あれ、ブラックドラゴンか? どっちでもいいけど!
「そんなことより貴様か、お嬢様を危険にさらした馬の骨は!」
オリバーがつかつかと俺に歩み寄り、詰め寄ってくる。
「ち、ちょっとオリバー......」
「いいえ止めないでください姉上! 俺はお嬢様の執事としてどうしてもそこの男に言わねばならぬことがあるのです!」
オリバーは俺にびしと人差し指を突きつけた。あ、やっぱ姉弟だわ。魔導書回収の時、お姉さんにその仕草されたもん。頭はともかく人差し指だけはちゃんと遺伝したのね?
いいか貴様......とオリバーは俺に剣を見せつける。僅かに鯉口を切ってみせ、それがまがい物ではないことを示す。怖いはずなのに何となく滑稽なのは何故だ?
ーーもし再びこのようなことがあったなら、貴様など俺の剣で真っ二つの三枚おろしにしてくれる!
もうやめてえええええーーー!
「ンっフ......やれるもんならな」
そう返すのがやっとでした。笑うのは悪いしさあ、ほんとどうしようねこの人!
ルイスは拾い食いをして食中毒にあたったかのように俯き、ネイピアは酢昆布をしゃぶるように唇を噛みしめている。お前ら、腹筋に力を込めろ!
「な、何? 俺の剣気にも怯まぬとは......ふん、言うだけでも大したものだ。姉上とお嬢様に免じてこの場は見逃してやろう! 先ほどの言葉、ゆめ忘れるなよ?」
「お前こそ忘れるなよ?」
どうやって人を真っ二つの三枚おろしにするのか、ルイスで実演してもらおうじゃないか。
オリバー・オースティンが踵を返して客間を後にするや、皆の腹筋が限界を迎えた。