「皆さん、お忘れではないでしょうね?」
オムライスを食べ終わり、皆で片づけをしていると、一足先にお茶を入れていたオリヴィアが呟いた。
忘れている? 何をだ?
「魔導書ですよ! テニスやらワルツ・サーブやらオリバーの登場やらで忘れてしまったのですか! 皆様には魔導書を回収して頂かないと!」
え? 魔導書って。
「ルイスが破産して回収しただろ!」
「破産はしとらんわい!」
「何言ってるんですか! 魔導書は一冊ではありません」
オリヴィアの衝撃的な証言。
「お嬢様が吹き飛ばした魔導書は一冊ではありません! グリーンズハウスの図書目録と突き合わせてようやく紛失リストができたばかりなんですよ」
何だと。
オリヴィアの説明によると。
なおも紛失リストは作成中だそうだが、現時点で吹き飛んだ魔導書の総数は100冊を超える。もしかすると散らばった図書室の備品などを探していれば出てくるかもしれないが、それくらいはありそうだ、と。
「これだけの魔導書の紛失は前代未聞。早急に何とかしないと......」
「グ......グリーン家おとり潰し、とか?」
貴族の世界のルールはわからんが、そういうことなのだろうか。喉元にひやりとしたものを感じた。
「き、ききききき貴様......名誉あるグリーン家がおとり潰しなどと縁起でもないことを......」
オリバー・オースティン! ガタガタと震えながら喉元に剣を突きつけるな!
こいつが単にブチ切れているなら怖くはないのだが、そんな風に寒中水泳を終えたばかりのように震えながら剣を向けられるとガチで怖い!
「やめなさいオリバー。木枯さんは当然起こりうる指摘をしたまでです」
「あ、姉上!」
「此度の大失態......グリーン家のおとり潰しは十分にあり得ます。その時は、お暇を頂いた私を雇い入れてくださいね、木枯さん」
一瞬ドキリとした。言ってはいけないことを言ってしまったのかも。
「......とまあ冗談はこれくらいにして」
「おい」
そういう冗談はやめてくれよ! オリバーが泡拭いてるぞ!
「魔導書吹き飛ばしたといってもですね、どうせ私物なので特にお咎めはないと思いますよ。ゴミを不法に投棄したとかで何かの条例には引っかかるかもですが」
「待ってくれ。危険物の廃棄とかは厳しくないのか?」
薬物などは下手にたれ流せば公害問題だ。魔導書もその手の扱いをされていたりはしないのか? オリヴィアの目がきらりと光る。
「いいえ。魔導書は危険物ではないのです。というより事実上の危険物なのですが、法的には危険物ではない。というのも」
オリヴィアによれば。
魔法の実在が明らかになった時、魔術師たちが所有していた魔導書の扱いが問題となった。これは危険な代物ではないのか。政府は魔術の存在に気づいていたのに国民に隠蔽していたのではないか。そういう追及があったそうだ。
しかし政府は魔導書には危険性はないと答弁した。
実は、魔術の存在が公になったとき、魔女狩りのような混乱が起きることを恐れた政府は、早い段階で<魔術の安全宣言>をしていたのだ。それなのに魔導書が危険であると認めれば、先の公式見解との矛盾を指摘されてしまう。故に、魔導書は法的には危険物とは認められなかった。
危険物でないなら、それは単なる骨董品という扱いになる。ゆえに吹き飛ばしてもお咎めはない。
「下手に咎めれば、政府は自分たちが危険な魔導書をきちんと取り締まらなかったことを自分で認めることになってしまいますからねえ」
「なるほどな。オリヴィア、あんたも人が悪いねえ」
「ふふ。木枯さんほどでは」
オリヴィアによれば、グリーン家書庫は魔導書を安全に管理するために非公式に選ばれた保管所の一つ。しかしそれは非公式なので、やらかしてもお咎めはない、咎められない!
「そういうことだ。ゆえに我がグリーン家は安泰! 貴様の余計な心配など不要。それより自分の首の心配でもしたらどうだ?」
オリバーさん、手がガタガタ震えて刀身が鞘に収まっていないようですが。
「なるほどな......エミリアさんはそこまで計算して魔導書吹き飛ばしたってことか」
ルイスが真面目な顔で頷いている。絶対違うと思うよ? あのお嬢様は単に手回しラジオを使ってみたかっただけだよ!
「なんだ貴様、常人には伺い知れぬお嬢様のご深慮を察するとは見どころのある奴ではないか!」
「ふふ......よせよ。俺はそこの男よりも物の分かる方なんでね」
聞き違いか、塩シャケの皮めが。そこの男ってもしかして俺のことか、ああん?
「気に入ったぞ、神父。貴様もお嬢様の護衛として恥じぬよう、俺がビシビシ鍛えてやろう!」
「えっ」
ざまあ!
「よかったなルイス‼ オリバーに鍛えてもらえ!」
真っ二つの三枚おろしにしてもらうといいぞ!
ところでさっきから妙に膝が重いなと思ったら、ネイピアの頭が乗っていました。オムライスを食べたらおねんねですか。子どもはいいなあ!