マーマレードの魔女   作:へきいさむ

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第19話 勅命! 裳裾御前(後編)

「ひどいよー!」

 

 教室のドアがガラリと空いて、オレンジ色の小動物が飛び込んできた。カーテンをお化けと見間違えた子どもが親の寝室に駆け込むように、ひっくひくと泣きじゃくりながら教室に駆け込んでくる。

 マーマレードの魔女、ネイピア・ネースターである。あ、そういえばこいつ置いてきたんだった!

 

「おお、甘納豆! よう来た、よう来た!」

 くるしゅうない、と袖を広げてネイピアを迎え入れる裳裾御前。この人、甘納豆(ネイピア)に目がないんだよな。帰省した孫を迎えるおばあちゃんのようだ。

 

「こら豆腐にカステラ! 何をぼーっと入り口に突っ立っておるか、甘納豆が入れんじゃろうが! しっしっ!」

 そんな米倉に湧いたネズミみたいな扱いをせんでも。

 俺とルイスが道を開けると、ネイピアは十二単の袖の中に包まれた。幾層に織り込まれた錦の衣の間に、ネイピアのオレンジの髪が重なる。

「おおよしよし。愛いやつ愛いやつ。どうしてもっと早く学校に来なんだ、わらわの袖が恋しくなかったのか?」

「うう、それがああ、聞いてよー! ひどいの......」

「なんじゃ、何か痴れ者どもに狼藉でもされたのか? おお、怖くないぞ甘納豆。わらわが守ってやろう......」

 して、どこなたわけか? わらわの甘納豆を泣かせたのは!?

 裳裾御前がすごむと、彼女の背後から仏塔を焼きうちにする煙のように、闇の伽藍が立ち上る。

 

ーー神通力。

 

 十二単は伊達ではない、裳裾御前の霊験である。

 

「ひどいの! ボク、カルニヴァーレの立て看板を見に行っただけなのに......」

「ふむふむ」

 まずい。

 これはまずいぞ!

 俺がネイピアを働かせるだけ働かせて置き去りにしたことがバレたら終わる!

 

「ネ、ネイピア! いいのか、トップシークレットだぞ!」

「......」

 ネイピアがぴくりと止まる。

 

「あ、あらかじめ言ったはずだぞ!」 

 

ーーなおこの会話は非公式のものであり、作戦の発令後は存在しなかったものとみなされる。本件は超法規的措置を取り、以降、当局は一切関知しない

 

「う、......」

 ネイピアは一瞬俺の方を見つめると、やがて少し無理をしたような笑顔になって裳裾御前に向き直った。

「な、何でもないよ! ちょっと目にゴミが入っただけ......」

 セーーーーーーーーーーーーーーーフ! ネイピアよくやった! 君は強い子! 元気な子!

 

「そ、そうなのか? 何かされたのではあるまいな?」

「うん! 大丈夫だよー!」

「そうか、お主がそう言うなら......いやの、わらわはてっきりそこの腐れた豆腐めが、小鳥のように愛らしいお前に立て看板を見に行かせて、そのまま置き去りにしたのではあるまいかと」

「腐った豆腐って、豆腐はもとから腐ってますよね!? それに、そんなピンポイントで探り入れないでよ! やだなー、もちろん違いますとも! ねえネイピア!?」

「ううん、大丈夫だよー! トップシークレットだもん!」

 ネイピアああああ!

「む。そうか......」

 裳裾御前の怒りは収まり、教室を覆いつくした黒い魑魅魍魎は塵のように姿を消した。

 

「だがな甘納豆、これだけは言うておくぞ。もしそちを泣かすような不届き者が現れたなら、たちどころにわらわがそやつを生きたまま燻製にしてくれようて」

「だだだだだそうだネイピア! いやーよかったな、裳裾御前様に可愛がってもらえて! ねー、そのお洋服、綺麗で気持ちいいねー! いやはやそれにしても大層なお召し物ですな、英国製でしょう?」

「たわけ、十二単を英吉利で作るか!」

「さ、さようでございましたか、ハハハ......」

 ところで、と裳裾御前が眉を吊り上げる。

「甘納豆の沙汰ゆえに忘れておったが、貴様の上奏を聞いておらんかったな? そこなカステラのたわ言が何じゃって?」

 東風、と信じるような眼差しを向けるルイス。

 すまんな。

 俺は背教者なのだ。ありていに言うと、命が惜しいんです!

 

「はっ! まったくもって裳裾御前様の仰る通り、この豆腐めには些かの異議もございません!」

「東風ウウウウ!」

「よくぞ申した。ではそちを此度の軍役の総大将に任じるゆえ、よきにはからえ!」

「もったいなきお言葉! 見事、敵の首魁を討ち取り、上様より武功の誉れを賜りたく存じます!」

「うむ! では必勝を祈願してそこな安カステラを血祭りにあげるとしようか! 杯をあげよ、囃子を呼べ!」

 どこからともなく鼓や笛を持った黒子が現れ、雅楽を奏で始める。俺は裳裾御前への敬意と信愛を込めて杯を掲げた。どこから取り出したのって? んなこたどうでもいいんだよ! 命がかかってんだから!

 

「ほれ甘納豆、音頭を取れい‼」

 裳裾御前に抱きかかえられたネイピアが「必勝を祝してー!」と鶴の一声。いつの間にか涙も乾いている。ネイピアの機嫌が直ってよかったよかった。ほんとうによかった!

 

ーーかんぱーい!

 

 クラス一丸、必勝を誓って杯を掲げる。

 

「東風ウウウウウウこの裏切り者がアアアアアアアアア‼」

 

 乾杯の声とともにルイスの悲鳴が響き渡る。

 主は沈黙あそばした。エリ・エリ・レマ・サバクタニ。主よ、なぜルイスを見捨てたもうたのですか? 彼はカステラだからです。

 

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