グリーンズハウスの正門を抜けてモミの木の並ぶ石畳を通ると、ネイピアたちとたむろする客間がある本館に突き当たる。だが今日俺たちが通ったのは本館を西に折れて、低緑樹の生い茂る狭い道を抜けた先。そこは森の中の陽だまりのように少し開けた場所になっていて、その中に茶色のレンガでできた建物が見えた。
「こちらが別館になります」
エミリアがオリヴィアのような説明をしている。
ここが庭園の魔女が魔導書を吹き飛ばした由緒ある別館である。
「おじゃましまーす」
エミリアに通されてぞろぞろと別館に入る。玄関を抜けるとオレンジ色のガス灯の光が六角形の空間を優しく照らしている。その先は廊下があって、左右の壁には油絵や書のようなものが掛けてある。少し歩くと階段があって、一方は2階、他方は地下に続いているようだ。だが会談はそのまま素通りし、さらに奥に進むとステンドグラスの窓があって西日を受けてきらきらと輝いている。その手前に黒くて重そうなドアがあった。
「ここが書庫です!」
エミリアがドアを開く。
グリーンズハウス・書庫。
あらゆる古今東西の禁書が納められた闇の空間......!
「おお......壮観っすねー!」
ソメカンが感嘆したのも分かる。
眼下に立ち並ぶドミノ。それが第一印象だった。やがて黒い長方形の板はドミノではなく本棚だと気づく。
入り口がちょうど吹き抜けの2階になっていて、階下(おそらくは地下?)から本棚の上面が見下ろせるのだ。
「あ、あれ? ここは1階では?」
思わず混乱してしまう。俺たちが入ったのは別館の1階で、階段を上がった覚えはない。
「ああ、これですね。ええとですねえ......」
エミリアがはらりと手を払うと、黒子に引かれるように本棚のなす尾根伝いの先に垂れる黒い幕が開く。カーテンだ。
その奥には油絵をそのまま切り取ったような湖畔の景色が見えた。まるで小高い丘の上から谷の湖を見下ろしているような。いや、こんな湖って学校の近くにあったっけ?
だが書庫のつくりはわかった。
「なるほど。丘っていうか、崖を利用した作りだな。だから別館の入り口は1階だが、書庫に入るとそこが2階になっているんだ」
「ご名答です」
エミリアがほほ笑む。
つまり俺たちが入った別館の玄関は実は崖の上なのだ。そして廊下を渡った先の書庫の部分はちょうど崖の壁面で、それに沿うように部屋が作られている。だから1階から入ったのに吹き抜けの2階にいることになる。奥の窓から湖を見下ろせるのもそれが理由だ。
「しかし......この辺は平地のはずだが」
俺は首をひねった。こんな湖も崖も知らない。あるのは学校前の坂道位だが、こんな切り立った崖ではないし、まして湖など。
「なんだ、そんなことも分からんのか。仕方がないな、俺が教えてやろう!」
この妙に暑苦しい声の主は。
「オリバー!」
「この離れにはな、空間を歪める魔法が仕掛けられているのだ。お嬢様のひいおばあ様の傑作だぞ。この書庫よりあちらは魔法の世界。こちらは人間の世界」
「曾祖母は自らの庭園には人も魔術師も等しく入園できるべきだと考えていました。ですので、片側は人の世界に連なり、もう片側は魔法の世界に連なる、このような別館を建てられたのです」
「と、いうわけだ! しかし、なんだ......」
「お嬢様のご学友が来訪されると聞いて、昼前から準備をしていた。しかし、なんだ、貴様ごときが客とはな。庭の手入れまでして、骨折り損ではないか」
「お言葉ですねえ」
「はは、冗談だ。庭園の魔女の名を冠するグリーン家は、何人(なんぴと)が客人であっても快くもてなす習いなのだ。今、茶菓子を用意しよう......」
「オリバー、私も! 今日はオリヴィアがいないから......」
「い、いえお嬢様! お嬢様はご学友とご歓談くださいっ!」
「でも......」
「客人をもてなすことこそ主人の務め。楽しく会話して客人を楽しませることも令嬢の務めですぞ」
「それもそうね......じゃあオリバー、悪いけどお茶の用意はお願いするわね」
「イエッサー!」
なんだあいつ、時代錯誤の騎士の癖して、エミリアが楽しく友達と時間を過ごせるように気を利かせるとは。三枚おろしになってもオリヴィアの血が入っているんだな。
少しオリバーを見直していると、執事はつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
「なんだお前、やるじゃないか。さすがはオリヴィアの弟......」
「ええい世辞などよい! それより貴様......」
オリバーは小声になって耳打ちした。
「いいか、よく聞け。今日は姉上がおられぬ」
「らしいな。あんたも大変だな、人手が必要になったらいつでも言ってくれよな」
俺市場で株を上げたオリバーに少し優しい言葉をかける。
「そうか、それは恩に着るぞ。では一つ頼みがあるのだが」
「......?」
てっきり意地っ張りの執事は「貴様の手など借りぬわ!」とでも啖呵を切るかと思っていたが、妙に素直な反応である。いや、お手伝いくらいするけどさ。書庫を借りる身だし、オリバー株は買いだし。
「んだよ、言ってみろよ」
ルイスも乗ってくる。なになにー、とネイピアも土から顔を出す筍のように割り込んでくる。
「貴様ら、後生だからお嬢様を場に繋ぎとどめてくれよ。間違ってもお夕飯を私が作るとか言わせるな。トランプでもゲームでも何でもしてお嬢様を家事から遠ざけろ。わかったな!」
それだけ言うとルイスは踵を返して図書室を後にした。
「では、ホムンクルスの文献を漁るとするかの! わらわの供をせよ、甘納豆!」
裳裾御前の号令で文献調査が始まった。ネイピアは小鳥が親鳥についていくように裳裾御前の黒髪の後をつける。取り残された俺とルイスは互いに目配せをした。
ーーあまり良くないことが起きそうだ
その見解だけは2人とも一致していた。