ホムンクルスに関する文献は探せばあるものだった。
魔法生物大百科や生態学関連の書棚を探せばそれなりに出てくる。
「おおー、ずいぶん揃いましたねえー!」
ソメカンが感嘆の声を上げる。
長机には既にうずたかく積まれた本の山。皆でかき集めた本である。
「すぴー」
「ネイピアちゃんはおねんねっすねー」
「ピアちゃん......」
案の定というべきか。読む前に眠るんじゃあない。
「わわっ」
上の方から声がした。
見上げると、複数の重そうな本がページをはためかせながら落ちてきていた。
「バカ者! 危ないではないか!」
怒声を上げたのは裳裾御前である。
「す、すみませんー! 上の方調べてたら落としちゃって......」
下手人は裳裾御前の式神、鶯姫だったようである。本棚が高いため、上の方は調べていないが、鶯姫は式神だから空中を浮遊できる! ありがたい話だ。
「鶯、貴様......これでくだらぬ書しか見つけてなければ」
頭を袖で覆って本の落下から身を守った御前はたいそうご立腹である。献上品がお気に召さなければ鶯姫の身は危うい。
「ふん......どれどれ。なんだ、わらわの頭上にものを落として得た成果がこんなものか! ホムンクルスがどこに書いてある、言うてみい!」
不機嫌に鶯姫の持ちだした本を机にバンと叩きつける。そのタイトルは
ーー古今妖鬼和歌集
「和歌集......」
ルイスがぺらぺらと中身をめくる。神父の表情を察するに、あまり面白いものでもないらしい。
「これアホ鳥。貴様、さてはまたしても歌にうつつを抜かしておったな? こたびの戦はわらわと甘納豆の宣旨による建軍ぞ。それをたわけた歌に......」
「た、たわけた歌じゃないですう! 私はたわけでも、この歌はたわけではないですう!」
おどおど困り顔の鶯姫が裳裾御前に食ってかかった。腐っても平安の歌人、こればかりは裳裾御前にも譲れぬらしい。
ーー歌詠みは......五七五七七の織り成す世界に命だって賭けるんですう!
式神の啖呵に、ほう、と御前は眉を少しつり上げた。
「よかろう。わずかに三十余字の言の葉に命を懸ける歌人のこころ、わらわがしかと見定めてやろう!」
どれ。
裳裾御前はルイスから受け取った古今妖鬼和歌集をおもむろに開く。
ーー初春の むらさきけむる ささ雪の うぐいすわたる 天の橋立 詠み人しらず
「ほう、なかなかの出来ではないか。そこな手羽先めが命を懸けるだけはある......」
ううむ。歌の出来栄えは分からんが、それらしい歌ではある。裳裾御前には良しあしが分かるのだろう。
鶯姫もさぞ鼻が高かろう、と思いきや、彼女は白目をむいて金魚のようにパクパクと口を開閉していた。
「そ、それは......」
「これソメカンよ。その方、バンドの新曲の歌詞が決まらんと嘆いておったな? わらわがこれにある歌を適当に訳してやるから、好きに使えよ」
「え? いいんすか?」
「応とも。どのみち千年前の歌じゃし、詠み人知らずのものばかりよ。今様に生まれ変わって耳目を賑やかした方が歌も本懐じゃろうて」
「や、やめてーーーーっ!」
鶯姫が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「なんだ、何か不都合があるのか? かわいい式神が命を懸けた歌ではないか。人にもすすめて何が悪い」
次の歌を御前が読む前に鶯姫が飛びかかった。が、式神の身体は見えない壁に襟をクリップされたかのように空中で止まる。
「ふん、式神風情がわらわを組み伏せようなど百年早いわ」
「ちょ......その歌は! ダメです! ダメなんですうううう!」
「恋歌の段。伊勢にて、朝臣何某との逢瀬に袖を濡らすの歌。詠み人知らず」
「......!! それは、」
ーーあをによし しのびねもるる うぐいすも みやこのはなの かおり待つらむ
「あぎゃあああああっへうりゅyりううぇklふぁj」
「訳。青く美しい都に早春を告げる忍び音をもらす鶯も、桜の花が咲き誇る春を待ち望んでいます」
一同、沈黙。鶯姫は唇を噛んでぷるぷると震えている。
「どうじゃソメカン。いんすぴれーしょんになるか」
「うーん、悪くはないんすけど、今一つ読み手の感情が伝わらないっていうか」
「ふん、つまらぬ。鶯が来て春を待つだけの駄歌ではないか......」
裳裾御前の一言が鶯姫の逆鱗に触れた。いや、この場合、わざと触れたのか。
「違いますうー! 鶯ってのは私のことで、相手の殿方のお香の匂いを桜の香りにたとえたんですうー! 春を待ち望むのは彼と会えるからで」
そこまでまくし立てて墓穴を掘ったことに気づく鶯姫。
ほう、と裳裾御前が獲物を見つけた蛇のように唇を舐めた。これは失礼、ともう一度読み直す。
「再訳。青く美しい都に早春を告げる忍び音をもらす鶯(=私)も、桜の花が咲き誇るようなあなたのたまらん匂いを嗅げる逢瀬を待ち望んでいます」
「鶯(=私)ってのやめて! ......いや、はっ、......」
時すでに遅し。
「いやその......大丈夫っすよ。女の子なら誰でも通る道っすから」
ソメカンがあわれな歌人を慰める。ところで、誰でもってことはあんたも通った道なの?
目に涙をためてぷるぷると震える鶯姫にとどめを刺す武勲を上げたのはネイピアであった。
ーー男の人の匂いが桜の花みたいだってえー! とんでもない変態さんだねー!
ネイピアはまだこの歌の心が分かるほど成長してはいないのだった。子どもって時々残酷だよね。
「さすがは甘納豆! よく歌の意味が分かっておるのう!」
こら御前。あなた、そういう悪ノリはやめたげなさい。
「う......うわあああああああああああああああああああああああああん!」
鶯姫は失恋した乙女のように顔を両腕で覆って書庫を後にした。
「あ、あれー? 鶯姫ー?」
「やれやれ。ちとやりすぎたかのう」
「ピアちゃん......あとで鶯ちゃんに謝ろうね......」
エミリアがネイピアを窘めるほどの残酷な公開処刑であった。南無
鶯姫が帰らぬ人となってからはみんなどことなく静かになって真面目に本を探しました。
おかげで結構な量のホムンクルスの資料が見つかりました。やったね!