「ホムンクルスは通常、その幼少期を瓶や壺の中で過ごす。成体になるまでは自力での食事ができないので、食道にまで細いストローなどを差し込み、栄養ジュースを飲ませること......」
ルイスが読み上げる。
各自文献に当たって調べた内容を順に発表していく。
「次、あたしっす1」
ソメカン。
「ホムンクルスが猫じゃらしで遊ぶ様子を中世の修道士が日記に書いてたっす!」
「よく調べたな......けどんなもん知ってどうすんだ!」
もっと弱点とか利用できそうな習性とかないんかい!
「次! ネイピア」
「くかー」
やっぱりな。
「ネイピアあ......てめーと御前が発令した戦だぞ」
「ん? 何ぞ異議でもあるのか豆腐」
「......とルイスがボヤいておりました!」
「......えっ」
ルイスが磔となった! アーメン!
「まったく......なんで書を漁るだけで骸が増えてゆくのじゃ。落ち着いて文も読めぬのか」
あんたのせいだと思いますけどね、とは口が裂けても言えない。
皆でグリーンズハウスの書庫を調べているうちに日はすっかり傾いていた。奥の巨大な窓から見える湖は、西日を受けて燃えるように輝いていた。その上には紺色の天蓋の中に銀塊のような星が埋め込まれて、水面に淡い光を落としている。
「きれえー!」
「これは金取れる景色っすねー!」
ネイピアとソメカンが手すりから身を乗り出して、あまり風情のない感想を漏らす。ネイピアにもののあわれや幽玄を解するこころなど期待していないが、今染さん、あんたミュージシャンだろ!
「わらわの目を飽きさせぬとはなかなかの見栄えよ。庭園の魔女よ、ひとまずは賛辞を受け取れい」
ソファに腰かけ、頬に手の甲を当てて泰然たる態度のまま賛辞を与えてもなぜかさまになる御前であった。
......ところでエミリアは?
俺はあたりを見回した。背後にルイス(磔)、御前、手すりにネイピア、ソメカン。
バタンとドアが開いてはきはきした男の声が聞こえる。
「お嬢様! 姉上の帰りは遅くなりますゆえ、本日は出前でも......」
今入ってきたのはオリバーだ。
やれやれせわしない奴よのう、と御前がボヤく。
「お嬢様?」
オリバーも肝心の人物が書庫にいないことに気づいたようだ。
まるで憲兵かなにかのようにつかつかと俺の方に近づいてくる。
「貴様......あれほど言ったであろう! お嬢様から目を離すなと......!」
虎の檻が空になっていることに気づいた飼育員のように天を仰ぐオリバー。
「間違っても夕餉の支度など」
その時。
「オリバー、ピアちゃん! みなさーん!」
清楚で透き通るような、そう、まるで窓の外の湖畔のような声が響く。庭園の魔女エミリア・グリーンのお出ましだ。
「エミリア―! どこ行ってたのー!?」
お腹すいたよー、と抱き着くネイピアのオレンジの髪を撫でながら、館の主は誇らしげに言う。
「お夕飯の支度ができましたよ!」
書庫のある別館を出て、森の小道を歩く。
赤や黄色の花がよく刈り入れされた低木樹の間を彩る石畳を抜けて、藤の蔓が巻き付いた小さな門を開ける。屋根の下に入り木製のドアを開ければグリーンズ・ハウスの本館である。
俺たちはいつもの客間に通されたが、今日は少しばかり様子が違う。白いテーブルクロスを掛けた長テーブルが中央に用意され、その上には花を生けた皿が飾ってある。
「お、お嬢様......これは」
オリバーの憚りながらの質問にエミリアはふんす! と鼻息も荒く答える。
「もちろん、私が用意したのよ! ちょっと張り切っちゃった」
「さ、左様で」
「そうよ! さあみんな、席について頂戴」
一同、ぞろぞろと長テーブルの周りを取り囲む。相当な値打ちものの家具と見受けられるが特に気後れした様子もない裳裾御前。少し緊張しつつも席についたソメカン。ネイピアも席に着いたがいつも通りだ。おそらくモノの価値が分からないからだ。
そして若干の警戒をしながら、腰かけたのが俺とルイスである。
「お嬢様、後は自分が」
「何を言ってるのオリバー! あなたはお屋敷のお掃除をしてくれたじゃないの! ゆっくり座っていて頂戴!」
主にこう言われては返す言葉もなく、不承不承、席に着いたオリバーである。
どことなく縮こまって席に着き、奥の台所で準備をしているらしいエミリアを待つ。
俺は内心素早く計算した。
誰を生贄にするか......
台風の日に窓を開けて魔導書を吹き飛ばすお嬢様である。まともな料理ができるとは思えない。
「いや、ワンチャン料理だけはできるという可能性が」
「ありえん! ルイス、貴様は聖典ばかりを読んでいるから現実が見えなさすぎる。オリバー、お前の実体験を教えてやれ」
修道生活で脳がお花畑になったルイスよ、オリバー大先生の血の言葉を聞くがよい。使用人暮らしの厳しさを聞いて震えよ。
「いやな......俺はお嬢様が料理をなさるところを見たことがないのだ」
お恥ずかしい、と頭を掻くオリバーであった。
「なんだ、だったらマズいと決まったわけじゃねえよ、な?」
「だな! いやはやまさかお嬢様の手料理を頂ける日が来ようとは、執事冥利に尽きるというものだ」
「......」
バカめが。
何の経験もなくいきなりうまい料理が作れるか!
「いやあ......まったくあんたらの言う通りだよ。見てもいないのにうまいのまずいの言えねえわな。俺も楽しみに待っとくことにするよ」
うまいこと言いくるめてこいつらに料理を押し付けよう。そうしよう。
「お待たせしましたー!」
エミリアの声が響く。さあ、運命を掛けたテーブルゲームのスタートだ。