オリヴィアの言葉の意味が分からなかった。
なぜ俺がオリヴィアを嫌うのだ? そんな冷たい態度を取った覚えもないが。そりゃ心の中で性悪メイドだの水平移動カチューシャだのは言ったさ。しかし俺はルイスにもネイピアにもエミリアにも等しく分け隔てなく悪態をついているのだ。
「ネイピアさんを寝室に運ぶのを男の人に手伝ってもらおうなんて、私にしてはずいぶん無防備だと思いません? 私、これでも用心深い方ですよ」
オリヴィアが用心深い性格なのは百も承知だ。エミリアだけならグリーンズハウスの財産は一月もたたずに詐欺師と強盗に奪い去られてしまうであろう。この家が廃墟になっていないのはオリヴィアの手腕ゆえである。
しかし、正直ショックな評価だなあ。
「俺を信用してくれてるんじゃなかったのか」
「まさか。言ったではないですか、もとから闇に落ちてるから魔導書の回収を任せたのだ、と」
ひどい。それ冗談じゃなかったの!?
「木枯さんのことなんて信用しちゃいませんよ。もお警戒しまくりですって」
「ええ......」
「監視対象ですよ。監視対象」
こっそり。
見つめていたんですよ。気づいていました?
そんな言葉が彼女の唇から漏れたような気がしたが、はっきりとは聞こえなかった。
「こうして2人きりにならないと、本音聞かせてもらえないなあ、と思って」
まだオリヴィアの身体にぶつかったままだった。
距離を置こうとした俺の背中を、メイドの腕が抱きとめる。彼女の力は思ったよりも強かった。冷静に考えれば1人で家事をこなし、主を寝室に運ぶメイドである。力もそれなりに強かろう。
「木枯さんったら......ネイピアさんやお嬢様には打ち解けていらっしゃるのに、私にだけは少し距離があるから」
「......」
言われてみれば確かにそうかもしれない。あの2人に比べるとオリヴィアは少し、踏み込みづらい雰囲気があるのだ。自分でも言っていたように用心深い性格というか、ガードが堅いというか。
「内心、ずっとやきもきしてましたけど......今夜ばかりはあの2人に感謝ですね。こうして2人きりになれる口実を作ってくれたのですから」
オリヴィアの口元が少しだけ嬉しそうに見えた。
「オリヴィア......」
「あの2人と違って私は、それらしい理由をつけないと積極的になれなくてですね......」
ここまで来ればさすがに俺も感づく。
こいつもしかして......俺に気があったんじゃ?
全然気づかなかった。まったく何の予感も抱かせなかった。
しかし、こうしてネイピアとエミリアを寝かしつける口実で2人きりになり......いや彼女に限って! ダメだ、まったく心が読めん!
「ウッソー」
「......は?」
「木枯さんたら騙されました? もしかして、こいつ俺に気があるんじゃ? とか思っちゃいましたあー?」
「......」
こ、こいつ。今度という今度は......
「あるわけないじゃないですか! 夜、2人きりになる程度には信用してますけど、私は賢い殿方が好みですしー‼」
もうこいつとは2度と口をきかん。
俺は傷ついた!
いくら何でもひどい。このメイド、人のことを腐ってるとか言えた立場か!?
「ちょ、そんな怒らないで下さいよ......」
不機嫌が表情に出ていたのだろう。オリヴィアが少し慌てる。
「ちょっとからかっただけじゃないですか。本気にしないで下さいよ。私なんかより、お嬢様やネイピアさんの方が可愛いでしょ? だから、」
だから......何なのだろう?
今のは少し本気でムカついた。
「オリヴィア......お前も普通に綺麗だぞ? 俺がお前と少し距離があったのは、お前がエミリアのメイドという立場だったし、それに、どちらかというとクールビューティーで下手にバカなことをやるといかんのではないかという遠慮があったからだ。ムカつくくらいに有能なメイドなんだから、そんな卑屈なこと言うなよ」
「......」
オリヴィアが動きを止めた。一瞬、彼女は何か言いたげに口元を開きかけたが、すぐに唇を噛みしめた。
「......木枯さん。お嬢様たちに嫉妬してたのはほんとですよ、って言ったらどうします?」
「信じんぞ! 今さら取り繕っても無駄だ! 俺は疑り深いんだ。ルイスならコロッと騙されるかもしれんがな、俺にその手は通じん!」
実は、ちょっと通じるかもしれないと思ったが。
オリヴィアと心理戦をして勝てる自信はないからな。
---意外と、ほんとにほんとなのに
何か小さな声が聞こえた気がした。まあ空耳だろうが。
ともあれ、オリヴィアは繊細で傷つきやすい硝子細工のような男心に、錐で穴を穿つ修羅であることが判明した。俺はきっとこの傷心を抱えたまま、トラウマのフラッシュバックによって薄暗い人生の裏小路を歩むことになるのだろう。それもこれもメイドの心ない悪意のゆえである。
むしゃくしゃしていると、後頭部にかすかな温もりと空気の揺れを感じた。オリヴィアが耳元に唇を近づけていた。こういう手には、もう二度と......!
「許してくださいよ。今度、オムライス作ってあげますから。庭園で取れた玉ねぎとリンゴをたっぷり使ったやつ」
「......クッキーも?」
「ええ。皆さんには内緒ですよ?」
むう。
仕方がないな。許してやろう。
「俺の寛大さに感謝しろよな?」