「して? ローズの情報はどこにあるのじゃ。言うてみい」
俺の前には裳裾御前がいた。
現在時刻は午後4時半前。
もうすぐ6時間目が始まるこの時間帯、裳裾御前はたいそうご立腹であった。
俺の計画では、ネイピアは昼休みから1時間足らずでローズへの密書を諦め、泣きながら帰ってきて俺とルイスにB組の情報を喋るはずだったのだが。
マーマレードの魔女は未だに帰ってきていなかった。
「劫火の魔女の元への潜入は危険を伴う任務じゃ。わらわはそれを見越して貴様らに頼んだというのに......」
「それは、俺たちの腕を買ってくれた、ってことでいいんですよね?」
ついそう聞き返さずにいれない俺であった。
「無論、決まっておろう。お前たちなら使い捨てても......じゃなくて、お前たちの方が頼りになるからのう、ホホホ」
嘘つけ! てめー、ネイピアが可愛いから俺たちに偵察させたんだろ!
「それにしてもネイピアさん、帰ってきませんねえ」
うーん、と鶯姫が心配そうな声を出す。
「確か、昼休みになって木枯さんたちの様子を見てくるとか言ってましたけどねえ」
ギク。
「なんじゃと? こら焼き鳥。甘納豆がどこに行ったじゃと?」
「ですのでえ、木枯さんたちの様子を見に......行ったような気が......しなくもないというか......」
最後の方は言葉にならず、教室の露と消える鶯姫の声。
「貴様......あれほど言い聞かせたよな? 甘納豆をB組に行かせてはならぬ、と。わらわが外す間、子守をしておくよう確かに申し付けたよな?」
「は、はひ......確かに、仰せつかりましたああ......」
「お......おのれは鉄砲玉と真珠の区別もつかんのか、この百舌以下のカンピロバクターめが‼」
「ひええええ! 百舌どころかウイルスですか、わたしいいいい‼」
裳裾御前の逆鱗に触れ、悲鳴をあげる式神である。気の毒だが、どうも同情する気になれない。ところで裳裾御前に一つお伺いしたいのだが、鉄砲玉ってルイスのことだよな?
「おのれ豆腐にカステラども‼ 甘納豆に何かあってみい、おのれらも八つ裂きにして......」
「お、俺はネイピアなんて見てねえよおおお! たぶん、東風の奴が勝手に」
なんだとこの似非神父‼ 何がお前とダチになれてよかった、だ!
「ほんとうか、豆腐? 貴様、返答次第では握りつぶしてコロッケの具材にするぞ」
「い、いや、その、つまり」
畜生! こうなりゃルイスを道連れにして......
「お、俺は神にかけて何も知らねえんだ。ほんとだよ!」
ルイス......見損なったぞ!
「お、俺がネイピアを騙して、危ない場所に行かせられるほど賢い奴に見えますか!? 鶯姫も何か言ってくれよお‼」
「むう......確かにルイスさんは人を騙せるほど知能がある方には見受けられませんね」
鶯姫まで! おのれルイス、自分がバカであることを逆手に取りおって!
「言われてみれば、そういう悪知恵が働くのは豆腐の方じゃな」
「でしょう!? 俺はダメな神父だけど、人を騙すような真似はしたことがねえぜ! ましてネイピアちゃんみたいな可愛い女の子をよ!」
「むう......確かにルイスさんは空気を読まずに毎回ひどい目にあっていますので......御前様、たしかにルイスさんは嫌疑を解いてもよいかもしれません!」
く、くそ。普段のルイスは空気を読まずに(読めずに)裳裾御前に食ってかかり、磔にされるような奴だった。それがこの場で奴に有利に働くとは‼
「や、やだなあ......俺がネイピアを騙して自分だけ安全なところで高みの見物を決め込むような男に見えますか?」
「見えるのう」
「見える!」
「そういうイメージしかありません!」
おい。俺の信用。
教室はがやがやとどよめいていたが、裳裾御前が手を上げると、静かになった。
「静粛に。判決、犯人は......」
その時。
---東風う―――!
ガラララとドアが開いて、ネイピアが飛び込んできた。
「ローズの密書、見つけたよー!」
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼
終わった! 俺の人生、さようなら!
天を仰いだ刹那。
わずかに残る俺の理性が、何かがおかしいことを告げていた。
密書の件は俺がネイピアをそそのかすためについた嘘だ。ではなぜ......いや、そんなことはどうでもいい!
「あ、ごめん東風‼ 密書のことは内緒だった......!」
「いやいいんだネイピア‼ よくぞ無事で帰ってきてくれた!」
ネイピアが怪我一つなく帰ってきてくれたことで俺の首の皮はつながった!
俺はもろ手を挙げてネイピアに駆け寄る。何とかして口先だけで俺無罪の方に話を持っていかねば‼
「さすがネイピア! お前なら立派に任務をこなしてくれると信じていたぞ!」
「え、でも......密書はこっそり東風に」
「そんなことどうでもいいんだ! 俺は、お前が無事に帰ってきてくれたことだけが嬉しい!」
「そ、そんな......ボク、大したことはしてなくて」
「豆腐......貴様やはり甘納豆を危険な場所に」
「な、何を仰いますか! 優秀な魔女たるネイピアにとってB組に潜入するなんて造作もないこと! 朝飯どころか二度寝前ですよ! ねえネイピア!? 怖い目には合わなかったよな!?」
頼む、話を合わせてくれっっ!
「う...うん! なんかね、背の高いお姉さんに抱っこされてたよー!」
背の高いお姉さん? 誰のことだろう? まあ、そこはどうでもいいが。
「むう......本当に怖い目には合わなかったのじゃな? いやな、わらわはそこなクズどもが甘納豆に、偽の密書があるとかそそのかして、お前に危ない仕事を押し付けたのではないかと気がかりでな......」
「めめめめ滅相もない......」
相変わらず鋭い!
だが状況は混乱しているようだ。ここで何とか言いくるめることができなければ男がすたるというものだ!
俺は猫なで声でネイピアにすり寄る。
「ねーネイピア? 今回の任務なんて楽勝だったよな? いやー、俺やルイスには難しい仕事を楽々こなしちゃうなんてマーマレードの魔女にはかなわないなあー」
「え? いやその、初めはもうどうしようもないなって」
「何をまたご謙遜を‼ 初めからもう余裕だったでしょ?」
ほらネイピア‼ お前の腕を高く買ってるのは俺だぞ!
「いや......うん、まあね! で、でもね、B組のお姉さんに見つかった時はもうダメだー、って」
「またまたあ。ほんとはそれも作戦のうちでわざと見つかったんだろ? いやー、これがマーマレードの魔女の人心掌握術か‼ 俺なんてまだまだだなー」
「う......うん! まあね! この人なら大丈夫そうって思ってわざと見つかったんだよ!」
ほっ。
何があったのか分からんが、ネイピアが見栄っ張りで助かった。それに、こうしておだてておけば今後も使いやすくなるし、我ながら一石二鳥の賢明なお世辞であった!
「と......東風の言う通り! 簡単だったよ、私には‼」
「ほら、彼女ならやれるって信じてたんですよ、俺は! それとも裳裾御前はかわいいネイピアの実力を信じていないので?」
裳裾御前はネイピアをやたら気に入っており、目に入れても痛くないほどである。そんなコンタクトレンズのように愛しいネイピアの実力を疑うのか、という論理で攻めれば裳裾御前も折れるであろう!
「むう......それもそうか。いや、わらわが甘納豆の底力を軽く見ていたのかもしれんのう。年を取ると何かと心配になってなあ、老婆心というやつじゃな」
「そ、そうですよ! 俺はネイピアがこの任務にうってつけだと信じて......いやあ、マーマレードの魔女の実力を正しく見抜いていたのは俺だったってことですかねえ?」
あんた何歳だよと思ったが、言わない。うまくごまかせそうだ。
「ほんと? 東風ったら、ボクのこと信じてくれてたの?」
「そらあもう‼ この仕事がやれるのはお前を置いてほかにはないと思ってたさ!」
はあ。自分で自分の舌が恐ろしい。からお世辞のお追従が出るわ出るわ。人間、生きるためならどんな嘘だって平気でつけるものである。大丈夫、寛大な神様はきっと許してくださる。聖ペトロだって三度、私はキリストを知りませんと嘘をついて唇で罪を犯したのだ。まして俺ごとき凡俗は何度唇で罪を犯すことか。たぶん神様は帳消しにしてくださるさ。
「ところで甘納豆よ。お前が見事、持ち帰ったという密書とは何のことじゃ? わらわにも教えておくれ」
「んっとねー、東風とローズがこっそりやり取りしてたってやつ! これ持ち帰ってこいって言われてたの!」
げっ! 窮地を脱したことに安心して、密書の件を忘れてた!
「......密書? 豆腐とローズめが? 何じゃ、お主ら恋仲か?」
裳裾御前が食いつく。そんな獲物のネズミを見つけた猫のような顔をしないで下さいよ。
「恋文ですか!? 木枯さんも隅に置けませんね! ではでは、私が一首......」
鶯姫まで!
もういい。密書の件はどうにでもなれ。ネイピアが無事帰ってきたからひとまず俺の命は助かった。密書の件は悪ノリでもするさ。
「いやー、そうなんすよ。恥ずかしっすねえ。ローズにこっそりラブレター送ってたけど、恥ずかしくてネイピアに回収頼んでて」
最近思うんだけど、こういう時に変に悪ノリしちゃうのが俺の悪い癖なんだなあ。ついついユーモラスな方に流れちゃうっていうか。
「なんじゃ、やはり恋文か。貴様、真っ白な豆腐の分際で色恋にふけるとはこれいかに。桜豆腐めが」
うまいことを言ったと思ったか、カカカカと笑いこける裳裾御前。むかつくな、白い豆腐が恋愛しちゃダメですか!?
「どれ、青二才の色恋を冷やかすのは年寄りの楽しみ。貴様がいかな言の葉で女子(おなご)を口説くか、拝見させてもらおうか」
「わ、私も気になります!」
ネイピアから受け取った密書をびりびりと破いて中身を取り出す裳裾御前。後ろには鶯姫も控えている。
この時、俺は明らかに油断していた。もはやこれまでと観念した風前の灯が、奇跡的に光を取り戻したのだ。この上さらに密書の件なんて心配してられるか。ラブレターで冷やかされるなんざ、どうってことねえさ。
そうだ。
「どれ......」
俺は忘れていたのだ。
「ふむふむ......」
俺のでっちあげであった密書が、本当にあったということが何を意味するのかを。