宛先はB組のレディ・ローズ・フランソワ。
差出人は木枯東風。
――心の底から好きです
ただその一言だけが書かれた手紙。
「......あー」
ガチのやつじゃねえか! 裳裾御前ですら気まずそうに頬を掻く内容。
「まあその何だ......今回ばかりはわらわが悪かった。謝る。よもや豆腐めがかくも本気の恋文を......」
そんな風にしおらしく謝られると困るなあ。だってこれ偽物だもん!
「木枯さんがこんな情熱的な殿方だったなんて......私のもとで歌を学びませんか? きっといい歌ができますよ!」
鶯姫のもったいないお言葉ですが、ごめんなさい。偽の恋心で歌が作れるか‼
「別に恥じることないっすよー! ネイピアちゃんに回収させなくっても、こんな一文貰ったら誰でもぐらッと来ますって! 変な小細工するよりシンプルに想いを伝えた方がいいってもんスよ!」
ソメカン御大によるフォローが入る。派手な見た目のヴォーカルだが、鶯姫の悲劇の時といい、妙に面倒見がいい。姉御肌的なところがないとバンドなんてやれないのかもしれない。
困った。
今さらネイピアをそそのかすためについた嘘です、なんて言えない!
「ネ、ネイピア......」
どうしてこいつはこんなものを見つけたんだ? 何てことをしてくれた......と思ったが、考え直す。ネイピアにこの手紙を回収させていなければ、劫火の魔女ローズがこの手紙を読んでいた?
グッジョブ、ネイピア‼ そして午前中の俺、よくぞネイピアをそそのかした!
「と、とにかく一人にしてくれ......」
完全に狼狽した俺の様子を見てみんな空気を読んでくれた。教室にはルイスだけが残った。
「ど、どういうことだよ!? お前、ほんとにローズにラブレター出してたのかよ!?」
みなが教室を去るや、ルイスが小声で詰め寄る。
「んなわけあるか‼ 誰かが偽物のラブレターをローズのカバンに入れてたんだよ!」
「つっても誰が......」
そうなのだ。
俺とローズを恋仲にしたい奴なんているか? 悪質ないたずら? 何か恨みを買った?
「カルニヴァーレと関係してる、とか?」
ルイスが憶測を口にする。
その可能性は俺も考えた。
この時期にこんなおかしな悪戯をする動機など、カルニヴァーレ関連以外に考えられない。
「だとしても、なぜ? 俺とローズの間を恋仲にして......いや100%ありえんが......誰がどんな得をする?」
「俺もわかんねーけどよ、女子の間って色々あるみたいだぜ。好きな男子がかぶって揉めたとか」
なるほど。
ルイスの言葉を聞いてひとつありえそうな線を思いついた。
「ローズと好きな男子がかぶった女子がいて、そいつがローズと俺をくっつけようとした、とか?」
あまり考えたくない話だが、1つの可能性ではある。
ローズが別の男とくっつけば、自分の恋が実ると信じて......
「思いあがるなよ、東風。ローズと恋敵になった女子が、ローズを他の男とくっつけたがる......この線は認めるとして、その相手がお前というのがありえんだろ。何でそんな成功率低いやつ選ぶよ?」
ハア......とルイスにため息をつかれる。
今のはマジでムカついた! 自分でも推理が甘い個所だと思ってただけにムカついた!
「と、とにかく。俺はこの手紙は出してない。嘘の手紙だったのに、なんでネイピアが見つけてきたのかさっぱり」
状況を整理するため、俺は手紙など出していないと改めてルイスに言った刹那。
「東風ー! 約束のメロンパンとチョコレートはー!?」
どよんだ空気の教室に明るく響き渡る場違いな声。
「ネ、ネイピア!? てめー、どこから湧いて出た!?」
「何それ、人をゴキブリみたいに‼ ていうか......」
ネイピアの表情が訝しげに曇る。
―――偽物ってどういうこと?
バレました。
ネイピアをそそのかしてB組に偵察に行かせたことがバレました。
「ち、違うんだ! 俺はただ、我がC組の勝利を祈ってやむを得ず......」
「そうかそうか。貴様は安物にしてはなかなか味の良い豆腐かと思っていたが、中にはいささか塩辛いものが入っているようじゃな? 腹でも割いて覗いてみようか」
何が入っているのかな、とツーと俺のみぞおちのあたりに人差し指をたてる裳裾御前。
まずいぞ、何とかしてごまかさねば......そうだ、俺はただ、裳裾御前陛下様様へのありあまる忠誠心からやむを得ずネイピアを騙したのだ‼
「た、ただ赤心のみ......」
「木枯さん、それは安禄山の言葉です......」
鶯姫のツッコミ。
しまったあああああああああああああああああ! なんで俺は安禄山が玄宗に問われて答えた言葉を言ってしまったんだ! 赤心とは忠誠心のことだが、安禄山は皇帝を裏切って反乱を起こすのだ!
「赤心、か。それは血やはらわたよりも赤いものか」
「た、食べてもあんまりおいしくないよ......!」
絶対、聖職者のルイスの方がうまいって!
「も、裳裾御前の仰るとおりだぞ東風‼ ネイピアちゃん騙すなんて最低だぜ! そんな奴だとは思わなかったよ!」
......ルイス。
てめーだけは容赦しねえ。
地獄に落ちても、てめーだけは、必ず道連れにしてやる。閻魔と悪魔に土下座して、冥界の門番に血を売ってでも、必ず俺と同じところに引きずり込んでやるからな。
「見苦しいぞ! かわいい甘納豆をそそのかし、死地に向かわせようとは、不忠至極、万死に値する。判決、市中引き回しの上、...」
くそ。
もはやこれまでか......!?
その瞬間。
俺の口は自分でも思ってもいなかった言葉を口走った。
人間は追いつめられると、本当に言わねばならない言葉を口にすることができるらしい。歴史の授業で、どこぞの聖者も口下手だったのに、神の助けによって、見事エジプトの王ファラオと民草の前で演説ができたと授業で習った。その時の御言葉。
―――人に口をつけたのは誰か......それはわたしではないか。ゆえに、行け。わたしはあなたの口とともにあって、あなたが語るべきことを教える。
「いいんですか裳裾御前!? 自分が任命した軍師を、舌の根も乾かぬうちに解任するので!? B組のローズが聞いたら何と言われるか‼ 後世までの笑いものになりますよ!」
裳裾御前がぴたりととまる。
そうだ。
俺を任命したのはあんただ。だから、俺を解任すればそれは、自分自身に人を見る目がなかったことを認めることになるのだ!
「むう......しかし、さすがに甘納豆を危険にさらした罪を看過するわけには」
裳裾御前の語調が少し弱まったのを見て取った俺は畳みかける。言うべきことはその時に与えられる。だから、行け‼
「て、敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ!? それで軍師として......」
そう! あくまでも作戦! 作戦だったのおおおお!
「なるほど、の......しかし軍師にしても、主君たるわらわの許しを受けてからにすべきではないか?」
「孫氏いわく、君命に受けざるところあり、と申します! 軍務のためには主君をも謀ること、古より兵家の常にございます!」
神は俺を見捨てていなかった。
裳裾御前は目を瞑ると、「ふむ」と頷いた。
「よかろう。口の巧さゆえ、首の皮一枚つながったな、豆腐。B組のローズを見事、討ち果たせば、こたびの不忠は見逃してやろう!」
「ありがたき幸せ‼」
セーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーフ‼
神様仏様ありがとう!
ただしルイス様はぶち殺す!
ところでネイピアへの報酬は3倍に増やされました。
めでたしめでたし......じゃねえよ!