マーマレードの魔女   作:へきいさむ

35 / 37
第33話 それが、劫火の魔女!

 俺の首の皮はまだつながっている。かろうじてだけど!

 

 放課後、少しだけネイピアの機嫌を取って、裳裾御前の心証を良くするロビー活動を行った。それから、傾き始めた夕日を横目に、俺は一人校門を出て、イチョウの木が立ち並ぶ県道を歩く。今日は一人で帰りたい気分だったのだ。なんせ、辛くも極刑を免れた身の上だからね。生きる喜びを嚙みしめたいというか。みんなと一緒にいると、ローズに告った大馬鹿者と炎上すること必至というか。

 

 自分もつい最近まで袖を通していた公立中学の制服を着た後輩たちが、狭い歩道を我が物顔に占拠するこの県道。 

 

 畏れ多くも県道というからには、天網恢恢疎にして漏らさぬ行政の目が行き届いているはずなのだが、歩道はところどころ途切れて、もはや車道と区別がつかなくなる有様。路側帯を示す白線は、線香の煙が細く宙にかき消えるように、灰色のコンクリートに溶けてしまっている。このような場合、このあたりの車はあまり紳士的とは言えないので、当然、歩道の範囲も車道とみなしてバンバン突っ込んでくる。

 

 横断歩道の手前に差し掛かったところで、隣の車のエンジン音が低くなった。

 赤信号だ。

 

 俺も立ち止まってぼんやりと今日のことを振り返る。

 

 ネイピアにメロンパンとチョコレートを献上することになった俺の財布は、中学の時以来使っていない、押し入れの奥に眠るイルカ型の浮き輪のようにぺちゃんこになってしまった。

 こういう時こそ、聖者たるルイスが俺に財産を分け与えるべきだが、「ない袖は触れぬ」とぬかしおった。免罪符でも内臓でも売って金作らんかい!

 

 それにしてもすべての原因は、あのラブレターだ。

 

 いったい、誰があんな悪戯を? 冗談にしてもタチが悪すぎるぞ。

 

 信号が青になったので、またぼんやりと歩いてゆく。

 

 考えることが多すぎる。ホムンクルス対策、ローズのラブレター、オリヴィアのオムライス。ああ、オムライス食べたいな。この前オリヴィアがオムライス作ってあげると約束してくれた。そうだとも。人生悪いことばかりじゃないさ。

 

 既に辺りは薄暗い。いつしか俺は大通りを離れて細い路地に入っていた。平屋の家が立ち並ぶ隙間から差し込む夕日を受けて、コンクリートは燃えるように赤く染まっている。

 再び、薄闇の中に赤い光が見えた。

 

 赤信号......ではない。歩いて近づく速度よりもはるかに早く巨大化する赤い発光体。

 それが炎の塊だと気づいたのは、俺の顔がピザのようにこんがりと焼かれる直前のことであった。

 

「あっっっっぶねええええええ!」

 

「よく躱したわね!」

 遠くから響く少女の声。

 いきなり人に炎の塊を投げつけてくる、少々お転婆なお嬢ちゃんの名は?

 

 聞くまでもない。

 

 漆の上から金粉を隙間なくまぶしたような輝く髪に、溶鉱炉から漏れる放射光よりも赤い瞳。金の刺繍をあしらった上等な真紅のドレスに身を包んでなお、服に着られているという印象を与えない、生得の権威。

 

――劫火の魔女、レディ・ローズ・フランソワ‼

 

 俺の前に現れた彼女は、少しだけドレスの裾を持ち上げて挨拶してみせた。

 このドレスを持ち上げる挨拶は、それなりの礼儀を備えた魔女ならよくやる仕草である。不幸にしてネイピアがこれをやるところは見たことがないが、エミリアとオリヴィアはよくやっている。

 だが、劫火の魔女の挨拶はいささか毛色が違った。

 エミリアの、森の梢が軽く枝を揺らすような挨拶ではない。オリヴィアの一見恭しいが、微妙に慇懃無礼な(俺に対してだけ?)挨拶とも違う。

 

 ローズの場合は、その洗練された立ち居振る舞いでもって相手を畏怖せしめようという意思がビシビシと伝わってくる。挨拶の仕方という些細な動作にしても、格の違いがあるのだという強烈な自負。それが彼女の持つ気品と完璧な作法によって、あやうく傲慢との誹りを免れている。

 

「はあい。C組の木枯東風くんね? ちょっと情熱的な挨拶だったかしら?」 

 クス、と不敵に笑う劫火の魔女。

 

「でも、あんな情熱的なお手紙を下さるんですもの。こちらも熱くお答えしたっていいわよね?」

 この言い草。

「もう少しクールダウンしてくれてもいいんですがねえ?」

 ローズは、俺の(偽の)手紙を読んだのか!? ネイピアが回収したのではなかったのか。

 

 ローズがあの手紙を読んでいたとすると話がこんがらがるが、ともあれ事情を説明せねばなるまい。まあどうせこっぴどく振られるに決まっているが。

 振られてから偽物でー、というのは何だか逃げたみたいで格好悪いし、下手にこじれる前に俺から言うべきだ。

 

「実はなローズ、あの手紙何だが、その」 

「あんたの告白、考えてあげてもいいわよ」

「いやそんなばっさりと......え?」

 一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかった。

 

 ふふん、とローズは鼻を鳴らす。

 腰に手を当てて少し前かがみになり、俺を値踏みするようにまじまじと見つめる。

 

「今のご時世、この私に真正面から告白してくるなんて、なかなか度胸あるじゃない。嫌いじゃないわよ、そういうの」

 火の粉を足元に散らしながら一歩一歩近づいてくる。一歩も動けなかったのは、彼女が魔法でも使ったのか。それとも、その神々しさに見惚れたのか。

「劫火の魔女はね、どんな格下が相手でも、真正面から向かってくる者には敬意をもって接するのよ......それがドブネズミより多少マシな程度の相手だったとしても、ね」

 最後の言葉、言う必要あった? 前半でやめてりゃアンタはかっこいい貴族の令嬢ですんだのに!

「そうよ......恋愛だって1人の人間と1人の人間がぶつかる戦いだわ。真正面から挑まれたなら礼を尽くしてお相手しなければ失礼よね?」

 こういう妙に生真面目で思い込みが激しいタイプを相手に、実は偽物のラブレターでしたー、テヘペロするのは少々勇気がいる。そして俺には、ローズと違ってその種の潔さはないのだ。

「とはいえ、弱い殿方に興味はないわ。今度のカルニヴァーレでこの私を燃え上がらせ、愉しませて御覧なさい! ......そうしたら」

 いつのまにか劫火の魔女は俺の目の前に迫っていた。額が炭火に照らされたように熱くなる。ローズの指が触れているのだ。

 

――デートくらい、してあげなくもない、というわけではないかもしれないわよ?

 

 どっち?

 

 ウインクをして踵を返すレディ・ローズ・フランソワ。

 俺はついに、あの手紙が偽物だと言うことができなかった。何かこれ、完全に俺が告ったみたいになってね? いや、ラブレター入ってたんだから誤解するのも無理はないが。

 ......ていうかローズ‼ 俺がそんな玉砕覚悟の告白するタイプに見える!? あんた、俺のこと買いかぶりすぎだよ! もう少し人を見る目、鍛えなよ! エミリアみたいに‼

 

 ともあれ一つだけ分かったことがある。

 

 劫火の魔女ことレディ・フランソワは、プライドの高さゆえ高飛車に見えるが、オリヴィアよりもはるかに誠実で、エミリアが遠く及ばぬほどに高貴で、ネイピアがカナブンに見えるほど聡明で、ルイスを100回折りたたんでも届かぬほどに魂の位が高い、つまりは俺と同じくらいに立派な人物なのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。