「なあ、思うんだけどよ」
昼休み。
昨晩、二次創作を漁っていたがゆえに英語の課題が終わっておらず、突貫工事で回答を作っている俺に神父が話しかけた。
「何だよ! お兄さんこれでも忙しいの」
「いいから聞いてくれよ。写させてやるからさ」
写させてくれるのは有難い。あざーっす‼
「で? 何の用だ」
「いやよー、大した話題じゃねえんだが」
ーーーチャイナドレスって何でチャイナドレスって言うんだろうな?
くっっっっっっっっっそどうでもいい。
教義学のシスター・サリマンの話くらいどうでもいい!
サリマン女史の得意な説教は「清貧の美徳について」であるが、本人は冬に炬燵でアイスを食べている不信心者である。でっぷりと膨らんだ腹で清貧の何たるかを説かれても説得力がない。僧衣をまとっておきながら腹には資本主義の象徴たるコンビニアイスが詰まっている、まさに神学の矛盾を脂肪で体現したシスターである。
ある口さがない生徒は、彼女のことをマヨネーズと呼んでいる。僧服を着て教壇に立った姿がマヨネーズの容器を彷彿とさせるからである。
そして僧衣をまとったマヨネーズが厳かに口を開くのだ。
「皆さん。皆さんは、アッシジの聖フランチェスコを知っていますか......」
どの口がその聖者の名を口にするか。冒涜にもほどがある。
清貧と喜捨をまさに文字通り実行したフランチェスコに比して、彼女の言葉のなんと軽いことよ! 聖フランチェスコは絶対に、体育館の中ですし詰めになって昼休みを待っている哀れな生徒の前で、自身が実行してもいない理想を説きはしなかったろう。
説教を終えたシスター・サリマンはあろうことか、謝礼金を教頭から受け取りおった! 清貧の美徳はとこへ行った? 厳しい冬を越えて入学したばかりの、春の匂いもかぐわしき若芽のような新入生だった俺が、道を踏み外し麻布の荒んだ心で学生生活を送ることになったきっかけは、この初めの教義学の授業であった。
その結果、俺はルイスのようなうだつの上がらない神父と世の乱れをかこつようになったわけだが。
「でよー、チャイナドレスなんだが」
シスター・サリマンの説教並みの話題に戻すんじゃねえよ。何で聖職者ってこうもつまらねー話しかできないかね。
「真っ昼間からチャイナドレスの話か。聖職者とは思えん話題の選び方だな」
御筒委員長が現れた。
頼りにならない形だけの委員長だが、今回はまともな発言である。最近、新聞部の投書で誰かが御筒委員長のことを「抽象絵画」と呼んで風刺していた。抽象絵画は形そのものが大切で、何を描いているかは問われないからである。一応言っとくけど、投書を投稿したのは俺じゃないよ?
「俺も三国志とか読んだが、ああいう服を着た女性キャラは見当たらんな」
話広げてんじゃねえよ委員長! こういう時こそ得意の日和見を貫けよ! ていうか、三国志にチャイナドレスいたら絶対正史でも演義でもねえよ、違うやつだよ!
「三国時代にチャイナドレスはねえのか......てことは史記の時代かねえ」
ルイスがううむ、と考え込む。史記の時代は春秋戦国時代。三国志よりも前です。どんな時間軸たどったのよ、お前の脳内中国史は?
「皆さん、楽しそうですね。どんなお話ですか?」
私も混ぜてくださいな、と現れたのはエミリア。このタイミングで変な人が来ちゃったなあ。まあ悪い方に話が進むに9割賭けるが。
「......まあ。チャイナドレスの時代背景ですね。それなら以前、私も気になりまして、オリヴィアに聞いたことがあります」
嫌な予感がした。絶対ガセネタ吹き込んだぞ、あのメイド。
「いわゆるチャイナドレスは清朝の満州族の衣装を指すようですね。満州族は漢民族とは異なる半遊牧民で、いわゆる征服王朝ですが、近代になって中国、というのはつまり清朝ですが......と接触したヨーロッパ人は彼らの服を中国の服と誤認してチャイナドレスと呼んだのですね。つまり、漢民族ではなく満州族の服装ですが、当時の中国は満州系の清朝の支配下にあったので、それがチャイナドレスと呼ばれた、と。史記や三国志の服装と異なるのはそのためですね」
おや。
真偽は分からんが、まともな回答だ!
「なるほど、服装一つとっても深い歴史があるものだな。何事にも興味を持つのは大切だな」
委員長が委員長らしいまとめ方をした。確かに勉強にはなった。けど問題はなぜエミリアがそれをオリヴィアに聞いたのかだ。シチュが思いつかん。
「何事にも興味を持つと言えばですね、エミリアにも前々から気になっていることがあります!」
エミリアが無垢な笑顔で話題を変える。ルイスよりもまともな話題を提供してくれよ!
「パウロ神父の御年っておいくつなのでしょう?」
「それは学園7不思議ですよ」
「そもそも何で神父になったの? 日本人でしょ」
パウロ神父には手島とか中島とか、とにかくナントカ島という本名がある。
パウロ神父が洗礼を受けた経緯については、わが校の碩学が集う歴史研究会が長年にわたり侃々諤々の議論を続けてきた。
従来の最有力説は、西南戦争の折、賊軍に連隊旗を奪われた若き神父は、不覚を恥じて切腹を決意。あたかもその時、神の啓示を受けて名をパウロと改め、宗門に入る決意をしたというものである。
が、気鋭の若手歴研部員が厳密な史料批判を重ねた結果、どうも従来の説はパウロ神父の年齢を考えるとつじつまが合わないとして、再考の必要に迫られている。
昨今、急速に支持を集めている新説は、五代将軍綱吉の茶席にて粗相をしでかしたことを恥じ、切腹をしようとしていた折、当時異端の扱いを受けていた伴天連の説得を受けて名をパウロと改めたというものである。これだと年代的な矛盾も生じないとのことなので、最近ではこちらが主流となりつつあるらしい。そろそろ教科書の内容も書き換わるかもしれない。
......ところで歴研部員は小学校の歴史年表と、人間の平均寿命から勉強しなおすべきだと思う。
「パウロ神父の年齢はおよそ120歳から500歳の間と推定されています(諸説あり)」
「まあ、そうなのですね! さすが木枯さんは物知りですね!」
感心されても困ります、エミリアお嬢様。
「で......何の話だったっけ。何でパウロ神父の話になったのよ?」
ルイスが常識人を発揮した。こういう時に被害者面してんじゃねえよ。
「てめーがクソどうでもいいチャイナドレスの話を始めたからだろうが!」
「確かにそうだが、パウロ神父について語り始めたのはエミリアさんだぜ」
そうだったね。
「もとはと言えば、御筒委員長が何事にも興味を持てと、委員長らしいまとめ方をしたからだ。そのせいでエミリアが暴走したのだ」
「俺のせいか? それは冤罪では」
「おい東風ー、エミリアさんは単に疑問を口にしただけだぜ」
「やかましい! 御筒、あんたも権力者なら、学問を弾圧せんかい‼」
「お前は俺を何だと思ってるんだ? 仮にも委員長なのに知的好奇心を否定できるか......」
キーンコーンカーンコーン。
授業が始まってしまった。
課題を映し終えられなかったのはルイスのせいだ!