ブルーベリーの魔女が去ってもまだ教室は騒がしかった。昼休みはまだ続いている。
カーテンの隙間を漏れる光が机に反射して妙に眩しい。2-Cのカーテンはなぜかいつも隙間ができるのだ。
ニスの塗られた木目の中央を走る、白い光の通り道。そこを避けるようにエミリアの方によって影の中へ。
直射日光が当たらないだけで随分と暑さは和らぐ。体の表面を薄く覆っていた熱気が少しずつ放散していく。
眩しさにやられた目で、日陰の机の上に置かれたその瓶を見つけるのは少し難しかった。
茶色の飾り気のない蓋に、薄い羊皮紙のラベルが巻かれた、やや背の低い低木のようなガラス瓶。
大地のブルーベリー・ジャムの包装は、その作り手同様、地味で控え目なデザインであった。
「ふん、ボクに対する宣戦布告ってわけ? いいよ、その挑戦、受けてあげる!」
ネイピアがブルーベリーの瓶を開けると、キュポンと小さな音がした。中を覗くと、洞窟の奥に浮かぶアメジストのような淡い光が、瓶底より隆起して濃青の輝きを織り成している。
見惚れていると、瓶からジャムの香りが一筋、耐えかねたように空を漂う。甘さの中に果実の豊潤が溶けたその香り。机の周りにいた皆が息をのむ。ネイピアですら目を丸くしている。
「い、頂きます」
おそるおそる食パンに塗って食べてみる。
ブルーベリーの甘酸っぱい風味が、しっかりとした砂糖の甘味、パンの香ばしさと1つに溶け合う。やや砂糖が多い気がしたが、ブルーベリーの濃厚さが下支えするからくどくはならない。
ずっしりとした重厚な甘みと、強烈なブルーベリーの芳香がもつれ絡み合う奇跡のハーモニー。
「これは......うまい」
ルイスの感想が幼稚園児なみだが、実際、そうとしか言いようがない。俺も頷くことしかできなかった。
「やっぱりグロちゃんのジャムは最高ねえ......オリヴィアにも持って帰ろうかしら」
エミリアが舌鼓を打つ。ちょっと気になる、このジャムのお値段っておいくら?
「そんなに高くはないですよ。グロティウス家はかなり良心的ですから」
にっこりとほほ笑む庭園の魔女であったが、この人の言う「高くない」はまるで信用できない。
なお机の端で、スプーンを咥えたまま塩の柱のように固まっているのはマーマレードの魔女である。オレンジの髪が少し脱色して蜜柑の皮の裏側のようになっている。
やはり客は正直であった。
爆発する粘性物質とこちらの紫紺の宝石とでは比べるのも失礼である。
「こ、これ......おいし......くないこともないけど、砂糖が多すぎて身体に悪いから」
これ以上分かりやすいものはない、負け惜しみの見本である。
「砂糖が多すぎるから東風には多分毒だよ! ボクがもらったげる」
ひでえな。もう素直に負けを認めろよ。
「そうだぞ。てか東風、お前砂糖アレルギーじゃなかったっけ」
おのれルイスまで。こいつら人の取り分を奪う気か?
「まあ待てよ。砂糖アレルギーはこの前緩解したからもう大丈夫だよ」
「ならボクのマーマレードあげるね!」
「お気遣いいたみいる。しかしネイピアの売り物をタダでもらうわけには」
「遠慮いらないよ! で、ブルーベリー・ジャムと交換しようよ! ほら同業者の仕事ぶり確かめたいし」
「いかんなあ、味を盗むような真似は」
「何言ってるの!? 技を盗むのも職人の腕のうちだから!」
......とまあこんな具合で。
判定はネイピアの負け。分かり切っていたことではあるが。
「ああー。うまかったなー」
グロリアの残したジャム瓶は、背の低い割に意外と横幅が大きく、また底までぎっしりと詰め込んであったので、結局皆が満足いくまで楽しむことができたのだった。
上げ底で嵩を誤魔化そうとするネイピアと比べて何とできた魔女であろうか。
「ちょ......ボク上げ底とかしてないけど」
本当か? まあ今のは少しこちらが意地悪だったか。
「単に底が抜けてるだけで」
上げ底の方がマシだった。てか爆発するんだからちゃんとガラス瓶に密封しとけよな!
運動場の方から聞こえる運動部の声がいつしか小さくなっていた。そろそろ昼休みは終わり。空も曇ってきて、日差しも先ほどよりかは和らいでいる。
教室内に散らばっていた生徒の群れがそぞろ動き出し、それぞれの席に戻る。
3限目の授業の初めに御筒委員長が、放課後、学徒諸賢はカルニヴァーレの設営を手伝うようにとの訓示を発した。ある生徒が「強制か?」と質問すると、御筒は「強制ではない」と答えた。いわく設営作業はあくまでもボランティアで、参加は生徒諸氏の自発的な意志に委ねられる。その代わり、生徒には自発的な参加を希望する義務が課せられるらしい。それを強制参加と言います。変に言葉を濁さず、はっきり分かりやすく言いなさい!
午後の授業が進むのは早かった。みんなカルニヴァーレが明日に迫りどことなくそわそわしている。日差しが弱まった上に、少しだけいい風が吹いてきたのもあって、午後の授業は教室一帯をまどろみが支配していた。俺もまた、そんな気だるい空気にあてられて、あのブルーベリー・ジャムの味を思い出しながら、うとうとノートを取っているうちに夕方のホームルームが終わった。
「ほら、設営に行くぞ」
ルイスと御筒委員長が俺を起こした。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
女子たちは汚れてもよい服に着替えるため更衣室へ。男子陣はもう着替え終わっている。俺も慌てて着替え、窓の外を眺める。
辺りはすでに薄暗い。
見慣れた運動場の周りには既に、木組みだけではあるが3階建てほどの高さの客席。普段はサッカー部か野球部が占拠している中心部には、何か六角形を重ねて圧縮したような陣形が描かれている。
いよいよ明日はカルニヴァーレだ。