カルニヴァーレというのはつまるところ飲んだくれの魔術師たちの祭りであるから、競技の内容も宴会にまつわるものが多い。
伝統的なカルニヴァーレは教育上好ましくないという理由で色々却下される中、残った数少ない競技が高校で実施される。
1つ目はぶどう摘み競争。これはカルニヴァーレのためのワインを魔術師たちが争って摘んだことに由来する。皆が酒樽を飲み干してしまうとワインの原料となるぶどうの価格が上昇する。それを見越して魔術師たちは飲み会の前にぶどうを慌てて収穫したという。
後輩たちが運動場で小さなぶどうを巡って争う様子を、上級生たちも各々のテントで見つめている。
ぶどう摘み競争は審査制で、集めたぶどうの品質も考慮に入れられる。そのためどのクラスが優勝かは夕方にならないと分からないという。
競技自体は11:30頃には終わり、しばらく1年生有志によるマスゲームの披露。それが終わるとグロリアが現れて午前の部の終了を宣言する。昼やすみだ。
「緊張してきたあー!」
ネイピアが少し唇を噛んでいる。昼休みが明けて午後1時からは2年の出番。ホムンクルス寝かしつけである。
2次会の前に子どもを寝かすことから始まったこの競技は、昨日グロリアが作ったガラス瓶の中の圧縮空間内で行われる。
「おにぎりとサンドイッチ! どっちがいい?」
鷹飼がトレイに乗せた昼ご飯を持ってくる。俺はおにぎりを受け取る。ルイスとネイピアはサンドイッチ、エミリアはおにぎり。
やがて富永先生が現れて参加者のリストをチェックする。魔術を使う者は安全のためのリミッターを着用。使わない者は、先生から競技用の補助術式を受け取る。リミッターは腕に巻く金属の輪っかで、簡易術式は色のついた手袋である。手袋の裏側には魔法陣が縫い付けられており、これを使うと魔術の適性がない者も少しは使えるようになる。今では研究段階の技術だが、将来的にはスマホのように全世帯に普及すると予想されている。最近の研究によると、実は魔術師と普通の人間の違いは連続的なもので、別に本質的な区別はないのだ。その証拠に魔術師と非魔術師の間に子供は生まれるのだし、魔術の才能というのは数学やスポーツの才能と同じ、連続的な分布を持ったものらしい。
「ほれ木枯。青い手袋」
「あ、どうも」
御筒は俺に青い手袋を渡してくれた。風を操る系統の補助術式。人それぞれに適性があるらしく、俺はどうも青いのが使いやすい。なお御筒はカーキであった。
辺りを見回すと、みんなそろそろお昼を食べ終わり、使うべき魔術の復習をしたり、目を閉じてイメージトレーニングをしたりしている。
「ようし、では」
裳裾御前が手を掲げた。手袋はしていない。御前は神通力を使うからだ。
「行くか、皆のもの!」
おおおおお! と鬨の声が上がり、2-Cは入場門へ! カルニヴァーレの始まりだ!
「さあやって参りました、午後の部第1種目、ホムンクルスの揺りかご! カルニヴァーレといえば何と言ってもこの競技! 2次会の楽しみのため、子供を上手に寝かしつけることのできるツワモノは誰だ!?」
普段とは打って変わってテンションの高い富永先生の声がした。あの人、実況役だったの!?
2年の生徒たちは入場門の手前にABCD組の順に並んでいる。最初に入場するのはA組。俺はC組だから後からついていくだけだが、先頭は大変だろうな。ここからでは顔は見えないが、先頭はおそらくA組の委員長、櫂しずくだろう。氷を分けてもらった恩があるが、代わってやることはできんのだよ。
「解説はパウロ神父‼ よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願い致します」
聞き覚えのある柔和な声。よく教義学の授業で現れるご老体。貧血気味の瘦せこけた白い肌には不釣り合いなほど背丈が高い。神をも畏れぬ不敬虔な生徒たちから、ろうそく、風前の灯火と呼ばれるパウロ神父であるが、温和な性格で聞き上手、説教臭くない老紳士なので、生徒の悩み相談などもよく引き受けているという。彼の礼拝室の前には情緒不安定な女子生徒の列が幾本、車庫入れを待つ列車のように渋滞するのである。
「セイウチじゃなくてよかったな......」
「確かに」
隣のルイスの言葉に俺も同意せざるを得ない。ていうかあの人の滑舌では、公の場でマイクを握らせるわけにはいかんだろう。偉い人(教頭か校長)が止めたに相違ない。グッジョブ!
「生徒入場! 皆さま拍手でお出迎え下さい!」
富永先生のアナウンスとともに、前列の2-Aが運動場に入っていくのが見えた。
「品行方正、行方不明! 2-Aです! 委員長は若舟様こと、櫂家の陰陽師・櫂しずく! 粒ぞろいのエリート集団だアアア!」
富永先生の紹介、ちょっと悪意入ってない? A組は優等生揃いだが、たしかに議論が流れる傾向にある。先頭のしずくの表情が気になるところである。
「常在戦場、案外正常! 劫火の魔女レディ・ローズ・フランソワ率いるは2-B! 校内屈指の武闘派ですが、職員からの信頼は厚いぞ!」
隣でルイスが噴き出した。確かにローズといい黄といい、気の強いタイプが多いが、良識を携えている。非常識なのはネイピアやエミリアの方だ。
と、そこまで考えて2-Cの紹介が思いやられた。どうせ悪口だろう!
「天衣無縫、無法状態! ファンタジーなのは構わんが、洋風か和風かは統一しろ! 委員長が機能していない、2-Cだアアアア」
おい御筒! 言わせといていいのか! てめー、名前すら出てないぞ。御筒ウウウウウ!
クラスの実効支配を否定され、立つ瀬のない御筒。反対に得意げなのは裳裾御前である。ここで得意げになるということは、無法状態の原因はこの人にあるということなのだが。簒奪者はこいつです。
最後は2-Dである。新聞部の明石、エンジニアの深月をはじめ、文化系でマニアックな生徒が多い印象。あまり内部事情は分からんが。
富永先生の慈愛に溢れた言葉を待つとしよう。
「我道追求、訴追請求! 部数を刷れば訴状も増える! 明石晩山率いる、曲者ぞろいのD組だアアアア!」
訴追されてんの、あいつら! 深月もよくないことしてんじゃねえだろうな? 関わるのやめとこうかな!? てか来賓もいるのに何てこと暴露してんだよ!
「さあ、皆さん揃いましたか?」
グロリアが児童を前にした幼稚園の先生のようににっこりとほほ笑む。この人ってなんか、保母さんとかベビーシッター的な温もりがある。園児になってグロリア先生にバブバブしたくなってきた。
ブルーベリーの魔女が高く片手を上げ、円弧を描くように振り下ろす。
「ホムンクルスの揺りかご......スタート!」
一瞬、身体の重みが消えて、地面が引き潮のように下がっていく。こちらが浮いているのだと気づいた時には、目に見える校舎が段ボールの箱程度にまで小さくなっていた。逆の方角には手のひらサイズのガラス瓶。いや、あれは運動場に設置された巨大なジャム瓶だ。
一瞬、空中で姿勢が安定したかと思いきや、視界は反転。視界の端にみるみる迫るジャム瓶のガラスを突き破り、俺は無事血まみれに......なっていなかった。
「ぎゃああああああっ!」
冷房の前を通過した時のような冷気が身体を包み、そのまま圧縮された異空間の中へ。下から上へ流れる視界が急に速度を落とすのと、世界が重さを取り戻すのはほぼ同時だった。俺は何やら柔らかいクッションのようなものに衝突し、これを突き破り。再び固いものに衝突した。だが今度はもう落下しない。手のひらの下でざらつくのは地面だ。