マーマレードの魔女   作:へきいさむ

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第8話 庭園の魔女の祝福!

 俺は、目を瞑った。

 

 いくら何でも魔導書というものを舐めすぎたようだ。もはやこれまで。せめてネイピア、てめーを道連れにしてやる。道連れにしてやるから、俺の影に隠れてな。

 すると、ネイピアは俺の懐からモグラ叩きのようにひょこっと顔を出した。バカ......!

 

ーー購買のふんわりめろんぱん! マーマレード付き!

 

 ぼんっと低い爆発音がして、俺の肩と頬は何かやわらかいものに包まれた。思わず手で押しのけるも、掌はその柔らかさの中に埋もれるばかりで押し返すことができない。全方位を弾力の塊に飲み込まれると、甘い小麦と砂糖の香りが鼻腔を満たした。じたばたしても手足は綿菓子のように軽い何かを掻くばかり。乳白色の光が視界いっぱいに広がり、やがてその中心に錐のような穴が開いた。穴の中心からは青空が見えた。

 

「ぷはああっ!」

 

 海面からようやく首を出す感覚に近かった。エアバッグのようなものに守られたことは分かったのだが、俺を包んでいるものは巨大なメロンパンだった。

 どうも見覚えがあるぞ。

 

「さっき購買で買ったやつ!」

 メロンパンの表面にはマーマレードが塗ってあって、ルイスの銀貨はその表面に埋もれていた。

「あーあ......せっかくおやつに取ってたのに......」

 俺の隣にはネイピアの頭だけが砂浜の上のスイカのように飛び出ていた。こんなのおやつに食うつもりだったの? 絶対糖分やばいからやめときな。

「助かってよかったね、東風ー!」

 ああ、ありがとう。それよりな、ネイピア。

 俺はマーマレードの魔女の頭をむんずと掴んだ。こいつの頭蓋骨をメロンパンのように握りつぶしてやろうかと思ったほどだ。

「こんな便利なもんがあるなら最初から出せ」

 

 

「いたあああああい‼」

「俺の足のほうが痛いわボケエエエエエ!」

 ふんわりメロンパンの表面も、こんがりと焼けた部分は地面のように固い。そこに手をつくと、プールサイドの淵から上がるようにメロンパンから抜け出せた。抜け出して分かったことだが、やっぱり足は血まみれだ。

「いでででで......」

「仕方ないですね。ほら」

 メロンパンから生還した俺に、バリケードの裏のオリヴィアが肩を貸してくれる。

「木枯さん、大丈夫ですか?」

 エミリアが駆け寄ってくる。眠りの淵からは目を覚ましたようだ。王子様のキスの代わりにメイドの「台風が来ましたよ!」で息を吹き返したらしい。オオカミ少年じゃねえんだぞ。

 

 そうだ、ルイスが闇に落ちたのも元はと言えばこの人が手回しラジオを使いたがったからだ。俺の足がクリスマスフェアの包装のように赤く染まっているのもこいつのせいだ!

 

「お嬢様、よろしいのですか。下々が苦しんでいるのに、ただ指を咥えて見ているだけで」

「そんな......私はそんな高慢なお姫様ではありません!」

 オリヴィアのやや棘のある言いぐさ(エミリアに対してのみならず、微妙に俺にも刺さってない?)にムッとしたように、庭園の魔女は眉を吊り上げる。ふわふわとした綿毛のような彼女の雰囲気が少し引き締まり、凛々しい顔立ちとなった。

 この人の場合、凛々しい顔立ちの時こそ余計に心配なのだが。

 

「このエミリア、伊達に庭園の魔女を名乗っていません! ノブレス・オブリージュ......今こそ貴族の義務を果たすとき!」

 ふんす! ふんす!

 これはよくないふんす! である。あんたに張り切られると余計に心配なんですが!

「大丈夫、すぐによくなりますから......!」

「やめろ! インフォームド・コンセントだ! 俺は治療に同意していないぞ!」

「そうだよエミリア! 東風、嫌がってるじゃん! それよりさ、ボクのマーマレードを傷口に塗って」

「ようし頼むぞエミリア! あんただけが頼りだ!」

 前門の虎後門の狼。エミリアの魔術とベニクラゲのジャム。背に腹は代えられぬ。

 エミリアは覚悟を決めたように頷くと、祈るように両手を胸の前で組んで瞼を閉じた。ビジュアルだけはさながら聖女の佇まいである。

 

ーー庭園の魔女の祝福!

 

 エミリアの手から緑色の優しい光が迸る。俺は眩しさのあまり目を閉じてしまったが、自分の足の表面に溶かしたバターのように温かい何かが広がり、染み込んでいくのが分かった。ズキズキとした痛みは徐々に和らいでゆき、汗疹のような痒みに変わり、ついにはそよ風の涼しさを感じる健康な肌だけが残された。

 

 足は、完全に元通りになっている。

 

「庭園の魔女の祝福......お嬢様の回復魔法です。せいぜい感謝するのですね」

 オリヴィアが解説してくれる。

「どんなもんです!」

 エミリアが腰に手を当てて胸を張る。今回ばかりは。

「よくやったエミリア! あんたは本当に偉大な魔女だ!」

 魔導書吹き飛ばしたことをチャラにはできんが、庭園の魔女の名を讃えてやってもよかろう!

「ちょっと東風‼ エミリアもすごいけどボクのメロンパンは!?」

「やかましい! もとはと言えばてめーのマーマレードが爆発したからだろうが!」

「ええー!?」

 ネイピアは不服そうだ。

 

「もー、何それー! なんでエミリアばっかり! こんなことならもっとルイス君のお金使っとけばよかったよー!」

 

 ひでえ飛び火だな。いや、待てよ。

 

「ネイピア、お前でかしたかもしれんぞ」

 俺はにやりと笑う。

 

「ルイスの銀貨を無力化できるぞ」

 

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