やべえのがいる世界で生きている上位存在さん   作:独禁

1 / 8
やべえのがいる世界で生きている上位存在さん

 私はかつて人類がお猿さんだった頃以前から生きている。これは自慢ではなく、単なる経歴の説明である。

 

 テレビを見ていると速報が鳴った。例の、画面の上に赤帯が出るやつだ。「カーテンを閉め、外を見ないでください」。ああ、見ちゃいけない系か。この一帯に出たらしい。

 

 この世界にはこういうのがたくさんいる。政府も政府で頑張ってはいるようで、監理局だの陰陽師だのが日夜駆けずり回っている。ご苦労なことである。

 

 そんなわけで国民の義務としてはカーテンを閉めるべきなのだが、私はむしろ全開にした。閉めると部屋が暗くなるからだ。

 

 いるわいるわ。

 

 言語化はできない。形とか色とかそういう次元の話ではなく、強いて言うなら視線(?)だけがある。それと目(?)が合う。合うたびに頭の中身を裏返されるような感じがして、正直、頭がおかしくなりそうである。なりそうなだけで、ならないのだが。

 

 鬱陶しいのでスマホを弄ることにした。画面にそいつがいた。ならばと鏡を見た。そいつがいた。やかんの側面にもいた。どこもかしこもである。こういうところが若い連中は雑だと思う。

 

 普通の人間ならとっくにポックリである。私はポックリしない。ただ、テレビの続きが見られないのが困る。録画しておいてよかった。

 

 昔はこういうの、居なかったんだけどね。

 

 しばらくすると、そいつはいなくなった。

 

 いなくなる瞬間というのも言語化しづらい。「立ち去る」でも「消える」でもなく、最初からいなかったことに世界の側が同意した、みたいな終わり方である。ああいうのは昔から演出過剰だと思う。

 

 テレビの赤帯も消えて、アナウンサーが「解除されました」と読み上げた。画面の下に「引き続き、心当たりのない記憶にご注意ください」と流れている。アフターケアまであるのだから、監理局も仕事が丁寧になったものだ。昔は村ひとつ消えて「神隠し」の一言で終わりだった。良い時代である。

 

 いやー、怖かったね、中々。

 

 と、一応言っておく。長く生きるコツは、怖がるべき場面で怖がった体裁をとることである。世界に対する礼儀のようなものだ。

 

 さて録画の続き、と思ってスマホを手に取ると、まだいた。

 

 画面の隅。通知バーのあたりに、視線(?)がひとつ残っている。本体は帰ったのに、こっちにだけ置き土産である。壁に画鋲の穴が残っているのに似ている。放っておくと、たぶん夜中に画面が勝手に光ったりして鬱陶しい。

 

 仕方ないので消しといた。

 

 消し方は説明が難しい。人間がスマホの汚れを袖で拭うのと、だいたい同じ動作である。拭うと、視線(?)は「そもそも私を見ていなかったこと」になった。これでよし。

 

 それにしても、なんてしつこいのだろう。ああいうのは去り際が九割だと、誰か先輩が教えてやるべきなのだ。

 

 電気ケトルで湯を沸かし、録画の続きを見た。二時間ドラマの犯人は、崖で全部喋ってくれた。ああいう様式美は良い。何百年経っても変わらないものは、それだけで貴い。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。