翌日、来客があった。
インターホンの画面に映っていたのは、スーツの美人さんである。「特別宗務監理局のカタギリと申します」と身分証をかざしてみせた。写真の下に、名前と、名前より大きな字で「本物です」と書いてある。なるほど、偽物が横行する業界なりの工夫であろう。
まあ、女性なのはそうだろうなと思った。昔からこっち方面の力は女性のほうが強い。巫女だの斎王だの、歴史上ずっとそうだった。男は途中から政治のほうが好きになってしまったのだ。
お茶を出すと、カタギリさんは湯呑みに口をつけず、単刀直入に言った。
「なぜ生きているんですか」
初対面の挨拶としてはかなり攻めた部類である。私が黙っていると、彼女は手帳を開いて説明してくれた。
曰く、監理局には独自の監視システムがあるらしい。顕現時にカーテンの開閉やら住民の生体反応やらを衛星だか式神だかで見ているそうで、昨夜、この家は「全開・直視・遮蔽なし」で真っ赤に判定された。なんちゃら系統の直視は即死扱いなので、システムは自動で死亡認定を出し、今朝、回収班が来た。
ああ、そういえば来てたな、今朝。
玄関を開けたら作業服の人が二人、担架と、遺体袋と、塩と、なぜか小さいお坊さんを連れて立っていて、私が「はい?」と言ったら全員がすごい顔をしていた。宅配の時間指定と勘違いして「ご苦労さまです」と言って閉めてしまったが、あれはそういうことだったのか。回収対象に労いの言葉をかけられた三人は、その足で局に戻って報告を上げたらしい。驚かせて悪いことをした。
「それで」とカタギリさんは手帳を閉じた。
「なぜ生きているんですか」
説明するのは難しい。人類がお猿さんだった頃以前から、と正直に言うと話が長くなるし、だいたい信じられた場合のほうが面倒くさい。書類が増えるのは目に見えている。
「たまたまじゃないですか?」
「そんな訳がないでしょう」
即答だった。まあ、一理ある。あれは見られた時点でアウト系のやつだ。「たまたま」でどうにかなる余地の設計になっていない。監理局の人間ならそこは当然知っている。
カタギリさんはこちらをじっと見た。視線(?)ではなく、ちゃんとした人間の視線である。久しぶりに浴びると、これはこれで悪くない。少なくとも頭の中身を裏返してはこない。
「失礼ですが」と彼女は言った。
「あなた、何ですか」
何ですか、と来たか。誰ですか、ではなく。
勘のいい子は昔から好きだ。そして勘のいい子ほど、昔から長生きしない業界でもある。さて、どう答えたものか。私は湯呑みを持ち上げて、時間を稼ぐことにした。こういう時、お茶というのは実に便利な発明である。