お茶を三杯ほど飲み、のらりくらりと世間話に持ち込んだ結果、カタギリさんの結論はこうだった。
「監理局に入りませんか」
来たか、と思った。
どうやら、さすがに見逃せないらしい。あれを直視して生きている人間(仮)を「はいそうですか」と放置したら、それはもう組織として敗北である。彼女の立場もわかる。
人手不足、というほどではないらしいのだが、話を聞く限り「直視しても死なない人材」は喉から手どころか肩まで出るほど欲しいそうだ。そりゃそうだろう。この業界、観測要員の殉職率が洒落にならないのは昔から変わらない。陰陽寮の頃なんて、新人がひと雨ごとに減っていた。
あとはまあ、白羽の矢の裏に、調査したいという本音が透けて見える。囲い込んで、飼い慣らして、ついでに解剖……は言い過ぎにしても、隅々まで調べたいのだろう。
何も出ないと思うよ。私を調べて何か出た試しは、有史以来一度もない。
「組織的なものは、あまり得意じゃないので」
これは謙遜ではなく実績である。過去に何度か、頼まれて組織というものに入ってみたことはあるのだ。結果、朝礼で潰れ、報連相で潰れ、飲み会で完全に潰れた。私は永遠を生きられるが、月曜日は生きられない。
カタギリさんは食い下がった。
「では、せめて検査だけでも」
検査。ふむ。
考えてみれば、私のデータで人間たちの何かの役に立つなら、それは悪いことではない。耐性の研究が進めば、死ななくて済む監理官が出るかもしれない。それに、断り続けてこの美人さんが毎日来るようになっても、それはそれで……いや、それは別に構わないのだが、彼女の勤怠に響く。
「検査だけなら」
「ありがとうございます。では明日、お迎えに上がります」
手帳を閉じる速度が、来た時の倍だった。
翌日、黒い車で連れて行かれたのは、看板のないビルだった。表札は「文化庁分室」。嘘は書いていないあたりが役所である。
検査は二本立てだった。
前半は、拍子抜けするほど普通の身体検査である。身長体重、採血、レントゲン、視力検査。「Cの穴、どっちが開いてます?」に「右」と答える私。人類がお猿さんだった頃以前から生きている存在が、片目を器で覆って「下です」とか言っているのだから、世の中というのはわからない。
後半が本番だった。
地下に降ろされ、白装束に着替えさせられ、体育館ほどの部屋の中央に立たされた。床には陣。それも相当なやつだ。梵字と神代文字と、どこの馬の骨ともわからない図形が三重に走っていて、四隅には盛り塩、注連縄、御幣、ついでに最新式のセンサーが同居している。伝統と科学のハイブリッド。すっげえ儀式臭いのに端末のファンの音がする。
「では、始めます。楽にしていてください」
祝詞が始まり、読経が重なり、陣が淡く光った。ガラスの向こうでは職員たちが計器に張り付いている。カタギリさんも腕を組んで見ている。期待の圧がすごい。
私は楽にしていた。というか、何も起きないので楽にする以外にやることがなかった。
小一時間後。
結果は「普通の人間」だった。
霊圧、ゼロ。神性反応、ゼロ。穢れ、ゼロ。呪詛痕、ゼロ。血液検査に至っては「やや善玉コレステロールが優秀」。陣は最後まで私を「そのへんの健康な中年」と判定し続け、センサーは無風、盛り塩は崩れもしなかった。
ガラスの向こうで、職員たちが実に微妙な顔をしていた。
上等な釣り堀に一日糸を垂れて、長靴すら釣れなかった顔である。お坊さん……今朝の回収班にいた小さい人だは数珠を持ったまま首を傾げているし、機材担当は再起動を三回した。カタギリさんは無表情だったが、無表情という種類の微妙な顔だった。
なんというか、申し訳ない。
弁明させてもらうと、隠しているのではないのだ。彼らの物差しが悪いのでもない。物差しというのは、測る対象より大きな枠組みが作るものである。つまり、そういうことなのだが、そういうことを言うと話がややこしくなるので黙っていた。
帰り際、カタギリさんが車の中で、前を向いたまま言った。
「……検査結果の上では、あなたを引き止める根拠がなくなりました」
「よかった」
「よくありません」
彼女は一枚の紙を差し出した。謝礼の受領書と、その下にもう一枚。「協力者登録票」とある。職員ではない、外部協力者。組織に入らず、たまに呼ばれる係。
「連絡先だけでも」
「連絡先?」
「次に何か出た時、あなたの家の方角だけ警報を省略できると、こちらも助かるので」
なるほど、実務的な口説き文句である。私は名前を書いた。何百年ぶりかに、本名ではない方の、いつもの名前を。