たまには星空でも見に行くか、と思った。
呑気な話である。しかし呑気は大事だ。長い間やっていると、呑気こそが最も持続可能な生存戦略だとわかってくる。天気図を見ると山の方は快晴、月も細い。星見日和である。私は双眼鏡と水筒(中身は熱燗)を鞄に入れ、夜の下り電車に乗った。
車内は空いていた。部活帰りの学生、スーツの男、買い物袋のご婦人。ローカル線の夜の、標準的な顔ぶれである。私はボックス席で、窓に流れる住宅の灯りを眺めていた。
三駅目を過ぎたあたりで、車内放送が入った。
「次はー、○○ー、○○ー」
普通の放送である。だった。途中までは。
「次はー、」
の後、車掌さんの声が、変になった。
音程が半音ずつ沈み、母音が濁り、人間の喉が発音してはいけない領域に降りていって、最後にはっきりと駅名を告げた。その駅名は、この世の路線図には無い。文字に起こすことも難しい。強いて言えば「地獄」に一番近い響きの、しかしもっと古くて、もっと事務的な言葉だった。「終点」と「奈落」の合いの子のような。
窓の外が、変になった。
住宅の灯りが一つずつ間引かれ、街灯が消え、月が消え、最後には窓の外が完全な暗黒になった。トンネルではない。トンネルなら壁がある。これは、外そのものが無い。無いのに、ガタン、ゴトン、と走行音だけが続く。永遠と続く。線路の音というのは、外の世界があってこそ鳴るはずなのだが、細かいことを気にしない怪異らしい。
ふと見ると、車内から、お客さんが消えていた。
学生も、スーツも、ご婦人もいない。座席だけが等間隔に並び、蛍光灯が誰も照らしていない。降りた気配はなかった。ドアは一度も開いていない。
なるほどね。
どうやら私は、彼岸行きに乗ってしまったようだ。
この手の連れて行く系は、実は古典である。舟だったり、籠だったり、時代に合わせて乗り物を替える。現代は電車。通勤定期で通える彼岸というのも世知辛い話だ。ただ、古典の割に、今回のは造りが丁寧だった。三駅目までは完璧に普通の電車を演じきっていた。役者が良い。
これは、困った。
いや、私自身は困らないのだが、状況として困った。降りる駅が無い。ドアは開かない。非常停止ボタンを押してみたが、ボタンの手応えだけあって何も起きなかった。手応えだけ再現するあたり、芸が細かくて腹立たしい。先頭まで歩いて車掌室の扉も試したが、開かない。ノックしたら、中からノックが返ってきた。同じリズムで。こういう芸は要らない。
手詰まりかなあ。
まあ、慌てても仕方ない。私はボックス席に戻り、水筒の熱燗を一口やって、様子を見ることにした。走行音は続く。外は無い。酒は美味い。三つのうち二つが異常でも、一つが正常なら、夜はやり過ごせるものである。
——と、そのうちに、来た。
存在が、消えてゆく感覚である。
痛みではない。指先から順に、私がいたという事実の側が薄くなってゆく。記憶が消えるのでも身体が透けるのでもなく、世界の帳簿から、私の行が一文字ずつ、鉛筆の後ろの消しゴムで、丁寧に、丁寧に消されてゆく。ああ、彼岸行きの運賃はこれか。乗客の存在を道中で少しずつ徴収し、終点に着く頃には、初めからいなかった者として降ろす。だから車内から人が消えたのだ。あの人たちは降りたのではない。払い終わったのである。
悪辣だね。
痛みが無いのが、一番悪辣だ。痛ければ人は抵抗する。これは眠気のように来る。抗う理由ごと、消してゆく。
私は熱燗をもう一口飲み、水筒の蓋を閉め、それから、気合を入れた。
気合、というのは冗談ではなく、割と正確な表現である。消される、というのは要するに私がいた事実への上書きだ。ならば、こちらの私はいるを、上書きより濃く書けばいい。私はとにかく長い間のいた、を持っている。昔からの全ページである。消しゴム一本で消せる分量では、ない。
踏ん張った。
物理的にも、少し踏ん張った。座席で足を踏ん張ると気合が入るのは、人間も私も同じである。
ぷつん、と、どこかで細い糸が切れる音がした。
走行音の質が変わった。窓の外に、街灯が一本、戻ってきた。二本、三本。住宅の灯り。月。世界が、諦めて返品してきた。車掌さんの声が「次はー、○○ー」と、今度はこの世の駅名を言った。消しゴムの側が、私を消す途中で芯を折ったのだろう。景色は、いつの間にかすっかり晴れていた。
そして気づけば、お客さんも戻っていた。
学生が船を漕ぎ、ご婦人が袋を抱え直している。誰も、何も覚えていない顔である。それでいい。
ただ……一人だけ、消えていた。
スーツの男が、いない。座っていたはずの席に、夜だけが座っている。網棚に鞄も無い。彼は返品されなかったらしい。
星は、綺麗だった。山の上の空気は澄んで、天の川まで見えた。熱燗も残っていた。良い夜、ということにしておいた。
後日談がある。
数日して、ニュースで一人の男の顔写真が流れた。数年にわたる連続殺人の容疑者として、ようやく特定された男。ただし本人は行方不明。最後に目撃されたのは、あの夜、あの下り電車に乗り込むところだった、という。
写真は、あのスーツの男だった。
そういう感じね。
つまり、あの電車は、無差別に人を攫う化け物ではなかったのだ。あれは集金に来ていたのである。帳簿の合わない人間の、支払いの滞った分を。他の乗客が返品されたのは、そもそも取り立てる負債が無かったからで、私が消されかけたのは──まあ、あちらの帳簿だと、私は滅茶苦茶長い間の存在を無銭でやっている大口に見えたのかもしれない。誤解である。私は帳簿より古い。先住者に地代は発生しないのだ。今度乗り合わせたら、そう説明しておこう。
それにしても、彼岸の徴収が電車で来る時代か。
次は何になるのだろうね。私はまだ、飛行機のやつには会っていない。