「はぁ……! はぁ……!」
何があったかと言えば、鳥のたたきで、あたった。
言い訳をさせてほしい。あれは良い鳥だった。地鶏で、表面だけ香ばしく炙られ、中は艶やかな薔薇色で、生姜と葱が添えられていた。何百年も食べてきて、あたったことなど一度もない。ないのだが、確率というのは、何百年も振り続ければいつか出る目のことを言うのである。今夜、出た。
腹が、痛い。
痛すぎて、病院にすら行けない。玄関までの八歩が、今の私には奥州街道である。そもそも行ったところで、私の身体は検査でやや善玉コレステロールが優秀な健康な中年しか出ないのだから、点滴の一本ももらって帰るだけだ。カンピロバクター君は、私の中で今、猛威を奮っている。
去年の牡蠣は殿堂入りが早すぎたようだ。王座陥落である。
仕方ないので、私は便座の上で脂汗を流していた。長い間生きていると、こういう夜も、まあ、ある。無い方がいいが。
そして、ちょうど今──渾身の力で、いきんだところで。
世界が、ぶれた。
腹痛で目が霞んだのではない。世界の側が、ぶれたのである。トイレの空間全体が、水面に落ちた一滴のように、たわんだ。
何かと思って、脂汗のにじむ目で見れば、トイレの中、便座の正面、タオル掛けの少し上あたりに、ちょっとした次元の歪みが、現れていた。
大きさは、みかんくらい。空間がそこだけ捻れて、向こう側のどこでもない場所が、細く覗いている。歪みの縁が、ゆっくり回っている。
いかん。
これはあれだ。普段は世界のどこかを彷徨っているはずの、根無しの歪みである。世界には、ああいう小さな綻びが、実は無数に漂っている。大半は誰にも出会わず、何にも触れず、どこかで流れて、消える。それが、なぜ、私のトイレに。
……とはいえ、心当たりはある。
私の存在のせいだ。
私という存在は、要するに、この世界でもかなり重い、重りの一つである。普段は行儀よく折り畳んで、そのへんの中年の中に収めている。収めているのだが……先ほど、いきんだ。渾身で、いきんだ。あの瞬間、折り畳みがほんの一瞬緩んだのだ。存在の重さが、素で漏れた。そして世界を漂っていた根無しの歪みが、その重さに引かれて、最短距離で、ここへ落ちてきた。
長い長い私の経歴に、また誰にも言えない一行が増えた。
まあ──大層に書いたが、この大きさなら、実害はない。
みかん大の歪みができることと言えば、周囲の空間がちょっと歪んだり、近くの軽いものが少し吸い込まれたりする程度である。現に今、トイレットペーパーの端が三センチほど吸われて、ひらひらと向こう側へ消えた。地球のどこかかもしれないし、宇宙のどこかにうちのペーパーの切れ端が漂うことになるかもしれない。何かの知的生命体が拾って解読を試みないことを祈る。ダブルの、肌ざわりの良いやつだ。
あと、私の脂汗も、少し持っていかれた。
頬を伝っていた一滴が横に逸れて、歪みに吸われていった。あちらに渡った物質は、食あたりの脂汗。歴史というのは、こういう締まらない形で作られる。
歪みは、しばらくタオル掛けの上でゆっくり回り、ペーパーの端と汗を土産に、やがて満足したのか、すう、と自然消滅した。根無しの歪みは、重りの傍で少し休むと、ああして勝手に閉じる。迷い込んだ野良猫が、ひと撫でで帰っていくのに似ている。
トイレに、静寂が戻った。
腹痛は、戻ったままだった。そこは持っていってほしかった。
念のため書き添えておくが、大きいやつは、洒落にならない。
みかん大なら野良猫だが、あれが家一軒分ともなれば、周囲の空間ごとどこでもない場所に持っていかれる。歴史上、村や湖がいくつか、そうやって地図から消えている。監理局の資料では原因不明の消失、的な感じで分類されているはずだ。原因は不明ではない。世界の綻びに、運悪く住所が当たっただけである。誰のせいでもない。強いて言えば、世界の建て付けのせいだ。
だからそんなものを呼び寄せない為に、私は普段、行儀よく折り畳んでいるのである。うかつにいきめない身体というのも、考えてみれば不便なものだ。
そうして夜明け近く、カンピロバクター君との戦争は、ようやく休戦に至るのだった。