最近、本部の近くで、楽園が開きかけている。
楽園、というのは私が勝手にそう呼んでいるだけである。正式な名前は無い。まあ、無いというより、名前を付けられる側の現象ではない。強いて言えば、世界の階層の、いちばん深い折り目が緩んで、その奥のあまりにも良い場所がこちらへ滲み出してくる現象──それを私は、昔から楽園と呼んでいる。
実態は、頭がおかしくなりそうなやばい場所である。
いや、正確に言おう。ある意味で、頭がハッピーになる場所なのだ。
これが一番たちが悪い。恐怖で壊すのではない。至福で壊すのである。あそこから滲む「良さ」は、人間の器の設計上限を桁で超えている。湯呑みに滝を注ぐようなものだ。注がれる中身は最高級の甘露でも、湯呑みは割れる。楽園は、嬉しさそのものの原液だ。
あそこで普通に過ごせるのはよっぽど神性的な何かが高いものだけである。器が滝に耐える素材でできている連中。
そもそも、以前の降臨系である。本部のかなり近くに降りた、あの通信網ごと落とした式典級のやつ。あれの格と、あの降りた位置。今にして思えば、あれは楽園に近い側の存在だった。私を検めてきた、あの上座の気配。あの手の連中は、折り目の緩んだ場所に、匂いを嗅ぎつけて集まる。あれは偶然あそこに降りたのではない。折り目が緩み始めていたから、あそこに降りたのだ。
あんなものが頻繁に降りていたら世界の崩壊待ったなしである。
それに食あたりも多かった。
鳥のたたきの件だ。あれを私は確率の話として処理したが、考えてみてほしい。何百年もあたらなかった私が、あたった。牡蠣も去年だ。頻度がおかしい。世界の深い階層が緩むと、現世の細かい秩序から先に目を離す。食べ物が傷む速さ、菌の振る舞い、そういう一番細かいところから管理が甘くなるのである。
そう、きっと因果があるに違いない。
私がそんなに腹を壊すわけがないだろう。
さて、この楽園、放置しているとどうなるか。
そりゃもちろん、開いて、とんでもないことになる。
滲み出しが決壊に変わり、原液が地表に流れる。流域の人間は全員、至福のまま器が割れる。恐怖のパニックすら起きないのが恐ろしいところで、皆、笑って、幸せで、そのまま終わる。
ちなみに体験談もある。
かつて私は、試しに軽く、小さな楽園を開いてみたことがあった。若気の至りである。ほんの指先ほどの折り目を、ほんの少しめくってみた。
結果、頭がめくれた。
比喩ではない。私の頭部が、原液の「良さ」に共鳴して外側へめくれ、脳味噌が、花弁みたいな形に露出する事態に陥った。頭蓋が萼で、脳が八重咲きである。痛みは無かった。むしろ多幸感で満開だった。満開なのが、まずいのだ。私はあの状態で半日咲いていた。通りかかった鹿には二口ほど食まれた。私だから事なきを得たが、人間なら初速で終わっている。
至近距離だったのもあるが、あの規模であれである。本部の近くのやつは、あの時の数百倍。
では、本部の人は気づいているのか。
……まあ、気づいてないかもしれない。というか、気づいていないだろう。
責める気は無い。彼らの観測網は良くできているが、あれは世界のルールを乱すものを検知する網である。降臨系とか、呪詛とか、異界とか、ああいう分かりやすい歪みを捕まえる網だ。だが楽園は、ルールを乱さない。世界の階層の歪み──それも深い側が良すぎるという方向の歪みを検知できるほど、世の中は楽ではない。網は、水面の波を捕る。水底の温度までは、捕れない。あの盛り塩とセンサーのハイブリッド陣ですら、私をただの健康な中年と判定した実績がある。推して知るべしである。
さて、どうしたものか。
選択肢を、熱燗を舐めながら並べてみる。
一つ。私が黙って畳む。折り目を戻すこと自体は、できる。できるが、あの規模を畳むと、余波で本部周辺の現世の細かい秩序が数日ぶん、ぐらつく。牛乳が一斉に腐るとか、信号が全部黄色になるとか、その程度で済めばいいが。
二つ。カタギリさんに話す。話すと、「なぜあなたがそんなことを知っているんですか」から始まる長い長い聴取が待っている。そして局は善良な組織なので、善良に観測班を送り込み、観測班は器ごと満開になる。
……と、すぐに熱燗が空になった。
とりあえず、明日は本部の食堂に行こうと思う。そこで何かを食べながら、折り目の緩み具合を近くで検分する。話はそれからだ。
ずっと生きていても、面倒事の先送りの手口だけは、人間と変わらないのである。