100年前、最初の報告があった。
「″啓示″を授かりました」
それは天の声でも降り注ぐ光の柱でもなく、ただ″理解″だけが残る。
理由も過程もない。
「そうなった」としか言いようのない確信だけが残された。
翌朝、彼女の枕元には1枚のカードが置かれていた。
白地に簡潔な文字。
『シャープペンシルの芯が折れなくなる』
それが彼女に与えられた力のすべてだった。
特別なことは何も起きなかった。
世界が変わることも、人生が劇的に好転することもない。
ただ文字通りにシャープペンシルの芯が折れなくなっただけであった。
検証は非常に容易であった。
彼女は実際に芯を折ろうとして、芯はそれに応えなかった。
それ以上でも、それ以下でもない。
彼女の直接触れているシャープペンシルの芯のみが折れなくなり、間接的に触れている場合は、ただ物理法則に従った。
本人の同意のもと、人権を侵害しない範囲でいくつかの検証が行われ、
能力の実在
能力に拡大解釈の余地はない
ことの2点が確認された。
【人類史上、初となる特殊能力の発現】
″啓示の日″。
この日以降、同様の報告が世界各地で確認されるようになる。
ある者は『割った卵の黄身が2個になる』力を。
ある者は『靴下に穴が開かなくなる』力を。
ある者は『TVリモコンの電池が切れなくなる』力を。
いずれも例外なく、説明するまでもなく些細でくだらないものであった。
共通していたのはふたつ。
ひとつは、本人が「啓示を授かった」と証言すること。
もうひとつは、枕元に能力を記したカードが残されていること。
原因は不明のままに、ただ現象だけが広がった。
しかし、やがて人々はそれを受け入れた。
生活を大きく変えるほどではないが、否定する理由もない。
利用するほどでもないが、無視するには少しだけ気になる。
その程度のものとして。
2318年現在において、この現象はさほど珍しいものではなくなった。
能力の有無は自己申告によって管理され、戸籍にも記録される。
とはいえ、申告しない者も少なくない。
年に一万件を超える新規登録がなされる一方で、未申告に対する罰則は規定されていない。わざわざ時間をとってまで申告するほどのものでもない、そう考える者が大半であった。
実際、その判断は間違いではない。
ほとんどの能力は人生に影響を与えない。
ほんの少しだけ、どうでもいい方向に現実が傾くだけなのだから。
百目鬼 祀 『啓示、そして、均された世界』望月出版、2318年、p0108