なるようになるの   作:kintama

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月より近く、常夜に堕ちる

 火照る身体、梳かしたての髪を夜の冷めた空気に馴染ませるようにゆっくりと歩を進める。

 夜風が髪を透いて通り過ぎていく。

 

(碧《たま》ちゃんと兎ちゃん、もう部屋に戻ったのかな)

 

 リビングのメインライトは消えていた。

 ほんのりと暖色の光を放つルームライトだけが壁際から影を作り出している。

 数時間前まで賑やかだった部屋を見渡す。

 

(碧《たま》ちゃん、怒ってたな…)

 

 食事の後、我先にと部屋を後にした茶髪の少女の後ろ姿を思い出す。

 感情を露わにしながらも、子どもらしさを感じさせるかわいらしい振る舞い、それでいて物や人に当たらない寛容さ。

 

(明日謝らなきゃ…)

 

 そして、もう1人。

 海松色《みるいろ》髪の少女。

 一見乱暴に思える口調ながら、気遣いを欠かさない性格。…時々変な事は言うけれど、それもきっと場を和ませる彼女なりの思いやり。

 

 良い人たちに囲まれてる、ね。凪乃ちゃん。

 碧《たま》ちゃんも。

 兎ちゃんも。みんな優しくて。…ね。

 

 夕方、案内してもらった和室に足を向ける。

 本当に広い家。

 場所は覚えていても、いなくても関係ない。

 ″行きたい″と願えば、足が向く。

 襖を1枚隔てて、彼女の存在を感じる。

 ……なにしてるのかな。

 

(…ちょっとだけ。ちょっとだけ、ね)

 

 襖に手を添える。あちら側の様子。

 ″知りたい″と願えば、心が感じる。

 

 人の輪郭が感じられる。

 形は大好きな人のもの。

 触れているモノはたぶん…布団?かな。

 平たいモノに触れて、指先が沈み込む。

 …あ、マットレスだ。

 初めてのおもちゃを目の前にした子猫のように、おそるおそるソレに触れている。

 …可愛いなぁ、本当に。

 あ、寝転んだ。かわい。

 止まった。…もしかして寝ちゃった?

 あっ起きた。…可愛い。

 

(彼女と一晩、同じ部屋で…)

 

 改めて現状を整理する。

 鼓動が早る。顔が熱い。

 手で仰いでみても、大した効果は得られない。

 幸せな緊張感。嬉しい鼓動。

 早く入りたいような、少し恥ずかしいような。そんな気持ち。

 近くに在るよう″願った″手鏡を手に取る。

 前髪良し、目元良し、お肌良し。

 …口元が少しだらしないかも。

 嬉しさからか口角が上がっている。

 掌でぐにぐにとほぐし、いつも通りの笑顔。

 ん、完璧。なんて、へへ。

 

(ありがとね…)

 

 役割を終えた手鏡を手放す。

 次にまたあなたを必要とする時、私の元へ、と。そう″願う″。

 …よし。

 

───とんとん。

 

 ***

 

「ん、どうぞ」

 

 襖が開いて、室外の生暖かい空気が先に入る。

 遅れて、廻琉《めぐる》が1歩。畳を踏む。

 

「寝転がりながらでごめんね」

 

 謝意を一言。

 悪いけどこのマットレスから起き上がることはできない。できないんだ。

 

「全然!そんなに寝心地良いの?」

 

「ん、最高」

 

 当然、即答。

 理由は最高だから。

 そういえば、

 

「廻琉《めぐる》の方にはないの?」

 

 この1枚しか置いてなかったような。

 

「うん!それは凪乃ちゃん用に買ったやつだから、ね!」

 

 そうなんだ。

 …ん?今買ったって。

 

「買ったの?わざわざ?」

 

 私用に?どうして…?

 

「碧《たま》ちゃんと、ね!

 きっと凪乃ちゃん喜ぶって張り切ってたから」

 

 …そうなんだ。

 

「…ありがと。嬉しいよ」

 

 明日、碧《たま》にもお礼言わないと。

 

「えへへへ。…凪乃ちゃん、眠そうだね」

 

「……ん」

 

 あまりの寝心地の良さからか、瞼が重力に負けて視界が閉じかかる。

 狭まる視野の左端、廻琉《めぐる》が布団を敷いているのが見える。

 

「電気、消そっか?」

 

 電気…。

 

「…ん」

 

 ─ぱちっ。

 

 軽い音と共に、暗闇に包まれる。

 慣れない感覚。いつもは寝る時だって明かりに包まれていた。

 けれど今だけは…頭が回らない。

 

「……凪乃?」

 

 隣から。

 

「……ん」

 

 …意識が微睡む。

 

「そっち行っても…いい?」

 

 隣から。

 さっきよりも近い、気がする。

 上手く…聞き取れなかったような、そんな気も。

 

「…………ん」

 

 一拍置いて。

 シーツが擦れる音。1人分、沈み込む感触。

 廻琉の髪の匂いがふわりと届く。

 

 指先に触れるもの。

 布越しに、ほんの少しだけ触れる温度。

 ……暖かい。

 

 言葉はなかった。

 ただゆっくり、ゆっくりと。

 夢に落ちるだけ。

 

 ***

 

 夢を見た。

 今から11年前。

 お父さんとお母さんの夢。

 2人がまだ生きていた頃の夢。

 2人との最後の記憶。

 

 転勤族だった私たち家族は、3年ぶりにお父さんの故郷、鹿々桜《かがくら》に帰ってきた。

 飛行機から見た界桜樹《かいおうじゅ》、きれいだった。

 お母さんは通路側の席で寝ちゃってた。寝顔がかわいかった。

 お父さんは窓際の席を譲ってくれた。綺麗だから見ておきなさい、って。優しい声で、大きな手のひらで、頭を撫でてくれた。

 嬉しくて、安心して、眠たくなっちゃったから寝ちゃったんだ、だいすきなお父さんの膝の上で。

 次に起きた時はね、いつもみたいに優しく笑って「おはよう」って言ってくれるんだって。

 その時まだお母さんが寝てたらね、私も真似して言うの。

 だいすきなお母さんに、お父さんみたいに優しく「おはよう」って。

 

 でもそうはならなかった。

 そんな未来は来なかった。

 幸せな夢は終わりを告げて。

 私の人生に、明けない夜が訪れた。

 

 ***

 

 目が覚めた時、目の前には地獄が広がっていた。

 木々が燃えて暗闇を照らしている。

 さっきまで大空を飛んでいた筈の鉄の残骸、散らばる生命の欠片。

 呻き声すら聞こえない。

 聞こえてくるのは、

 森が焼け落ちていく音。

 遠くから響くサイレンの音。

 どこかから、水分をもったナニカが落ちる音。

 

 ***

 

 腕、足?真っ黒になっておっこちてる。

 あそこにぶら下がってる、くろくてながいの、なに?

 あっちのひとは、木登りしてるのかな?

 でも、なんでかな、半分しかない。

 なんか、あつい。手がいたい、足もいたいよ。おなかも、あたまもいたい…。いたい、いたい…。

 おとうさんは?おかあさんは?どこ?

 …おとうさん…このあかいの、なに?

 

 ***

 

 ─────

 

 奏元《そうげん》7年 7月26日 1時13分

 傳田《でんた》空港発 鹿々桜《かがくら》空港行きの民間航空機が鹿々桜《かがくら》・白泪《しらなみ》県境の山間部に墜落

 乗員乗客263名のうち死傷者260名

 生存者3名 いずれも重傷

 原因は、未だ不明

 

 ─────

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