なるようになるの   作:kintama

11 / 22
雨晴れ

 嫌な夢をみた。

 忘れるように努めたあの記憶。

 脳裏に焼き付いた地獄絵図。

 

 目を開いて、ぼやける視界のピントを合わせる。枕が濡れている。目頭が熱い。

 …なんか、柔らかい。なにかに包まれてる。

 あたたかくて、安心するような。

 

「…起きた?」

 

 視界の外から廻琉の声。

 なるほど、一瞬でこの状況を理解した。

 

「……なにしてるの?」

 

 ある1点を除いて。

 

「な、泣いてたから。…ね!?」

 

 ね、じゃないが。

 目の前に廻琉の胸元。寝巻き。いい匂い…。

 じゃなくて。

 

 ゆっくり視線を下ろす。

 私の腕。

 その上に重なる腕。

 私の肩。

 肩口に触れる栗色の髪。

 …近い。近いどころではない。

 

「なんで…同じ布団にいるの」

 

 身体を起こす。廻琉は横になったまま。

 隣には空の布団。上には毛布が無造作に放られていた。

 

「えぇっ!」

 

 廻琉が大袈裟に仰け反ってみせる。

 

「いいって言ったじゃん!」

 

 …言ったっけ。全然覚えてない。

 

「ん、って!」

 

 …それは、

 

「合意じゃない」

 

「合意…、合意?…合意、だよ!」

 

 …意味わかってる?

 

「寝ぼけてた」

 

「合意!言質!」

 

 言質は知ってるんだ。

 …ま、いいや。とりあえず、

 

「…悪いけど、電気つけてもらってもいい?」

 

 暗い部屋。落ち着かない。

 窓を叩く雨の音が、不安を煽るようで。

 雑音と暗闇の中、まばたきの度に″記憶″が映る。

 焼け朽ちる木々、ヒトの面影を残した赤い肉。

 飛び交う怒号。泣き声。取り乱す人々。

 ……父と母の顔。

 奥歯が軋む。歪む視界。一筋、頬を伝うモノ。

 …駄目だ、廻琉がいるのに。

 目元を拭う。拭う。もう1度、もう1度。

 また。まだ…。もう…出てくるな。

 

 ──ぱちっ。

 

 軽い音とともに、部屋が明るさを取り戻す。

 

「凪乃、大丈夫?」

 

 視界の外から、廻琉の声。

 足音と甘い匂いが近付いてくる。

 

「…ん」

 

「大丈夫じゃないって顔、してる」

 

 歪む視界に廻琉の姿が映る。

 夜だというのに、明るい声。軽い足取りで。

 

「それに、」

 

 そのまま、私の前に座り込む。

 にっ、と笑って。

 

「その返事。合意じゃない、ね?」

 

 …このおバカ。

 

「……意味、違うから」

 

 もう1度、涙を拭う。

 視界が開けて、明かりを取り戻す。

 窓の外、おそらく雨は止んでいた。

 

 ***

 

 3分ほど経ち、寝ぼけた頭が調子を取り戻す。

 とりあえず、聞きたいことがいくつかある。

 それはたぶん、廻琉もだと思うけれど。

 

 目だけを、隣に座る廻琉の方に向ける。

 にこにこと笑みを浮かべたかと思えば、なにか言いたそうにそわそわしだす。まったく、落ち着きのない。

 …私の方はいいや。

 

「…なにか聞きたいこと、ある?」

 

 先手をとる。

 廻琉の肩がびくっ、と揺れる。

 このまま待ってたら朝になってしまう。

 

「…いいの?聞いて」

 

 おずおずと尋ねてくる。

 その様子を見ると、なんだか笑えてきてしまう。布団には堂々と入ってきたのに、こいつは。

 小さく頷くと、廻琉が「じゃあ、」と小さく呟いて、

 

「どうして…泣いてたの?」

 

 …気になるよね。

 本来、正直に話す必要はない。誰かに話す内容でもない。

 でも今は、少しだけ。ほんの少しだけ。

 話してもいい、話したいと。

 そう思ってしまった。

 

「…夢を見たの。小さい頃の夢」

 

 ぽつり、ぽつりと。

 

「11年前の飛行機事故の。

 家族で乗ってたんだ、あれに」

 

 零れ落ちていく言葉を、拾い上げるように。

 

「その時に死んだ、お父さんとお母さん」

 

 廻琉が黙る。

 また、目頭に熱が籠る。

 

「2人とも。……私だけ、生き残っちゃった」

 

 言葉にするのは、思っていたよりも簡単で。

 それでいて、思っていた以上に苦しかった。

 

 廻琉は何も言わなかった。

 言えなかった、のかもしれない。

 何度か口を開きかけて、その度に閉じる。

 きっと、言葉を探している。

 

 数分の沈黙が流れた。

 聞こえるのは壁掛け時計の針の音。

 と、早る鼓動の音。

 小さく鼻をすすり、涙を拭う。

 

「…ごめん、変な話して」

 

 黙りこくる廻琉に向けて。

 気を遣わせてしまっていないだろうか。

 と、不安が過ぎる。

 

「ううん、変じゃない。聞いたのは私。

 凪乃は話してくれた、隠さずに。辛いのに。

 だから、」

 

 廻琉が私の手を取る。細い指、白い肌。

 

「ありがとう、だよ」

 

 無意識に握っていた拳が包まれて、暖かい。

 私が言うべき言葉。

 「ありがとう」と。

 

「……」

 

 胸の内を探した。同じ言葉、同じ気持ちを。

 それでもまだ、杯の底に張り付いて。

 一度零れ出した言葉が、涙のように溢れ出る。

 

「…だから、かな。暗いところ…苦手で」

 

 聞いてほしい、と。

 

「…たまに、思い出すから」

 

 知ってほしいと。そう″願って″いた。

 廻琉はなにも言わずに、ただ手を握ってくれていた。私より、少しだけ大きな手。包まれて。

 ほんの少しだけ、嬉しい暖かさ。

 あの日、頭を撫でてくれた父の手を思い出す。

 顔も、声も、匂いだって覚えているのに。

 2人の体温だけは、もう思い出せない。

 それが無性に悲しくて。

 大切な思い出が零れ出す。言葉と、涙と共に。

 

 ***

 

 どれだけの間、話していたのだろう。

 だいすきだった、今でもだいすきな家族の話。

 幼稚園のお迎え。

 母の仕事の都合で、たまに父が来てくれる日がとても好きだったこと。

 父の誕生日。

 母と一緒に作ったお菓子を、泣いて喜びながら食べてくれたこと。

 母に送った似顔絵。

 大量にコピーして、常に持ち歩いてくれていたこと。寝室にも書斎にも貼ってくれていたこと。

 クリスマスの日。

 目が覚めて、こっそり起きていた時。2人してサンタさんの格好して、枕元にプレゼントを置いてくれていったこと。

 その時も、そっと撫でてくれたのを覚えてる。

 全部、私の大切な思い出。

 だいすきな家族との、消えない記憶。

 

 廻琉は私が話している間、ずっと手を握ってくれていた。

 時々黙って頷いて。

 時々、ぎゅっと握り返してくれた。

 

 たった5年、家族で過ごした時間。

 その中で多くの贈り物を受け取った。

 こんなにも大きな愛情を。

 まだまだ思い出は尽きない。それでも。

 涙が止まらなくて。言葉は出なかった。

 1秒、2秒、3秒。沈黙が流れて、

 

「…うん」

 

 廻琉が小さく呟く。

 

「凪乃」

 

「…ん」

 

「いっぱい、愛されてたんだね」

 

「…うん」

 

 否定なんて出来なかった。

 出来るはずがなかった。

 父も。母も。

 心の底から私を愛してくれていた。

 

「お父さんとお母さんのこと、さ。

 …本当に、だいすきなんだね」

 

 私が愛していたように。

 2人とも、心の底から。今でも、これからも。

 

「…うん」

 

 やっと、一言。

 そっと引き寄せられて。抱き留められる。

 頬を伝った涙の跡が、廻琉の肩元を濡らす。

 

「話してくれてありがとう、ね。凪乃」

 

 …ううん。違うよ、廻琉。

 

「…ありがとう」

 

 それは、私の方。

 杯の底からそっと拾い上げた言葉。

 胸の内、雲は拓けて。雨は止む。




CHR-0001 夜明 凪乃

閲覧制限:一般公開可
分類:人物資料

氏名:夜明 凪乃 (よあけ なの)
戸籍名:夜明 凪乃 (よあけ なの)
生年月日:奏元2年4月9日
性別:女性
年齢:16歳
身長:159cm
体重:45kg

能力登録:
未登録
能力名称:
なし
能力概要:
なし
危険度評価:
なし
転化可能性:
0%

観察記録(抜粋):
対象は他者との距離感を慎重に測る傾向がある。
集団行動への適応能力は高く、学校生活において大きな問題は確認されていない。
一方で、自発的な対人関係の拡大は少なく、交友関係は限定的である。
対象は現在も舞鼓《まいこ》 碧《たま》及び咬郷《こうごう》 兎《うさぎ》との交友関係を継続中。
両名に対する信頼度は極めて高いものと推測される。
           記録者:
           主幹研究員 餅染 渚
            
研究員所見:
対象は奏元7年発生の傳田航空103便墜落事故における生存者である。
事故後の経過観察において、著しい問題行動及び精神的不安定性は確認されていない。
ただし、一部環境要因に対して過敏な反応を示す傾向がある。
現在は安定した生活を送っているものと判断されるが、継続観察を推奨する。
           記録者:
           主任研究員 羽々斬《はばきり》 千景《ちかげ》
            
追記:
対象は記録時点において安定した対人関係を維持している。
近時、新たな交友関係の形成が確認された。
対象の行動傾向にも変化が見られるため、経過観察を継続する。
尚、この変化は概ね良好なものと判断される。
           記録者:
           主任研究員 羽々斬《はばきり》 千景《ちかげ》

           承認者:
           所長 百目鬼 祀

           資料状態:
           有効

           最終更新:
           奏元18年7月3日
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。