7月12日、時刻は10時。
7月とは思えないような曇り空。
夏の青空は影を潜めて、鈍色の幕が空を覆う。隙間から漏れた陽光が田園に差し込んでいる。雨は降りそうにない。
一足先に荷解きに入ろうかという時、リビングの方から兎と廻琉の話す声が聞こえてくる。
「本当にこれで全部か?少なくないか?」
「うん!全部、だよ!」
どうやら廻琉の荷物も届いたらしい。
「…手伝うか」
手に取ったばかりのカッターと手袋を置いて、リビングへと足を運ぶ。
長い廊下は昼前だというのに薄暗い。襖の脇のスイッチを押すと、ぱちりという軽い音に続いて壁際から仄かに明るくなる。
一段、一段と階段をおりていた時、後ろから、小さな足音をかき消すように、碧の声が近付いてくる。
「荷解きサクッと終わらせちゃおうねぇ〜っ!」
後ろから駆け下りてきた碧は、そのまま私を追い越して浴室の方へと消えていった。
しばらくして、水の音が聞こえてきた。
…朝風呂かな、良いかも。次、私も入ろうかな。
一人暮らしの時は、とてもじゃないがそんな事できなかった。
が、兎曰く「水道代光熱費は気にすんな」との事だったので、少しだけ甘えてみてもいいのかも…しれない。
少しずつ、この暮らしにも慣れていこう。
そう思いながら、リビングへと歩を進めた。
***
「いいかお前ら。こういう時はな、まずは大きいやつから手を付けんのが定石だ」
「Yes, sir!」
「いえっ…碧ちゃん発音うまっ!」
異様なほど少なかった廻琉の荷解きを早々に済ませ、3人は私の荷解きに取り掛かっていた。
「凪乃の荷物も少ないねぇ!」
「廻琉ほどじゃねーけどな、なんだよダンボール2個って。どういう事だよ」
「えへへ、いやホラ。……ね!?」
…なにが?
すっかり私の部屋となった和室にて、運び込んだ荷物の山を開封していく。
教科書に参考書に論文集、着替え、貸与品のデバイス等々が詰め込まれたダンボール。そこから少し離れたところにいちばん小さい箱が1つ。
3人に手伝ってもらい、作業に終わりが見えた頃、ふっと一息つく。
妙に遠くに感じる広縁に備付けの本棚、押入れと、ぐるりと部屋を見渡してみる。
なんか、やっぱり。
「ねぇ、兎」
気の所為じゃなければこの部屋、前に来た時より…。
「なんか…広くなった?」
「あぁ、
本棚に収めた参考書を捲りながら、まるでなんでもない事のように答えるので、もう一度聞き直してみる。
「ごめん、もう一回言って」
「
「わたしも手伝ったよぉ〜っ!」
…そうなんだ。まぁいいか。
たしかに暮らしやすい。いや、元の広さでも充分ではあったけど、広いに越したことはないし。
「……」
一息ついて、残すところあと1つとなった箱に目を見遣る。
中身は大切なアルバム、5歳までの私の。
「…じゃあ、後はひとりでできると思うから。
みんなありがと。」
「おう、足りないもんあったら言えよ」
「じゃっ!わたしお昼から用事あるからぁ!
また夜ねぇ!」
「あっ!わ、わたしも!ちょっと出掛けてくる、ね!!」
騒がしい背中を見送り、部屋に静寂が訪れる。
さっきまでの賑やかさがまるで嘘みたいに。
「…ん、しょっと」
ぽつん、と残された箱を抱える。
埃を払って、テープで閉じたまま。
不思議と今までも開けた事はなかった。
ずっと押入れの中にしまい込んでいた。
今日からも開けないままでいようと、そう決めていた。
「ん。…っと」
静かに押入れの奥にしまい込む。
なにも乗せず、なににも乗せず、形は綺麗なままに。
それでも、隠すように。隠れるように。下段の奥の、さらに奥へと。
そっとしまい込んで、襖を閉じる。
広縁の大窓から陽が差し込む。
ちょうど足元の畳が陽を反射して、少しだけ目を細めてしまう。
鈍色の幕が拓けて、太陽が顔を覗かせ始める。
差し込む陽射しは、時に暗い影を落とす。
陽が増すほどに、影はより溟くなる。
───『昏』まで、あと1日。