賑やかな人波の中に見える家族連れをついつい目で追ってしまう。…だめだなぁ。
「!…ひひ」
目が合い、大きく手を振ってみせる男の子に小さく手を振り返して、兎から貰った腕時計に目を落とす。
時間は19時30分、凪乃たちとの集合時間まであと15分くらい。まだもうちょっと見て回れるかな。
「おっ舞鼓じゃん。よすよす〜」
「よす〜。1人?珍しいじゃん」
聞き覚えのある声に呼び止められて振り返る。
「あ!烏帽子くん!
と、月炉くん…今は"ちゃん"かなぁ?」
声の主は同じクラスの男子2人組だった。
シンプルめな黒絣の浴衣の烏帽子くん。その隣に白地に紫陽花柄の浴衣に身を包んだ月炉くん。髪までセットしちゃってる。
軽い挨拶を済ませるやいなや、月炉くんが浴衣の袖口を握ってくるりと回って、素敵な笑顔を見せる。
「舞鼓、ど〜よ?コレ。似合ってるっしょ」
「意外とねえ!」
墨雫《すみだ》先生の性転換薬を飲んでしまって以来、女の子の身体になってしまった月炉くん。効力は2ヶ月くらい?らしいけど、すっかり満喫している様子だった。逞しいね!
「ふたりはデート?」
「マジで勘弁してくれ。食べたもんが出ちまうから。ところで咬郷…さんたちは?一緒じゃないのか?」
「別行動ちゅ〜!いまから合流するの!」
「デート」と言われて心底嫌そうな顔をする2人。同じ表情を同じタイミングで。相変わらずの仲良しだ。
それに、烏帽子くんは兎の名前を呼ぶ時にいつも言い淀む。わかりやすくておもしろい。
「そっか、相変わらず仲良いな」
「最近い〜っつも4人だもんなぁ」
「…ひひ。まぁ〜ねぇ!」
ぐっとサムズアップ。
仲が良い。そう、わたしたちは仲良しなんだ。
10年ずっと一緒の3人に廻琉ちゃんも加わって4人組、最強の布陣。
一緒に遊んで、一緒に食べて。
凪乃と、兎と。…廻琉ちゃんとも。…ずっと。
「ふたりもさぁ!ずっと仲良くね!」
「おう。モロの」
「チンだぜ〜」
「ん!良い返事!」
肩を組んで笑顔を見せる2人。
バカだし下品だしあんまり面白くない2人組だけど、今は少しだけ眩しく見えた。
「んじゃ俺らもう行くわ、またな舞鼓」
「ちっちぇ〜んだから気ぃ付けろよ。今の俺と違ってさ、ちっちぇんだから。はははは!」
「うるさ〜〜〜〜〜〜い!!!」
月炉くんの高笑いが響き渡る。
性転換薬でとんでもないスタイルの身体を手に入れたからって調子に乗っている。ムカつく!
「ほんじゃな」
ひらひらと手を振る月炉くんの後ろ姿はなんだか妙に色っぽい。
隣を歩く烏帽子くんと並んで歩く姿は、事情を知らなければお似合いのカップルにも見えた。本人たちは嫌がるだろうけど。
「…いいなぁ」
わたしも墨雫先生になにか薬作ってもらおうかな。身長を伸ばしたり、少しだけ胸を大きくしたり、脚を長くしたり。髪も伸ばして大人っぽくなって。……そしたら凪乃も。
「……ううん」
変な考えを追い出すように頭を振る。
その時、
──かしゃん。
「あちゃあ」
簪が緩んで落ちてしまった。
きもの勝ち旗のレンタル品。兎が選んでくれたものだ。
拾わなきゃ、まずはキズがないか…っと、
「…んん?」
屈んで拾って顔を上げる。
すると、さっきまでとは少しだけ景色が違って見えた。ちょっとした違和感。顔を上げた先、路地の隅で女の子が背を丸めて泣いていた。
さっきまではいなかった気がする。迷子かな?
とりあえず、
「ねね、大丈夫?」
駆け寄って声を掛ける。
返事はなかった。小さな女の子は顔を覆って、小さく肩を揺らしていた。
路地を行く人たちと同じ着物姿。でも、どこか少しだけ雰囲気が違う。
これ、良い着物だ。愛されてるんだね。親御さんとはぐれたんだ、きっと。
(うーん。7歳くらい、かなぁ)
人見知り、なのかなぁ。
でも普通は知らない人に話しかけられたら怖いよね。
どうしよう、どうしたらいいのかな。
(こういう時、凪乃なら…)
屈んで目を合わせる、かな。たぶん。
それで優しく笑って、
「わたしね、碧って言うの。
えへ。あなたのお名前も教えてくれる?」
ご挨拶、だよね。きっとこうしたはず。
数秒して、女の子が少しだけ顔を上げた。
それでも答えなかった。
(緊張してるのかな。へへ、わかるわかる。
なんだかわたしまで緊張してきちゃった)
そんな事を考えてひとりで小さく笑った時、女の子が立ち上がり、路地の奥へと歩き始めた。
小さな歩幅で、滑るような速さで、奥へ奥へと女の子の背が遠ざかっていく。
「あっ!ちょおっ!どっ、どこ行くのぉ!」
花芽ラの裏路地は道が悪くて危ないことで有名だ。野良犬や野良猫も住み着いてるし、ましてやこの『昏』の中、小さな女の子1人が行っていいところじゃない。
…追いかけなきゃ!
「そっちあぶな──────」
遠ざかっていく女の子の背中に手を伸ばした。
その時、
──とぷん。
「…えぇ?」
伸ばした指先から、水の膜を通り抜けたような感触に包まれて、全身に寒気が走る。
空と地面が入れ替わるようにぐるりと景色が入れ替わっていく。
群青の『昏』の空から一転して、大雨の降りしきる夜の空のもと。
どこだろう、名前も知らない病院の前に立っていた。
「…どこ?ここ」
目の前には重たそうな金庫のような扉を閉める女性の姿があった。
大粒の涙を流しながら、何度も何度も絞り出すように口にした言葉は聞き取れなかった。
「…なに、これ」
また、景色が入れ替わっていく。
次に映し出されたのは見覚えのある場所だった。
凪乃と兎と出会う少し前に過ごしていた孤児院の居室。
そこで手紙を読む院長と、膝の上に抱えられた…幼いわたしの姿。
『これはね、あなたのお母さんからの手紙よ。
あなたがここにきた時、一緒に届いたの。
あなたの名前とその意味が書いてある。
"愛してる"とも。
だから忘れないでね、あなたは、』
「……ねぇ、なに、これ」
覚えてる。手紙に書かれていたこと。
院長の言葉は、今はもう思い出せない。
お母さんのことは覚えてない。捨てられたと思ってたから。
手紙は…ずっととってある。
何度だって読み返した。
どうして?どうしてこの時のことが?
なにが、どうして?さっきのは?なに?
これはなに?さっきの、さっきの女の人は、
「………お母さん?」
「…お母さん、お母さん」
「………お母さん!!お母さん!ねえ!」
「お母さん!!」
──しゃらん しゃらん。
おいで。