晴天に黒い傘。白衣の下にロリィタ衣装。 暗闇に灯る琥珀の瞳。この場にそぐわない軽薄な発言。
異物。
路地裏の一角、なんでもないビルの壁に突如として現れた鉄扉から現れた其れを形容する言葉は他になかった。
兎の思考は混沌の渦の中にあった。
(誰だ?何処から?SSRって?なんだその服装は?どうして傘を?なんで笑ってる?どうして瞳が光って見える?ふざけているのか?これを叩いたから来たのか?…だとしたら)
「…卜部んとこのか?」
「ええ、ええ。そうです。
飾ちゃんと同じ、百目鬼研究所の者ですよ」
血の付いた板を拾い、軽い足取りで壁にもたれかかる廻琉の元へと歩を進めていく。
未だ呼吸の乱れがおさまらない様子の廻琉の背をそっと撫ぜ、涙と唾液でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭う。
「綺麗なお顔がぐちゃぐちゃじゃないですか。
あはは、凪乃ちゃんにみられたら大変だ」
「あっはっあ……はっ、はば、きり…さん」
慈しむような笑みを湛え、まるで愛い姪に声を掛けるかのように其れは語り掛ける。
「大丈夫ですよ。まずは落ち着いて、それから話をしましょう。これからどうするべきか」
兎の方を振り向いて、にっこり笑う。
「どうやって助けるかをね」
***
「居場所がわかるのか?」
兎と廻琉は羽々斬と名乗る人物に連れられ、花芽川河川敷に場所を移していた。
祭りの開催地から離れ、打ち上がる花火を遠くに臨む川のほとりに座る3名の間を過ぎる風は嫌に冷たく感じられた。
「望雲之廟《とこしえ》という言葉に聞き覚えはありますか?」
「とこしえ?とこしえに続く…とかのか?」
「違います。知らないのも無理ないですね。秘匿されてますから。要は異常事象のひとつス」
羽々斬はそう言って、人差し指を口に当て「内緒ですよ」と小さく付け加える。
異常事象と聞いて、兎の中でひとつの解とひとつの語が弾き出された。
解は『望雲之廟』が『昏』や『地影』に類する空間系の異常であること。
語は″条件″。
これに伴ったのは疑問だった。それが余計に兎の頭を悩ませた。これが彼女の能力による明確なデメリットだった。
「……もうわけわかんねぇよ」
「いいですよ、理解《わか》ったんでしょ?
言ってください、そのまま話を続けましょう。
オレらは
灯る琥珀の瞳を兎に向けて笑みを浮かべる。
"知っている"、その言葉で兎の心は少しだけ楽になった。
羽々斬は言葉を選んでいる、兎の為に。そう読めた。ただ言葉の中に潜む悪意は読めなかった。
それが理由だった。
「入るには条件がいる。違うか?」
「そうですね。主にふたつ。
廟の主に招かれる事と入り口を見つける事。
まぁ例外もいますが」
「……アンタはどう入るんだ?」
″例外″。兎の中で留まり続けた語のひとつ。
ここで言葉を選ぶ必要はない。彼女はそう判断した。
「そこは見た方が早いでしょう。だって、」
羽々斬が勢いよく立ち上がり一度言葉を切る。ゆっくり歩を進めて、端で顔を伏せたままの廻琉の頭を撫でる。
そのままくるっと振り向き、兎に向けて手を振って大きな声で一言。傘はさしたままに。
「ついてくるんでしょう?」
"違"は残る。"疑"も。解だけは出ぬままに。
羽々斬の放つ一言一言の奥底に燃える熱だけが気掛かりだった。
それでも悪意だけは読めなかった。
それに、凪乃と碧、廻琉に向けられた感情は、教師である祭歌が向けるものと近しい事が読めた。
それだけで十分だった。能力が解を弾き出さずとも、兎の中でうまれたひとつの答え。
「信じるぜ。マジにな」