羽々斬含む四名は漸く顔を覗かせた昏空を彩る無数の花火に見蕩れていた。
過去の花火大会は既に佳境を迎え、種が絶え間なく空へと昇っていく。フィナーレを飾るに相応しい大輪の花々は少女達を祝福しているようでもあった。
「…おぉ、これはなかなか」
「ねぇ凪乃!下からでも丸いよ!!迫力すごい、ね!」
「意外と悪うないなぁ。うおっ、灰落ちてくるやん。
アンタら目ぇ入れんようにな。伊達メいるか?」
「ちょっと!飾ちゃん!お疲れ様くらい言ってくれてもいいんじゃないスか!あ!コラ!舌打ちしないで!」
苦笑いを浮かべた凪乃が卜部に代わり、羽々斬に労いの一言を掛ける。それに廻琉が「お疲れ様でした!」と明るい声で後に続いた。
「おふたりは優しいですね。それに比べて…ヨヨヨ」
羽々斬が白衣の裾で目元を拭い、泣き真似をして見せていつものようににへらと笑う。凪乃の目には冗談交じりに返す彼の顔が随分と疲弊しているように映った。
凪乃が気がかりだったのは羽々斬の言った"休眠《スリープ》"という言葉、碧と兎の居場所、そして『望雲之廟』と呼ばれたこの場所からの脱出方法だった。心配しなくていい、とは言われて受け入れたものの、今すぐにでも二人の元気な顔を見たいというのが凪乃の本音だった。休眠を言葉通りに受け取るならば、不安は早めに解消しておきたかったのだ。
「あの、羽々斬先輩。碧と兎には…いつ会えますか?」
「──ふぁ。あ!っと、すみません。そうですよね。
なんだか今日は言いそびれてばかりだ、駄目ですね」
不安そうな凪乃の声を聞いて、大きく伸びをしていた羽々斬が慌てた様子で懐から『誘扉』を取り出して凪乃へと手渡す。
「こちらを。廻琉ちゃんと二人で二回ずつ。
ノックしてあげてください。
それが兎ちゃんの決めたパターンです」
「あ!凪乃!それね、『誘扉』っていうんだよ!
凄いんだよ!へへ!知らなかったでしょ!ね!ね!」
凪乃の手に握られた『誘扉』を指し、廻琉が得意気な顔で解説を始める。凪乃はまだ非正規ながら研究所職員である為、当然ながら知識はあった。しかし凪乃は廻琉にそれを伝えなかった。
「うん。うん。……ふふ。そうなんだ。
軽く叩いたらいいの?こんこんって?
ん。わかった。じゃ、こっち叩くね」
嬉しそうに語る彼女の顔をみて凪乃の胸の内にはほんのり熱が灯っていたからだ。
二人の後ろでは既にいびきをかきはじめた羽々斬を背負った卜部が温かい眼差しを向けていた。
一通りの説明を終えたのち、廻琉の威勢のいい合図を皮切りに、二人は『誘扉』の面を二回、ノックした。
──こんこん。
──こんこん。
「ちょっとね!時間かかるの!焦っちゃダメ、ね!」
「ふふ。わかった。待つね」
時間にして七秒後、橋下の影に映し出された鉄扉が重たい音を立てて開かれる。凪乃と廻琉は扉が開き切るよりも早く駆け寄り二人が出てくるのを待った。
一日とも、永遠とも感じた再会はこの時をもって、あっさりと果たされた。
「おう、待たせたな。ほら碧、寝るのはまだ早ぇぞ」
「んぅ。んん。ん、凪乃ぉ、廻琉ちゃん、えへ」
碧は兎に抱えられたまま、眠たそうに目を擦りながら凪乃と廻琉を交互にみて、嬉しそうに微笑んで。
それから小さく呟いた。
「ただいまぁ」
***
──とぷっ。
「なんかぬるってしたよぉ!濡れてないよね!?」
「うん!たぶん…濡れてない、よね!?
うん!!大丈夫っぽいけど!けど、さ!
なんか思ってたのと違った、ね!」
「ね。もっと脱出…っていうかさ。
出口、とか。探したりするものだと思ってた」
「説明しろって話だよなアイツ。
叩き起してやろうかと思ったぜ」
再会を果たして数分後、『望雲之廟』は四人と卜部、そして羽々斬を丁重に元居た場所へと送り帰した。『望雲之廟』で過ごした時間はそのまま反映され、『昏』の始まりを告げる花火大会の一日目は既に終わりを迎え、人々は帰路につきつつあった。
「ほなアタシこのバカ連れて帰るから。
あぁ、ええよええよ、凪乃ちゃん疲れてるやろ。
アンタらも気ぃつけて帰りや」
四人は羽々斬を背負った卜部と別れ、過去の投影ではない、現在を生きる人々に続いて帰路についた。人混みではぶつかりそうになれば互いに道を譲り、礼を述べれば礼が返る事に四人はそれぞれが安堵して、それから顔を見合せて笑った。
花芽ラ商店街のアーチを通り過ぎる頃、学友の声が四人に向けて飛んできた。四人が振り返ってみると声の主は月炉と烏帽子の二人組であった。袖口を捲り、頭の後ろで腕組んだ女子(?)と、どこか居心地悪そうに視線を逸らした男子が一人、四人の元へとやってくる。
女子の方は容姿は一見して見目麗しくも、所作から伝わる少年くさい粗暴さが言わずもがな月炉らしさを醸していた。
「おお、仲良しグループじゃんか。碧よぉ、あれから見ね〜なと思ったけどなにしてたんだぁ?」
「なにぃ!探してたのぉ!あっ!まさか!!」
碧が他所を向いて気配を消す烏帽子を指し、大声で叫ぶ。
「兎のこと探してたんだぁ!」
凪乃は頭を抱え、廻琉と月炉は声を殺して笑っていた。烏帽子は空を見上げて伝う涙を隠し、道行く人々の中に神代桜学生がいないことをただ天に祈る事しかできなかった。
「オイオイオイ〜。なんだオイ烏帽子ぃ。
なんだ?明日、デートでもしてやろうか?ん?
……ってな!嘘だよ!月炉と楽しめ!コイツも今は女だろ!なァ月炉!」
「おうよ!この身体にも随分慣れてきたしなぁ!」
「なんか今の!寄生タイプの悪役みたいだった、ね!」
兎がいつになく悪い笑みを浮かべ、天を仰ぐ烏帽子の肩を組んでガタガタと首を揺らす。烏帽子の視線は兎と月炉とを交互し、まるで意識がそこに無いかのように口を開けて呆けてしまい、四人と別れるまで彼が言葉を発することはなかった。
「……可哀想に」
凪乃はその様子にただ頭が痛くなるばかりだった。
その後、哀れにも烏帽子の手は家に辿り着くまでの間、月炉と繋がれる事が決定した。
「おめーらも明日来るんだろ?」
「うん。その予定だけど」
「一緒にゃ回んねーぞ、わりーけど」
「会ったらさぁ!かき氷奢ってよぉ!」
月炉は笑いながら「考えとくわ」と返し、ぽかんと間抜けな顔をした烏帽子の手を引いて帰路に着く。
途中、月炉がくるりと振り返り、四人に向けて大きく手を振ってみせる。
「また明日ぁな!会えば、だけどよ!」
「…おう!かき氷全員分な!」
帰ってきたんだ、という実感が改めて四人の胸に落ちた瞬間だった。四人はなんとなく彼らの背中が見えなくなるまで見送ることにした。途中で月炉が烏帽子の臀部を蹴り上げた時には小さな笑い声が響いた。
とぼとぼと消えていく烏帽子の背中が曲がり角に消えた頃、四人は家路へと歩を進めた。
「お腹すいた、ね!」
「ね。今日は兎が作るの?ハンバーグだっけ」
「おう、食べ終わったらケーキ!ホールだ!
余ったらジャンケンな!フェアにな!」
「四人でつくろーねぇ!えへへ、でも──」
『昏』初日。時計の針は進めども。
鹿々桜の夜が更けることはない。
「──余んないよ!ぜ〜ったい!」