この手紙を開いていただいた方へ。
誠に勝手な事と承知でお願い申し上げます。
どうか不甲斐ない私の代わりに娘を育ててはくださらないでしょうか。
この先、私はこの子と一緒にいる事ができません。
理由を述べる事はできません。名を、姓を明かす事すらもできません。
素性を明かさぬこと程、誠意に欠く行為はない事を重々承知の上で、改めてお願い申し上げます。
どうか、私達の最愛の娘を、娘のこれからを、守ってはくださらないでしょうか。
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愛する娘へ。
まずは、生まれてきてくれてありがとう。
そして、ごめんなさい。
一緒にいられなくて、本当にごめんなさい。
あなたのこれからを一緒に過ごしたかった。あなたが大きくなっていくところを一番近くで見ていたかった。あなたに母と呼んでもらいたかった。
あなたを、母として。あなたに、家族として。
親として、あなたの名前を呼びたかった。
本当ならできたはずの事をしてあげられなかったこと、許してほしいとは言えない。ずっと今日の日のことを恨まれるかもしれないけれど。
それでも、私はあなたのことを愛しています。
これからも、この先も、ずっと愛しています。
産まれてきてくれた時の事、ずっと覚えてる。あなたが初めて声を上げた時、本当に嬉しかった。あなたのおかげで、あなたが生まれてきてくれたおかげで、生きててよかったって思えた。
あなたがくれた以上のものを、これからずっと返していきたかった。でも、もうできない。
だからせめて最後にひとつだけ、あなたに贈り物をさせて下さい。
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贈り物は、あなたの名前。
あなたが生まれてきてくれた時、すぐに浮かびました。私譲りの碧色の瞳、ぷくぷくまんまるな可愛いお顔、そして宝石みたいに大切なあなたをみて、これだ!って思ったの。
あなたの名前は 碧《たま》 。
あなたは生まれてきてくれた時からずっと、ずっと私達の宝物。これからも、そうだよ。
小さな宝石みたいなあなたには、これからずっとたくさんの人たちに愛されて、大切にされて、幸せに生きてほしい。
そんな願いを込めました。
受け取ってくれたら嬉しいな。
碧、可愛い碧。大好き。愛してるよ。
今までも、これからもずっと。
あなたはいちばん大切な宝物。
どうか元気で、幸せに。
不甲斐ない母より
***
私達が手紙を読み終える頃、碧は泣き疲れたのか眠ってしまっていた。近くにいるはずの廻琉と兎の表情はよく見えなかった。お風呂から上がって随分と経つというのに、どうしてか服はまた湿っていた。
三人とも読み終えた時、何故だかわからないけれども。目を腫らして眠る碧を、みんなで抱き締めた。なんとなくじゃない、そうしたくなった。
何故だかはわからなかった。でも、わからなくていいと思った。
「じゃ、碧寝かせたらあたしもそのまま寝るわ。
ケーキは…明日だな」
「そうだね。寝ちゃってるし。
……じゃ、また明日」
「おう!また明日な」
眠る碧を背負って寝室へと向かう兎の背を見送り、私は目を腫らして鼻声のままの廻琉を引き連れ、自室に戻った。今日だけは、なんとなく一人で眠る気分にはなれなかった。怖い、とか寂しい、とかではなかった。ただなんとなく、そうしたかっただけだった。
自室へ戻り、窓を開けると黄昏の中を吹くそよ風が頬を撫でる。温い空気とともに流れる風はなかなか心地が良かった。
「ねえ凪乃ぉ」
窓から外を眺めていた廻琉が、後ろで寝支度を整える私に向けて語り掛ける。そよ風に靡く赤髪の隙間から、黄昏の空を見据える瞳が覗いていた。ほんのり笑みを浮かべた唇は柔らかそうで、なんとなく視線を逸らした。
「『昏』ってさ。なんなんだろう、ね?」
「異常、でしょ。六年に一回の」
「ちーがーくーて!
なんで来るのかな?って思ったの!」
私の回答はお気に召さなかったらしく、廻琉は子どものように口を尖らせて不満を示してみせた。
「さぁ、なんでだろ。原因不明って言われてるし」
「なんかさ変だ、ね、わかんないのって。
ううん。わかんないのに好きなのって、さ。
…………凪乃は『昏』、好き?」
廻琉からの問いに、私は即答できなかった。
正直にいえばあまり好きではなかった。暗いところが苦手な私にとって、二ヶ月間の黄昏は、例え提灯が吊るされていたとしてもあまり好ましいものとは言えなかったからだ。
「…どう、かな」
嫌いとは言えなかった。
四人で見た花火はたしかに綺麗だったから。
廻琉と回った縁日は、とても楽しかったから。
「まぁ…そうだね。廻琉は?」
明日四人で過ごせる時間が、あまりにも待ち遠し過ぎたから。
「わたしはすき!いろいろあったけど、楽しいし!
まだ初日なのに!だよ!」
廻琉は満天の笑顔をこちらに向けて答えた。そのまま勢いよく立ち上がったかと思えば、隣に敷かれた布団へ飛び込んで、小さく首を傾げて子どものように笑ってみせる。この廻琉の癖はあまりに幼い子どもみたいで、思わず笑みが零れてしまう。今だって。
「ね、凪乃!もしかしたらさ!『昏』ってさ!
みんながすきだからきてくれるのかも、ね!」
「ふふ、なにそれ」
ちょっとロマンチストが過ぎるかもだけど。
「あ〜!!わらった!わらったね!」
「ふ、ごめんごめん」
「あ〜〜〜!!!」
そういうのも、好きかもしれない。
***
日ノ本編纂探訪 著:竹叢 灯
鹿々桜編
(中略)
私はこの地に滞在するうちで様々な異常に出会ってきた訳だが、鹿々桜編の締め括りとして、特に変わった刻々について語っておきたい。
『昏』という名で呼ばれ、地域住民に親しまれるそれは、決まって六年に一度訪れる。二ヶ月の間、空の刻が黄昏に止まり、鹿々桜中が祭を興すのだ。幸運な事に、私が鹿々桜に滞在した二年は丁度その周期と重なっていた為に、この身をもって『昏』を経験する事ができた。
『昏』というものは実に不思議なものだった。
ただ黄昏時に染まるもの、といえば単調に思えるがその実、街には提灯が吊され、闊歩する人々は和を纏い、絶え間なく響く祭囃子は、それら全てが私に幻想を魅せた。
群青の空で弾ける花火は、友と見上げた空の高揚を思い出させた。撫でる川風の温もりは、過ぎた青い日の夕刻、想い人と繋いだ手の熱を思い出させてくれた。
『昏』は異常である。それは間違いない。
その発生原因は未だ不明との事だ。天文学的アプローチをもってして、原因・原理ともに、今現在まで解明には至っていない。
だが、愛されている。これも間違いない。
この地に住まう人々は皆、『昏』がまた訪れるその刻を願っているのだ。
『昏』は望まれ、願われ、愛されている。これはこの地で私が見た事実だ。
(中略)
私はこれまで多くの本を世に出してきた。『鹿々桜県域伝承わらべうた全蒐』をはじめ、各地を行脚し、古く伝わる童謡や奇談等々を記してきた。これは私の夢でもあったと同時に、父の願いでもあった。
これまでにこの星ではいくつもの国が興り、そして亡びてきた。失われた文化は数える事すら叶わぬ程に積もり続けてきた。
それでも幸運な事に、我々はこの国で生きている。数多の異常と隣り合わせでありながら、それらを受け入れ、抑え、或いは親しみ、良き隣人として歩みを共にしてきたものもある。そこで生まれた営みも数多く残されている。
私と父はそれらの営みを語り継ぐ事を。
生まれた灯火を繋いでいく事を望んだのだ。
(中略)
これは他著でも記しているものであるが、改めて申しておきたい。
私は常々思う。人は望まれて生まれるのだと。
生を、そして幸を願われ、愛されるべくして生まれてくるのだと、そう思っている。そう信じている。
この地を発つ日、私は思ったのだ。
私が愛したあの『昏』も、過ぎた『昏』も。そして、次に生まれてくるであろう新たな『昏』も。おそらくは望まれて生まれるのだ。現在《いま》を、過去を。そして未来を生きる人々に、望まれ、願われて訪れるのだと、そう思ったのだ。
長くなってしまったが、最後にこれをもって結びの言葉としたいと思う。
望まれて生まれた灯火達よ。
どうか、良い未来《あす》を。