なるようになるの   作:kintama

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心模様、茜空

 放課後。

 夕暮れと呼ぶにはまだ少し早い時間帯。ほの赤い西日に影が引き伸ばされている。

 スーパーの袋を両手にした4つの影。

 

「重くない〜?」

 

 前を歩きながら碧《たま》が振り返る。

 

「大丈夫」

 

「ほんとぉ?」

 

「大丈夫だって」

 

 そう答えると、碧《たま》は「ん!」と、満足そうに頷いた。

 買い物は予想以上に量が多かった。

 

 カレーの材料。春巻きの材料。

 お菓子。ジュース。アイス。

 洗剤の詰め替え。トイレットペーパー、ティッシュ、歯ブラシ歯磨き粉洗顔料乳液ゴミ袋…etc

 

 途中から完全に日用品の買い足しに付き合わされた感じがする。

 

「そういえば!白鳩《はと》さん、今日もいたねぇ!」

 

 碧が思い出したように言う。

 

「ああ」

 

 兎も頷く。

 スーパーの有人レジに居た白鳩さん。

 『レジ打ちが早くなる』能力をもつ近所のおばさん。能力を活かしてか、近辺一帯のスーパーやコンビニで働いている。通称【プロ・アルバイター】。

 かなりマイペースな人だ。ただし、ハイペースという意味で、だけど。

 

「優しそうな人だった、ね」

 

 廻琉《めぐる》が言う。

 

「優しいよぉ〜!」

「優しいな」

「ん」

 

 満場一致だ。これは当然。

 なぜだか碧《たま》が得意げな笑みを浮かべている。これはわからない。

 そんな話をしているうちに目的地が見えてきた。

 木漏れ日の森を抜けて。

 比較的大きな2階建て。

 ついこの間来たばかりの家だ。

 

「ただいまぁ〜っ!」

 

 玄関を開けながら碧が叫ぶ。

 

「誰に言ってんだ」

 

「おうち!」

 

「返事しねーだろ」

 

「してるよぉ!心でねぇ!」

 

 してるのかな。

 靴を脱いで中に入る。

 見慣れた廊下。見慣れたリビング。

 でも今日は少しだけ違って見えた。

 

「じゃあわたしご飯作るから!」

 

 買い物袋を抱えたまま碧《たま》がキッチンへ突撃していく。大きな音を立てて扉が閉まる。

 少し遅れて、おそらくは奥にある勝手口らしき扉が開く音がした。

 遠くから 「今日はシェフだからねぇ〜〜〜 」と聞こえてくる。

 くる、というより向かっていった気がする。もしかして外に向かって叫んでる?

 

「元気でよろしい」

 

 兎が呆れたように言う。

 

「せっかくだし、見て回るか?」

 

「いいの?」

 

「今さらだろ」

 

 たしかに。何度も来たことはある。

 けれど生活スペースのほとんどは見たことがなかった。用事はだいたいリビングで事足りていたからだ。

 

「見たい見たい!」

 

 廻琉が元気よく手を挙げる。

 

「じゃ案内してやる。今日のあたしはガイドだ」

 

 兎が立ち上がる。

 その後を私と廻琉《めぐる》が続いた。

 リビングに荷物を置いて、廊下を進む。

 ウォールナットの無垢材フローリング。

 重厚感のあるこげ茶色。

 木造らしく少し軋む音。

 壁には古い写真やメモが貼られている。

 

「やっぱり広い、ね」

 

 廻琉《めぐる》が感心したように呟く。

 兎が少しだけ得意そうに鼻を鳴らす。

 

「元は大家族向けだったんだ」

 

「へぇ」

 

 そう言われると納得できる。

 部屋数は多い。いや多すぎる。2人暮らしでは持て余しそうなくらいには。

 廊下の奥。

 突き当たり、前方左右に扉が1つずつ。兎が左の扉を開く。

 

「ここだ」

 

 がちゃり。

 埃の被ったゲーム機や家電の空箱、工具箱、あとは…。なんだろう、とりあえず物、物、物。

 ここはおそらく、

 

「第1倉庫だ」

 

 第2、第3もあるみたいな言い方。

 それよりもさ。

 

「…もっと他にあるでしょ?」

 

 一番初めに倉庫はないでしょ。

 

「ちなみに右の扉の先の廊下、向かって右に第2と第4倉庫がある」

 

 いいから。

 ……3は?

 

「第3はないぞ、あたしは奇数が嫌いだ」

 

 …1は?

 

「空き部屋はどっちも上にある。

 和室と洋室、好きなほうを選ぶと良いぜ」

 

「おお〜」

 

 そうそう、それだよそれ。

 廻琉《めぐる》の上げた声に思わず釣られそうになるが、堪える。

 で、1は?

 

 兎が第1倉庫を出て正面の扉を開け、眼前に先程よりも長い廊下が伸びる。窓から暖かな西日が差し込んでいる。…あ、埃が舞ってる。

 

 兎に続いて廻琉《めぐる》、その後ろを私が歩く。

 幅の広い、歩きやすい階段を一段一段上る。上りきった先にまた廊下が。壁面がウォールライトの光を反射して、柔らかな空間を形作っている。…廊下多くない?

 

「開放感はたまんねーけどさ。移動がめんどくせーんだよな。あと掃除。ほら、着いたぜ」

 

 がちゃり。と軽い音。

 洋室。廊下と同じ、無垢材のフローリング。

 おそらくは最新型のエアコン、シンプルながら可愛げのある丸型のシーリングライト。

 広さは…ちょっとわからないけど。私の部屋が2つは入りそう。

 

「だいたい10畳ある」

 

「10畳、10畳。…10畳、か」

 

 廻琉《めぐる》が復唱する。ピンと来ないのだろう。

 私もそう。

 

「ああ悪い。江戸間でな」

 

「江戸間。…江戸間、か」

 

 廻琉《めぐる》が復唱する。ピンと来ないのだろう。

 たしかに、余計な補足だった。

 

「ほんとに空いてるんだ」

 

「頑張って片したんだぜ。

 業者に2tトラック4台分回収してもらった」

 

 そんなに。

 

「本当は3台で足りてたんだけどな。

 4台目は来てもらって空のまま帰ってもらった。あたしは奇数が嫌いだからだ」

 

 混乱するから変な補足入れないで。

 

「嫌いだ、奇数が」

 

 いいから。倒置法やめて。

 

「あっちにもう1部屋ある。次は和室な」

 

 部屋を出て少し歩いた先、襖を開ける。

 青々とした畳が広がっている。奥の襖に仕切られた広縁が趣を感じさせる。

 先程の部屋より少し狭いが十分な広さだった。

 

「なるほど」

 

 部屋を見回す。

 洋室より狭いと言っても、ひとり暮らしのアパートよりは断然こちらの方が広い。

 静かだ。明るい。風通しもいい。

 

「気に入ったか?」

 

「…いい部屋だと思う」

 

 正直な感想だ。

 兎は少しだけ嬉しそうに笑った。

 その時。

 

「凪乃ちゃん」

 

 窓際から声。振り返る。

 廻琉《めぐる》が広縁に立っていた。

 夕陽を背負いながら。

 

「ここ、似合いそう」

 

「誰が?」

 

「凪乃ちゃん」

 

 即答だった。

 

「本棚置いて、さ」

 

 窓の外を指差す。

 

「朝起きて」

 

「ここでお茶飲んで」

 

「ぼーっとしてそう」

 

「……偏見じゃない?」

 

「かなり」

 

 あっさり認めた。

 けれど。少しだけ、想像してしまった。

 そんな生活を。

 

 ***

 

 畳の手触りや広縁の趣を堪能したのち、兎に連れられて2階の水場を案内してもらっていたその時、

 

「できたよぉぉ〜〜〜〜っ!」

 

 階下から碧《たま》の声が響く。

 

「まずは飯だな。残念ながら、第6.第8倉庫はまた次の機会だ。悪いな凪乃、楽しみだったろうに」

 

 全然残念ではないけど。

 

「お腹空いたぁ。ね、凪乃。ほら行こ!」

 

 兎を追って廻琉が勢いよく部屋を出る。

 広い風呂場を後にして、私も続いた。

 

 廊下を歩きながら、ふと時計を見る。

 思っていたより時間が経っている。

 家を見て回っていただけなのに。

 …広いからね、仕方ない。

 

 リビングへ戻る。キッチンの奥、パントリーから碧《たま》が顔だけ覗かせる。

 

「らっしゃいらっしゃい!もうできてるよぉ!」

 

 食卓には既に料理が並んでいた。

 

「おお……」

 

 思わず声が漏れる。

 大皿に盛られたカレー。

 既に食欲を唆るスパイスの香り、たまらない。ルーの中を泳ぐじゃがいも、にんじん、玉ねぎ達が主張の激しい具沢山。

 揚げたてらしい春巻き。

 見るだけでわかる外側のパリパリ感、中身はまだまだお楽しみ。

 コンソメスープ。

 両側に小さな取っ手がついた可愛らしいカップが4つ。具は少なめ、パセリが面を彩っている。

 彩りの良いサラダ。

 グリーンリーフとベビーリーフの森の中からクルトン、パンチェッタが顔を覗かせる。どっかり居座る中心のミニトマトを粉チーズが飾り立てる。

 テーブルの脇にはドレッシングが2つ。お好みで、ということだろう。

 

「ど〜お!」

 

 碧《たま》が胸を張る。

 

「カレー!春巻き!サラダ!スープ!

 あとデザートもあるよぉ!」

 

「少し多いんじゃないか?」

 

「お泊まり会だからねぇ!」

 

 それで済ませるらしい。

 …お腹空いたな。

 

 ***

 

「いただきます」

 

 4人の声が重なる。

 まずはサラダから。

 ドレッシングをかけて一口。

 ん、シャキシャキ食感の中にクルトンのカリカリ感。これはサラダを先に食べる者だけの特権。

 次にスプーンでカレーを掬って、一口。

 割合はルーと米が7:3。このどろりとした感じがカレーらしくて、なんか良い。

 

「……」

 

 美味しい。

 当たり前みたいな顔をしているけれど。

 本当に美味しい。

 野菜は柔らかい。大きいけど、大きすぎない。ちょうどいいサイズ感。

 ルーは程よく濃くて、少し辛い。でもそこが良い。

 ご飯は柔らかくて温かい。ちゃんと、暖かい。

 当然のことなのに。

 なぜだか少しだけ嬉しかった。

 

 ***

 

「凪乃、どぉどぉ!?」

 

 碧《たま》が身を乗り出してくる。

 ちょっと待って今春巻き食べてるから。

 

「ん、美味しいよ」

 

「えへへぇ」

 

 満足そうだ。

 

「もっと食べて食べてぇ!」

 

「言われなくても」

 

 廻琉《めぐる》が無言のまま4本、自分の皿に移して一気に頬張っている。あんたそんなに…。

 

「食い過ぎだろ」

 

「うはひはんもたへへえるえほ!」

 

 なんて?

 

「残り5本か…。凪乃、1本取っていいぞ。

 あたしは奇数が嫌いだ」

 

「……ん」

 

 2本とってやった。

 

 ***

 

 その後はいろいろな話をした。

 碧のお手製デザートを食べながら。

 兎が野菜を食前に食べる利点を語り出したり、碧《たま》から昼休みに聞いた断末魔…後に語られる『月炉性転換事件』の話を聞いたり、3人で廻琉《めぐる》に白鳩《はと》さんの話を聞かせたり。

 そういうなんでもない、くだらない話題。

 

 気が付けば食卓の皿はほとんど空になっていた。春巻きは大半が廻琉《めぐる》の腹の中に消え、サラダは兎の腹の中に消えた。…カレーは私。

 

「ご馳走様でした」

 

「おそまつさまでしたぁ!」

 

 お腹いっぱい。もう食べられない。

 ん、食べ残しなし。米粒もなし、と。

 私が食器をまとめ、碧《たま》がキッチンへ運んで洗い始める。

 

「うぅ、もう動けないかも」

「足と腹が鉛のようだぜ。奇数は嫌いだぜ」

 

 …廻琉《めぐる》、すぐ横にならないよ。

 兎はバカなこと言ってないで手伝って。

 

「んで2人は部屋割りどうすんだ」

 

 兎が居間のソファに移動しながら思い出したように言う。少しは手伝って。

 部屋割り、すっかり忘れてた。けど私は、

 

「和室」

 

 …が良い。

 

「即答だな」

 

「静かだったし」

 

 広縁も気に入ってる。それに、

 

「んじゃ廻琉は洋室でいいか?」

 

 居間の床でごろごろと転がる廻琉に向かって兎が投げかける。

 

「私も和室がいい!」

 

 ほう。

 

「じゃあじゃんけ──」

 

 兎が折衷案を提案しようとしたその時、

 

「一緒に!凪乃ちゃんと!」

 

 一瞬、部屋が静まり返る。

 

「…」

「…」

「……」

 

「…だめ?」

 

 廻琉《めぐる》が首をこてん、と傾ける。

 少しだけ、上目遣い。視線は私。

 

「だめっつっても、なぁ?

 凪乃次第…なんじゃないか?だよな、碧《たま》?」

 

 続いて、兎が小さく声を出す。

 視線の先、碧《たま》がいる洗い場。

 壁に阻まれ姿は見えない。

 流れる水と食器の重なる音だけが続く。

 数秒遅れて、

 

「…べつにぃ。敷布団2組あるし。ベッドないし。畳の方が寝やすいかもしれないねぇ」

 

 返事だけは妙に大きかった。

 兎が小さく肩を竦める。お前次第だぜ、という顔をしている。まぁ、別に

 

「私はいいけど」

 

 なにも困ることはないだろう。

 一晩同じ部屋で寝るだけだ。

 

「やった!」

「即答かよ」

「…即答なんだねぇ!」

 

 洗い物を終えた碧《たま》がキッチンからとことこと歩いて戻ってきて、

 

「おふろ!いちばん貰うからねぇ!」

 

 ばたん。と、そのまま風呂場へ行ってしまった。と、思えば扉の向こうから、

 

「食べたあと!お手伝いしなかった悪い子さん達は最後だからねぇ!」

 

 大きな声。廻琉《めぐる》と兎が顔を見合わせる。

 たしかに、私もそれがいいと思う。

 

 ***

 

 風呂上がり。碧《たま》の後の2番手。

 碧《たま》は随分と長いこと浸かっていたようだったが、上がり際に追焚きを回してくれていたらしく、湯船はじゅうぶん暖かった。

 安アパート暮らしでは湯船に浸かる日はそう多くない。せいぜいが冬の時期くらいだろうか。夏場に風呂、というのも…悪くないと思った。

 

 夏とはいえ、夜は少しだけ肌寒い。特にこの辺りは拓けた田園風景、風の通りがすこぶる良い。

 夕方、兎に案内された和室へ足を運ぶ。

 

 襖を開くと、畳の上に敷布団が2組。

 左の布団の奥に黒色のマットレスが1枚と、その上に「凪乃!」と書かれた紙が1枚、碧の字だ。

 マットレス、これ…高いやつだ、すごく。

 布団の上に広げ、指先で押してみる。

 ゆっくり沈んで…。

 …ゆっくり戻る。

 ……高いやつだ。

 

 そっと腰を下ろしてみる。

 …おお。

 もう少しだけ、体重を預けてみる。

 ……これは。

 気が付けば、そのまま後ろへ倒れていた。

 あ、すごい。…高いやつだ!

 思わず目を瞑る。

 沈み込む身体の上にタオルケットを掛ける。

 あ、手触りすごい。これも高いやつだ。

 …。

 

「……ん」

 

 危ない、このままだと寝てしまう。

 身体を預けたまま、目だけを見開く。

 堪能しなくては、この寝具を。

 

 ──とんとん。

 

 小さく2回、襖が揺れる。

 

「ん、どうぞ」

 

 襖がゆっくりと開いて、廻琉が顔を出す。

 空調の効いた室内の空気がそっと逃げていく。

 少しだけ肌寒かった人工の空気に代わり、暖かい夏の夜風を纏った廻琉《めぐる》が1歩、畳を踏み締める。

 夏の暑さか湯上りか、その顔はほんの少しだけ紅潮して見えた。

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