Another days -case of Ai- 作:瑠和
「それ」に出会ったときの感覚はとても不思議な感覚だった。ただそこにいるだけでこっちまで気分が高揚してくるような明るい声と性格。太陽のまぶしさを体現したような金色の髪。こちらの表情筋まで柔らかくなってしまうような笑顔。
「さてと、じゃあ受付の仕事、がんばろっか!」
俺の名前は天王寺 瑠和(るな)。虹ヶ咲学園一年生普通科の人間だ。
今日は虹ヶ咲学園の学園祭。そして今、俺の目の前にいるのは俺と同じ学園祭の実行委員になった同級生、宮下愛だ。俺とこの宮下は、実行委員の仕事として受付を担当することになった。
「つっても来た人にパンフ渡すだけだろ?そこまで気合入れることか?」
「あるよぉ!来た人は私たちを最初に見るんだよ?明るく元気にしてないと」
苦手なタイプ。そう感じてはいるのだが、少なくとも数時間は一緒にいなければならない。小さなため息をついて俺は、受付の仕事を始めた。
―二時間後―
「はぁ、とりあえず一息つけそうだけど相変わらずすごい人だねぇ」
「……そうだなでもあと少しで休憩だ。それまで頑張ろうぜ」
「そだね~。そういえば午後はどうするの?」
「俺か?別に………適当な空き教室で昼寝でもするか」
「え~?せっかくの学園祭なのに~?遊ぼうよ~」
「そういうのガラじゃねぇんだよ。そもそも俺は、何かを楽しんでいい人間じゃない」
「なにそれ?」
「別に……………さて、もう休憩時間だ。交代の連中ももう来てるらしいし、俺は行くぜ。お前も友達とかと回るんだろ」
瑠和は席を立ち、あくびをしながらその場を去った。どこか寂しげな瑠和の後姿を、愛は不思議そうに見つめてた。
一方の瑠和はどこか適当に昼寝できそうな教室を探していた。大きな学校なので空き教室もそれなりにある。適当な教室を見つけると、瑠和はそこに入り、椅子を並べて横になった。
「ふぁ………全くめんどくせぇモンに抜擢されちまった」
「え~?楽しくない?」
「……」
一人だと思っていた瑠和は真横から自分の発言にいちゃもんを付けられ、目を点にした。首を横に向けると、そこには愛がいた。愛は瑠和が自らの存在に気付くとにんまりと笑った。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
瑠和は愛の存在に驚き散らして並べた椅子のベッドから転げ落ちた。
「わ!大丈夫!?」
「いってぇ………お前、なんでこんなところに………」
「だって、一人で寂しそうだったから」
「余計なお世話だ!お前、見た目のわりにおせっかいな人間なんだな」
「あはは、そうかなぁ?」
愛は笑いながら瑠和に手を差し伸べる。瑠和の言った「おせっかい」という言葉を肯定するように。瑠和は一瞬その手を無視しようと思ったがふと愛の指が眼に入る。
(ネイル………)
「?」
瑠和が愛の指を見ていること不思議に思った愛が首を傾げた。瑠和は、はっと我に返り、愛の手を取って立ち上がる。
「で、何の用だよ」
「良かったら一緒に回らない?」
「はぁ?」
「一人じゃつまんないかもしれないけど、だれかと一緒ならきっと楽しいよ!いこ!」
「お、おい!ちょっと待…」
瑠和は愛に手を引かれ、騒がしい校内に繰り出された。
この時、二人は歩み始めた。新たなる未来へつながる道を。
―一年後―
あの家は嫌いだ。
忘れたい思い出が詰まっているから。
毎日学校に通い、友達とだべり、帰りたくもない家に帰る。こうしていていつか何かが変わるんだろうか、変わる日が来るんだろうか。
「なに暗い顔してんの?」
「…………お前さ、部活棟のヒーローとかって呼ばれてる割には暇なんだな」
放課後の西棟屋上。海が見えるベンチで黄昏ていた瑠和の視界に、愛が顔を覗かせていた。去年の学園祭以降、瑠和と愛は顔見知りになり、友達になっていた。少なくとも、瑠和が心開く程度には。
「うん、今日はどの部活にも呼ばれてないからね」
「あっそ。はぁ、暇だしまたお前の家の手伝いにでもいくかなぁ」
「本当!?おばーちゃん喜ぶよ!」
こうして瑠和は時々、愛の家に手伝いを名目に入り浸っていた。元々飯を食いに行く程度だったのだが、店が多忙を極めていた時、瑠和が手伝いを申し出たのが始まりだった。
「何かまかないだそうか?」
「いらね。ただの暇つぶしだからな」
「そういえば最近よく来るようになったよねぇ。結構閉店ぎりぎりまでいるし……何かあった?」
「………別に」
ーもんじゃ宮下ー
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいませ~!」
今日は金曜日。もんじゃ宮下は仕事終わりのサラリーマンなどでごった返していた。そんなときに瑠和の男手は宮下からもとてもありがたがっていた。
多少接客態度が良くないが、それを差し置いて余りあるほど瑠和はテキパキ動く。
「るなりん、三番卓の片づけお願い!」
「わかった!」
◆◆
「今日もありがとうね!これ、お礼!」
愛は焼きそばとたこ焼きを詰めたものを瑠和に差し出した。
「いらねーよ。俺はただ……」
「いいから!」
愛は無理やり瑠和に持たせる。瑠和は渋々それを受け取り、軽く会釈をしてから家に向かった。もんじゃ宮下は夜遅くまでやっている店だ。まだ店の喧騒は聞こえるが、あまり遅くなると愛の家族が心配するので瑠和は適当な時間にお暇した。
人気のない駅にたどり着き、瑠和はあくびをしながら自宅へ向かう。
瑠和の家は有明の一角にあるタワーマンション。そこの上層階だ。スマホ一台で鍵をすべて管理しているため、一人でオートロックを解除し、そのまま中に入る。
玄関のカギを開け、家に入った。
家の中は暗い。両親はともかく、家にいる妹はすでに眠っているのかと思い、瑠和は音を立てないようにリビングに向かう。直接部屋に行ってもよかったのだが、貰い物を冷蔵庫に置きに行かなければならない。
そうして、リビングのドアを開けるとそこには瑠和の母が立っていた。母の顔を見た瑠和は少し驚いて硬直する。
「おかえり」
「…………………帰ってたのかよ」
「前にも言ったよ?少しだけ休みもらったって」
「覚えてねぇ」
瑠和は母の方を見ずに冷蔵庫を開け、愛からもらったお礼の品を冷蔵庫に入れる。
「お父さんももうすぐ休みが取れそうなの。もしよかったらその時に………」
「…………友達の家に忘れ物した」
「瑠和!」
瑠和の母の提案に、瑠和はそれ以上何も話そうとはせず、それ以上の会話を拒否するように家を飛び出した。
天王寺瑠和と、その家族には大きな溝があった。
瑠和の両親は共働きでとても多忙だった。生活に苦労はなかったが、その分、瑠和とその妹には愛情が足りていなかった。
幼いころの瑠和はそれをよく思ってはおらず、両親のことを嫌っていた。そんなある日、瑠和は引っ越しを告げられる。
瑠和はそれを拒否した。
家にいる間は妹の遊び相手兼世話係だった瑠和は友人といる時間だけがなんの責任もなく子供でいられる瞬間だった。
だからこそ、友人と離れたくない気持ちとこれ以上親の勝手に振り回されたくない気持ちで両親に激しく反発した。結果、瑠和は中学卒業まで地元付近の親戚に引き取られていた過去があったのだ。
高校になってから再び一緒に暮らすようになったのだが、幼いころにできた溝はそのままだった。
―レインボーブリッジ遊歩道―
「はぁ………はぁ……」
瑠和は家を飛び出し、レインボーブリッジまで来ていた。瑠和はベンチに座りこむ。
両親が悪いわけじゃない。自分達を育てるために仕事をしてきたことも、自分達を放っておきたかったわけでもないことは理解してる。
理解しているけれど、拒絶してしまった過去が、罪悪感が、瑠和を家族と向き合わせることを難しくしてしまっているのだ。
「るなりん?」
「宮下………」
そこに何故か愛が現れる。
やや乱れた息と、リストバンドと動きやすいシャツ。どうやらランニングでもしていたらしい。
「なんで………」
「ああ、実は来週バスケの手伝い頼まれちゃってさ。最近助っ人に入ってなかったから……リハビリってわけじゃないけど…」
愛の店からお台場まで結構な距離だ。それなのに愛はほんのわずかしか息をきらしていない。相変わらずの体力お化け具合に瑠和はやや呆れる。
「るなりんこそどうしたの?帰ったんじゃないの?」
「……………」
瑠和は愛の質問に顔をそむけた。愛はその態度一つで瑠和の心情を悟る。以前から瑠和が重苦しい顔をするのを愛は一年間の付き合いで理解していた。そして、それはいつも家族関係の話が出たときだ。
瑠和がいつも遅くまで愛の店を手伝う理由にも、なんとなく納得がいく。
ふと、瑠和の手に持たれてるスマホの画面に目が行った。画面には「有明 カプセルホテル」のワードで検索がかけられていた。
「ねぇ、よかったらさ、今夜ウチに泊まる?」
「は?」
「詳しくは聞かないよ。でも、お家帰ってすぐこんなところにいるの、心配だよ。おばーちゃんもるなりんのこと、なんだかんだ気に入ってるしさ」
「………いや、いいよ。もう少ししたら帰るから」
「…」
瑠和の言葉に、愛は少し考えてから瑠和の隣に座る。
「なんだよ」
「るなりんが帰るまでアタシもここにいるよ♪」
瑠和は思いっきり嫌そうな顔をした。愛のこの行動は瑠和のことをよく理解したうえでの行動だからだ。
瑠和が帰るまでここにいるということは愛の帰宅時間が大きく後れを取るということ。瑠和には年頃の女の子を遅い時間に一人で帰らせるなんてことはできないと踏んだうえでの行動だった。
「…………わかった!わかりましたよ!!すぐ帰るよ!」
「よかった♪」
計画通りと言わんばかりに愛はにっこり笑った。瑠和は大きなため息をついて家に向かい始める。
「ねぇ、るなりん」
「んだよ、ちゃんと帰るよ」
去り際に引き留められ、瑠和はうんざりした顔で振り返る。
「もし、なにか手伝えることが会ったらなんでも言ってね。アタシ、力になるから」
「…………そうかよ」
―天王寺家―
「…………」
再び家に戻る。ゆっくりと居間の扉を開けると、瑠和の母はリビングの机に伏して寝ていた。
「…………風邪ひくだろ」
瑠和は小さくため息をついてブランケットをかける。ブランケットをかけると、瑠和は空腹なことに気付く。さっきもらったお礼を食べようかと思い冷蔵庫を開ける。
そこには、瑠和の母が作った料理が入っていた。
「普段忙しいくせに、変なとこで慣れないことするから…そんなとこで寝落ちするんだよ」
―翌日―
翌日の放課後、愛は瑠和を探していた。詳しい話は聞かなくてもいい。でも、瑠和が心配で傍にいてやりたいと思ったのだ。
校内をめぐっていると、瑠和らしき後姿を見つけた。なにやらガラスの前で立ち止まっている。
(あ、いた!………何やってんだろ。随分落ち込んでるように見えるけど…)
「何してんの?」
「!」
先日と同じように顔を覗き来んだ。しかし、それは瑠和ではなかった。瑠和とよく似た髪色と癖のある髪を持った一年生の女の子だった。
「………」
「…………」
(………………ミスったぁぁぁぁぁ………るなりんじゃないやこの子………。あ~びっくりしてるそりゃそうだよねぇ~…見るからに臆病そうな子だし…急に上級生から声かけられたらねぇ…よ~し)
「怖くないよ。キミ、なんか元気なさそうだったからさぁ」
基本なんでもできる完璧超人の愛だ。下級生の相手もお手の物。話しかける相手を間違えた程度ではうろたえず、自分から声をかける。
なにか話題にできることはないかと少女を見つめ、ふと手に持たれてるジョイポリスの割引券に目が行く。
「あ、ジョイポリの割引券じゃん!ここって楽しいよね!」
「お友達と行ってください」
少女はそのまま愛に割引券を差し出した。その言動で目の前の少女がどんな性格なのか愛は理解する。そのオドオドしてて、自信がなさそうな感じは、自らの過去に重なる部分があった。
「じゃあ、一緒に行こうよ!」
「え……」
―虹ヶ咲学園校門付近―
「はぁ………どうすっかな……昨日のこともあって、宮下の家にも行きにくいし……」
そんな独り言を言いながら歩いていると、前を誰かが走っているのが見えた。
「宮下?………と…あれは」
愛が誰かの手を引いてお台場方面に向かう駅の方へ走って行くのが見えた。愛が友達とどこかへ行くのは珍しい話ではない。しかし、その手を引かれてる少女に見覚えがあったのだ。
―電車内―
「そういえば名前、なんていうの?」
「天王寺………璃奈…情報システム学部1年…」
「天王寺…?」
その苗字に愛が驚いていると、愛のスマホに電話がかかってきた。
「あ、ごめんね」
少し璃奈から離れてドア付近でスマホの画面を見る。そこには天王寺瑠和の名前が表示されている。
『人の妹捕まえて何やってんだお前は』
「あ~………やっぱり?いや、よく似てるなぁとは思ってたんだけどねぇ」
『どういう流れだ』
愛は瑠和に一通りの流れを説明する。とはいってもただの事故みたいなものなので特別な理由はない。
『なるほどな………なぁ宮下』
「なに?」
『よかったら、友達になってやってくれないか?璃奈は……昔から表情を出すことが苦手で、友達がいなかったんだ………たまにでもいい!一緒にいてくれないか…』
「…………うん♪任せて。愛さんお友達作るの得意だから!」
『ありがとう』
瑠和はお礼を電話を切った。だが、不思議と愛は瑠和の表情が電話越しに伝わってきた気がした。
次回は来週辺りです。