Another days -case of Ai- 作:瑠和
―二年前―
その日は、妹の学校の卒業式だった。
生憎の雨で、家族とギクシャクしていた俺は正直乗り気じゃなかったが、妹のことは大切に思っていたから、それだけは出席した。
でも、それが最大の過ちだってまだその時は気づかなかった。
卒業式が終わり、教室まで妹を迎えに行った。
そのとき、俺が眼にしたのは、友達と卒業式後の打ち上げの話なんてせず淡々と荷物をまとめて教室を後にする妹の姿だった。
◆◆
「昨日、璃奈はどうだった」
「ん?特別なことはなかったよ。一緒に楽しく遊んだだけ」
愛が璃奈と友達になった翌日。瑠和は愛を食堂に呼び出し、昨日の話を聞いた。
「それにしても妹さんいたんだねぇ!愛さんびっくりしちゃった!紹介してくれたらいいのに~」
「………………」
また、瑠和の顔が曇り、顔を逸らされてしまう。やはり家族関係の話題は瑠和にはNGの様だと愛は再確認する。だが、だからと言って愛はそれが正しいと言える性格はしていない。
「りなりーとっても楽しそうだったよ!そうだ!もっと仲良くなりたいからさ!りなりーのこと聞かせてよ!」
「断る。知りたきゃ璃奈から直接聞け」
「だからぁ、もっと仲良くなりたいから聞いてるんだって。好きな遊びとかさ、好きなこととか」
「…」
瑠和は小さくため息をついて紅茶を飲む。
「知らねぇよ俺は何も」
「え?」
「俺が知ってるのは、無口で、感情の起伏がなくて、友達が少なくて…………」
すらすらと、悪口が出てきたことを愛は少し驚く。昨日の電話口での瑠和の声は、妹を思いやる優しいお兄ちゃんそのものだったからだ。
「でも、優しくて、頑張り屋で、なによりかわいいんだ……」
愛はまたもや驚く。見ると瑠和は俯き、拳を強く握っていた。最初は家族なんか知らないという意思で突っぱねようとした。しかし、いくら親との折り合いが悪いとは言え妹に罪はない。
それどころかただの被害者でしかない。
だから、瑠和は妹だけは邪険にすることはできなかったのだ。
「るなりん」
愛は強く握られた瑠和の手にそっと自分の手を添える。
「良かったらさ、聞かせてよ。るなりんのこと」
「お前には、関係ねぇ」
「関係なくないよ!もうなんだかんだ一年近い付き合いになるんだし!」
「関係ないって言ってんだろ!」
瑠和は愛の手を弾いて食堂をから出ていった。責任のようなものを背負ったように見える背中を、愛は心配そうな顔で見つめていた。
―放課後―
瑠和は一人で下校し、目的もなく歩き、気づけば夜の東雲公園まで来ていた。瑠和はいつも帰る時間はあえて遅くしている。家にいたくないからだ。
昨日までは愛の家に行くことでその時間を潰していたが、今日は愛に冷たい態度をとってしまった。だから、愛の家に行く気が起きないのだ。
ベンチで手を繋いで帰る親子を眺めながら瑠和は小さくため息をつく。
「普段はこんなところで時間潰してるの?」
背後から声がした。振り返るとそこには愛がいた。
「…………んだよ」
愛はいつも通りの感じでやってきたが、瑠和は昼間のことがあるせいか愛は瑠和の隣に座る。
「一年前、学園祭でるなりんに会って、なんだかんだ付き合いが続いてるけどさぁ………なんで学科が違うアタシが、ここまでるなりんと一緒にいたと思う?」
「………知るかよ」
「心配だったからだよ。初めて会った時から。本当の自分をふさぎこんで、無理して笑ってる、ううん笑うこともできてなかったから」
「……………うるせぇよ」
「え?」
「確かにそうかもしれねぇ。だが誰かに心配してほしいわけでも、首突っ込んでもらいたいわけでもねぇこれは俺と………」
そこで言葉が止まる。これ以上話せば愛がこれ以上首を突っ込んできかねないと思ったからだ。
「お母さんたちの問題だから?」
止めたはずの言葉を、愛が続けた。瑠和は誰にも話したはずもない家族関係の話題を出され、驚いて愛を見る。
「なんで…」
「気づいてるか知らないけど、るなりん結構顔に出る人間だよ?家族関係の話題出すたびにぶっすーってなるんだもん。何も知らなくてもそれなりに付き合いあれば気づくって」
「……………ちっ」
瑠和は小さく舌打ちしてベンチを立つ。
「るなりん!」
「俺なんてどうでもいい。お前は璃奈のそばにいてやってくれよ」
「………」
―数日後―
「愛ちゃん、そういえば最近彼、来ないわね」
「………うん」
もんじゃ宮下では、ここのところ働いていた青年の姿が消えたことに、客も気付き始めていた。あれから瑠和には合えていない。
学校で声をかけようとしても避けられるのが実情だ。
愛の瑠和を心配する気持ちに嘘はない。それでも瑠和はそれを受け入れなかった。
少し思いあがっていた。いままで愛が助けようと思った、心配した相手は愛の助けを求め、そして愛はそれをことごとく救ってきた。
誰かの助けになれなかったことなんてなかった。だから瑠和も救えると勝手に勘違いしていた。
「……………愛さん?」
「あ、なぁに?りなりー」
瑠和のことを考えていた時、隣にいた璃奈が心配して声をかけてきた、気づかないうちに眉間にしわが寄っていたようだ。
「なんだか、難しい顔してたから」
「あはは、ちょっとね~………そういえばさ、りなりーって兄弟とかっている?」
「…………お兄ちゃんが…いる」
いないとは言わなかった。そこから璃奈自身は瑠和のことを否定するレベルで嫌っているわけでもないのはわかる。
「どんなお兄ちゃん?」
「……………ぶっきらぼうで、お人好し。誰かのために自分を犠牲にしちゃう人」
(あれ、これって…)
「でも………それだけ優しくて、いろんな人を思いやってあげれる。ぶっきらぼうさも補って余りあるくらい」
璃奈のことを瑠和に聞いた時と同じだ。最初に悪い部分が出てくるがそれをカバーするようにいい部分が出ててくる。互いに互いの良さを理解している証拠だ。また悪いところも理解して、受け入れている証拠でもある、
(兄妹だね~)
特に打ち合わせたわけでもないのに同じような行動をとったことについつい愛は頬が緩む。
「どうかしたの?」
「ううんなんでも~………お兄ちゃんと仲いい?」
愛が尋ねると璃奈は俯いてしまう。
「良くはない」
「どうして?」
「お兄ちゃんは、家族のことが嫌いだから」
「……………何か……あったの?」
愛は神妙な面持ちで尋ねた。瑠和が話してくれなかった家族の問題。ずっと気になっていた。あからさまに問題はあるのに家族の問題だからか瑠和は一切合切口にしてこなかった。
璃奈も家族の問題だからか最初は話すのに躊躇いがありそうだったが、少し考えてから口を開く。
「もう、何年も前の話」
―十数分後―
「なるほどねぇ…」
事情を話された愛は大きなため息を出してしまう。ため息の理由は瑠和の心情がよくわかったからだ。瑠和のお人好し具合は見ていてよくわかった。
そんな人間が「家族が嫌い」なんてことあるのかと疑問に思っていたのだが、その答え合わせがこれだ。
おそらく瑠和は過去の衝突が原因で素直になれないだけだと愛は察した。
(まぁ、わかったところで愛さんにできることはあんまりなさそうだけど……)
その通りだ。家族の問題にまで首を突っ込むべきではない。愛もそのあたりの線引きは理解しているつもりだった。
しかし
「…」
愛は璃奈の顔を見る。普段表情が出ない璃奈があからさまに落ち込んでいる。こんな璃奈を放っておくことも璃奈にはできなかった。
「りなりーはさ。どうしたの?」
「お兄ちゃんと仲良くしたい。でも、きっともう…」
「そんなことはないよ」
後ろむきな璃奈の手を愛は握ってあげた。
「できないことなんてないよ。愛さんも一緒に考えるから!」
愛はにっこりと笑った。それと同時に先ほどまで曇っていた空の雲の隙間からから光が差し込んだ。それと同時に璃奈の心にも、光が射した気がした。
「一緒に…」
「ね?」
「うんっ!」
璃奈の瞳に、光が宿った。
―数日後―
「といったはいいものの……どうするかなぁ」
愛は現状打破の方法を見いだせずにいた。瑠和も璃奈も放ってはおけない。しかし、家族に関わる問題。おまけに瑠和自身はコミュニケーションを遮断している。
どうにか璃奈の気持を伝えられればと考えながら歩いていると、部室棟で璃奈が誰かと話しているのが見えた。
「りなりー?」
「愛さん」
聞くと最近できたというスクールアイドル同好会を探していたらしい。たまたま場所を知っていた愛は同好会の場所を教えてやり、探していた二人は去って行った。
スクールアイドル同好会部室に走っていく二人を見つめながら璃奈は無意識に口を開いていた。
「………スクールアイドル…」
「どったん?興味あるん?」
「…………歌なら、お兄ちゃんに私の気持ち、伝えられるかな」
「歌………かぁ。いいんじゃない!?それ!」
「でも、私じゃ………きっとライブ、上手くできない」
「…そんなこと…」
愛は否定してやりたかったが、言葉が詰まる。璃奈と仲良くし始めてからそろそろ一か月が経とうとする。璃奈を笑わせてやろうと色々試みたが愛でも璃奈を笑わせることはできなかった。
「ごめんなさい。困らせちゃった」
璃奈はそう言って歩き出した。哀愁の漂う背中にかけてやれる言葉もなく、愛は己の無力さに歯噛みするばかりだった。
―同時刻 裏庭―
放課後の裏庭。瑠和は芝生に寝転がり、空を見つめていた。
「…………有明は空が広いな」
誰が聞いてるわけでもない、特に意味のあるわけでもない感想を瑠和はつぶやく。そんな瑠和の胸もとに、何か軽いものが乗ったのを感じた。
「ん」
「みゃあ」
見ると、白い子猫が瑠和の胸に乗って身体を丸めていた。
「猫………?お前も昼寝か」
「みゃ」
瑠和は特に気にする素振りも見せず、そのまま子猫と昼寝を始める。しかし、その眠りはすぐに妨げられることになる。
「おーい!はんぺーん!」
「どこに…………あれ」
「…………?」
どこからか聞こえてきた声に瑠和はあたりを見た。人通りの少ない裏庭に来たのは、愛と璃奈だった。
「璃奈………」
「お兄ちゃん……」
「みゃっ」
璃奈が現れると、瑠和の胸の上で眠っていた猫が飛び降り、璃奈の方へ走って行く。璃奈は走ってきた猫を受け止めると、抱きかかえた。
「………遊んでくれてたの?」
璃奈が尋ねる。
「……………………別に、寝てたらそいつが来ただけだ………なんだよその猫」
「……捨てられてんだ。その子。どっちの家でも飼えなくてさ」
璃奈に懐いている猫を見ながら、瑠和はその場から離れる。
「…………変な病気もらってくんなよ」
そういい捨てて瑠和はその場から去って行った。
「………………あんな言い方ないんじゃない…?」
「………ううん。そんなことないよ」
「?」
璃奈の言葉に愛は首をかしげる。
―数日後―
「その子がはんぺんさんですね」
いつも通り璃奈と愛がはんぺんに餌をやっていると、そこに眼鏡をかけた三つ編みの女生徒が現れた。
「誰…?」
「生徒会長の中川菜々です」
「生徒会長…っ!」
璃奈は慌ててはんぺんを抱える。勝手に校内で猫を世話しているということがバレ、はんぺんがまたどこかに捨てられると思ったのだ。
菜々は笑って璃奈の目線に合わせてしゃがむ。
「………安心してください。別にその子を取り上げたりしません。さる人から、その猫をどうにかできないか、相談されたんです」
「さる人…?」
「はい。それで、生徒会でどうにかできないか話し合った結果、はんぺんさんをこの学校に迎え入れる方向で話がまとまりました。あとは、お世話してくださってる天王寺璃奈さんと宮下愛さんの同意をいただくだけです。いかがでしょうか」
菜々はカバンから書類を取り出し、クリアファイルを差し出した。中の書類を見ると、「はんぺん、お散歩役員任命許可証」と書かれている。
「………生徒会長」
「………ありがとう」
菜々は璃奈の言葉に微笑み、その場を去って行った。