『君と過ごす、残り三年の青春』   作:パスカルDX

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第3話 ギャルは推しより僕を見ている

第3話 ギャルは推しより僕を見ている

 

 

 

 

 朝倉悠真のスマートフォンが震えたのは、午前六時三十一分だった。

 

 目覚ましが鳴るよりも、四分早い。

 

 枕元に置いていた端末を手に取ると、画面には白雪レイナの名前が表示されていた。

 

『おはよー!』

 

『今日も正門で待ってる!』

 

『あと卵焼き成功した!』

 

『めっちゃ可愛くできたから期待してて!』

 

 最後のメッセージには、ハート型の卵焼きの写真まで添えられていた。

 

 前回よりも形が整っている。

 

 焼き色もきれいで、写真の端には小さな星形のピックが映っていた。

 

「朝から気合い入りすぎだろ」

 

 悠真は呟きながら返信する。

 

『おはよう。弁当の報告が早い』

 

 すぐに既読がついた。

 

『悠真に一番に見せたかったし』

 

「……そういうことを普通に言うなよ」

 

 誰もいない部屋で、悠真は小さく息を吐いた。

 

 まだ朝だというのに、胸が妙に落ち着かない。

 

 病気による痛みではない。

 

 もっと軽く、けれど厄介な鼓動だった。

 

『味は保証できる?』

 

『昨日おいしいって言ったじゃん!』

 

『今日は昨日よりおいしいし!』

 

『愛情二倍だから!』

 

 悠真の指が止まる。

 

『何の愛情だよ』

 

『卵への愛情』

 

「絶対あとから誤魔化しただろ」

 

 画面の向こうで、レイナが顔を赤くしている姿が簡単に想像できた。

 

 出会ってまだ数日。

 

 それなのに、もう悠真の中では、朝にレイナから連絡が来ることが当たり前になりつつあった。

 

 以前なら、目覚ましを止めたあともしばらく布団の中で動かなかった。

 

 学校へ行く理由も、未来を楽しみにする理由も、それほど多くなかった。

 

 けれど今は違う。

 

 正門へ行けば、レイナが待っている。

 

 教室へ行けば、隣の席にレイナがいる。

 

 昼になれば、一緒に弁当を食べる約束がある。

 

 それだけで、朝の景色が少し明るく見えた。

 

 悠真はベッドから起き上がる。

 

 その瞬間、胸の奥に小さな圧迫感が走った。

 

 昨日ほどではない。

 

 けれど、確実にそこにある。

 

「……今日は大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせる。

 

 ゆっくり息を吐き、数秒待つ。

 

 痛みはすぐに消えた。

 

 悠真は制服へ着替え、階下へ下りた。

 

 朝食の席では、母親が味噌汁を並べながら悠真の顔を見ていた。

 

「今日は顔色、大丈夫そうね」

 

「毎朝確認しなくていいって」

 

「確認するわよ」

 

 母親は当然のように答える。

 

「あなた、自分では大丈夫しか言わないんだから」

 

「本当に大丈夫な時もある」

 

「そういう人ほど信用できないの」

 

 その言い方が、レイナとよく似ていた。

 

 悠真は思わず苦笑する。

 

「何かいいことあった?」

 

 母親が尋ねる。

 

「別に」

 

「今、笑ってたじゃない」

 

「思い出し笑い」

 

「女の子?」

 

「どうしてそうなる」

 

「入学初日にできたお友達」

 

「友達だって」

 

「へえ」

 

 母親は少し楽しそうに笑った。

 

 その表情を見て、悠真は目を逸らす。

 

 家族にとっても、自分が楽しそうに学校へ行くことは救いなのだろう。

 

 病気がわかってから、家の中には見えない膜のようなものが張っていた。

 

 両親は努めて普段通りに振る舞う。

 

 悠真も病気のことをなるべく話題にしない。

 

 けれど誰もが、三年という期限を意識している。

 

 その沈黙を、レイナの存在だけが少しずつ破っていた。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい。無理しないでね」

 

「わかってる」

 

 玄関を出ると、春の風が頬を撫でた。

 

 電車を降り、学校までの道を歩く。

 

 遠くからでも、レイナの姿はすぐに見つかった。

 

 今日も正門の前に立っている。

 

 金色の髪をゆるく巻き、白いメッシュには小さな青いリボンがついていた。

 

 悠真を見つけると、レイナは嬉しそうに手を振った。

 

「悠真ー!」

 

「だから大声で呼ぶなって」

 

「今日は昨日より小さめにしたし」

 

「十分大きい」

 

 レイナは駆け寄り、悠真の前で足を止める。

 

「おはよ!」

 

「おはよう」

 

「今日、ちょっと遅かったね」

 

「始業二十五分前だぞ」

 

「ウチ、四十分前からいた」

 

「早すぎるだろ」

 

「だって待ちきれなくて」

 

「何が」

 

「悠真に会うの」

 

 朝から直球だった。

 

 悠真は返事に困り、レイナの頭に目を向ける。

 

「髪飾り変えた?」

 

「えっ」

 

 レイナの目が輝いた。

 

「気づいたの!?」

 

「昨日は星だっただろ。今日はリボン」

 

「うそ、嬉し!」

 

 レイナは両手で髪飾りに触れる。

 

「今日、悠真が気づいてくれるかなって思って選んだんだよね」

 

「俺が?」

 

「うん」

 

「なんで俺基準なんだよ」

 

「好きな人には可愛いって思われたいじゃん」

 

 悠真が固まる。

 

 レイナも、言ったあとで自分の発言に気づいたらしい。

 

 顔が一瞬で赤くなった。

 

「ち、違う!」

 

「何が違うんだ」

 

「好きな人っていうか、好きになってほしい人っていうか!」

 

「余計に意味が強くなってる」

 

「違うってば!」

 

 レイナは両手で顔を覆った。

 

「朝だから頭回ってないだけ!」

 

「ギャルは朝、高い声になるんじゃなかったのか」

 

「今日は頭も回らないの!」

 

「設定が増えていくな」

 

 悠真が笑うと、レイナは指の隙間からこちらを見た。

 

「……でも、気づいてくれてありがと」

 

「似合ってるよ」

 

「え?」

 

「そのリボン」

 

 レイナは完全に動きを止めた。

 

 そして数秒後、悠真から顔を背ける。

 

「ずるい」

 

「何が」

 

「急にそういうこと言うの、ずるい」

 

「聞かれたから答えただけだろ」

 

「聞いてないし」

 

「じゃあ撤回する」

 

「それはダメ!」

 

 レイナは慌てて悠真の袖をつかんだ。

 

「似合ってるって言ったの、取り消し禁止!」

 

「わかったから引っ張るな」

 

「絶対だからね」

 

「はいはい」

 

 二人は並んで校舎へ向かった。

 

 正門から昇降口までの短い距離。

 

 それだけの間にも、何人もの生徒が二人を振り返った。

 

 レイナは入学早々、学年でも目立つ存在になっていた。

 

 明るく、可愛く、誰にでも気さく。

 

 見た目は派手だが、話しかければ親しみやすい。

 

 女子からも男子からも注目されている。

 

 そんな少女が、毎朝一人の男子を待っている。

 

 噂になるのは当然だった。

 

 昇降口で靴を履き替えていると、背後から声が飛んできた。

 

「朝から仲いいねー」

 

 振り向くと、美咲と梨花がいた。

 

 美咲は昨日と同じように、面白そうな笑みを浮かべている。

 

「おはよ、美咲、梨花」

 

「おはよう」

 

 梨花が穏やかに微笑む。

 

「今日も待ち合わせ?」

 

「待ち合わせじゃないし」

 

 レイナが答える。

 

「一方的に待ってるだけ」

 

「それ、もっと重くない?」

 

「重くない!」

 

「愛は重いくらいがちょうどいいって?」

 

「朝から変なこと言わないで!」

 

 レイナが美咲の背中を押す。

 

 悠真は上履きに履き替えながら、二人のやり取りを見ていた。

 

「レイナ、朝倉くんのこと好きすぎじゃない?」

 

「だから、そういうのじゃないって!」

 

「じゃあ私が朝倉くん狙ってもいい?」

 

 美咲がいたずらっぽく言った。

 

 その瞬間、レイナの動きが止まった。

 

「ダメ」

 

 反射的な即答だった。

 

 美咲が目を細める。

 

「へえ」

 

「ち、違う! 悠真はそういうの困るから!」

 

「朝倉くん本人に聞いてないけど」

 

「悠真は困るよね?」

 

 レイナが勢いよく振り向く。

 

「俺に聞くなよ」

 

「困る?」

 

「いきなり狙うって言われても困る」

 

「ほら!」

 

 レイナは勝ち誇ったように美咲を見る。

 

「でもレイナに狙われるのは困らないんだ?」

 

 美咲が言った。

 

「え」

 

 レイナが固まる。

 

 悠真も言葉を失った。

 

 美咲は満足そうに笑う。

 

「はい、教室行こ」

 

「美咲!」

 

 レイナが追いかける。

 

 梨花は悠真へ小さく頭を下げた。

 

「朝からごめんね」

 

「慣れてきた」

 

「それならよかった」

 

 何がよいのかはわからなかった。

 

 教室へ入ると、レイナはいつものように悠真の隣へ座った。

 

 もともと席が隣なので、当然ではある。

 

 だが今日は、椅子ごと少し悠真の机へ寄っている。

 

「近くないか?」

 

「普通じゃない?」

 

「机が触れてる」

 

「隣なんだから普通でしょ」

 

「椅子まで寄せる必要はない」

 

「悠真、細かい」

 

 レイナは唇を尖らせる。

 

「別に減るもんじゃないじゃん」

 

「何が」

 

「距離」

 

「近づいた分だけ減ってるだろ」

 

「じゃあもっと減らそ」

 

 レイナはさらに椅子を寄せた。

 

 肩が触れそうになる。

 

「何してるんだ」

 

「距離をゼロにしようかと」

 

「朝からやめろ」

 

「照れてる?」

 

「周りを見ろ」

 

 悠真が小声で言うと、レイナは教室を見回した。

 

 数人の生徒がこちらを見ている。

 

 特に男子たちの視線が強い。

 

 レイナは少し考えたあと、椅子を一センチだけ戻した。

 

「これでいい?」

 

「ほとんど変わってない」

 

「ウチ的には大きな譲歩」

 

「基準がおかしいんだよ」

 

 朝のホームルームが始まるまで、教室では部活動の話題で盛り上がっていた。

 

 昨日の体力測定で、悠真の記録が目立っていたこともあり、何人かの男子が声をかけてくる。

 

「朝倉、何か部活入る?」

 

 最初に話しかけてきたのは、神崎翔だった。

 

 短く切った茶髪。

 

 日に焼けた肌。

 

 見るからに運動部らしい爽やかな少年である。

 

「まだ決めてない」

 

「サッカー部どう?」

 

「どうしてサッカー」

 

「昨日の立ち幅跳び、すごかっただろ。あれだけ身体能力あるなら絶対いけるって」

 

「経験ないぞ」

 

「運動神経あれば何とかなる」

 

「雑な勧誘だな」

 

 翔は明るく笑った。

 

「俺、神崎翔。中学からサッカーやってる」

 

「朝倉悠真」

 

「知ってる。昨日、自己紹介聞いたし」

 

「そうだった」

 

「朝倉、見た目静かだけど、話すと普通だな」

 

「どういう意味だ」

 

「もっと無口で怖いタイプかと思ってた」

 

「それは失礼だろ」

 

「悪い悪い」

 

 翔は気さくな性格らしい。

 

 悠真も不思議と話しやすかった。

 

「で、サッカー部」

 

「今のところ運動部は考えてない」

 

「もったいないな」

 

 その会話を聞いていたレイナが、横から入ってくる。

 

「悠真は無理しちゃダメだから」

 

 翔がレイナを見る。

 

「何で白雪が答えるんだ?」

 

「ウチ、悠真の健康管理担当だから」

 

「いつから」

 

「今日から」

 

「勝手に役職を作るな」

 

 翔は二人を見比べた。

 

「お前ら付き合ってる?」

 

「付き合ってない」

 

 悠真が即答する。

 

「まだね」

 

 レイナが小さく付け足した。

 

「今、まだって言った?」

 

「言ってない!」

 

「言っただろ」

 

「聞き間違い!」

 

 翔は楽しそうに笑った。

 

「なるほど。朝倉、苦労しそうだな」

 

「もうしてる」

 

「ひどくない!?」

 

 レイナは頬を膨らませた。

 

 だが、本気で怒っている様子ではない。

 

 むしろ悠真と翔が話していることが嬉しいようにも見えた。

 

 それから少しして、担任教師が教室へ入ってきた。

 

 朝のホームルームでは、部活動紹介の説明が行われた。

 

 放課後、体育館で各部の紹介があるらしい。

 

 レイナは配られた部活動一覧を眺める。

 

「悠真、どこ入る?」

 

「決めてない」

 

「アニメ研究部あるよ!」

 

「本当だ」

 

「一緒に入る?」

 

「お前は入るのか?」

 

「悠真が入るなら」

 

「自分の意思はないのか」

 

「あるよ」

 

「じゃあ何だ」

 

「悠真と一緒にいたい」

 

 さらりと言う。

 

 悠真が返事に困っていると、レイナは部活動一覧で顔を隠した。

 

「今のは忘れて」

 

「無理だろ」

 

「忘れて!」

 

 耳だけが真っ赤だった。

 

 午前の授業は、まだ本格的な内容ではなかった。

 

 教科書の配布。

 

 授業の進め方の説明。

 

 簡単な確認問題。

 

 悠真は真面目にノートを取り、レイナはその横で時折あくびをしていた。

 

 数学の時間。

 

 教師が黒板に中学範囲の復習問題を書いた。

 

「誰か解ける者はいるか?」

 

 数人が目を逸らす。

 

 それほど難しい問題ではない。

 

 だが、入学直後に手を挙げる生徒は少なかった。

 

「朝倉」

 

 突然指名された。

 

 悠真は顔を上げる。

 

「昨日の自己紹介でゲームが趣味と言っていたな」

 

「はい」

 

「関係ないが、前へ出て解いてみろ」

 

「本当に関係ないですね」

 

 教室に小さな笑いが起きた。

 

 悠真は教壇へ向かい、チョークを手に取る。

 

 問題自体は簡単だった。

 

 途中式を書き、答えを出す。

 

「正解だ」

 

 教師がうなずく。

 

「手際がいいな」

 

「普通です」

 

 席へ戻ると、レイナが小さく拍手していた。

 

「悠真、頭もいいんだ」

 

「これくらい普通だろ」

 

「運動できて、勉強できて、顔もいいってズルくない?」

 

「最後は関係ない」

 

「ウチの中では一番大事」

 

「それはどうなんだ」

 

「でもアニメオタク」

 

「急に弱点みたいに言うな」

 

「むしろ加点」

 

「加点なのかよ」

 

「ウチ的には満点」

 

 レイナは嬉しそうに笑った。

 

 悠真は教科書へ視線を落とす。

 

 表情には出さなかったが、胸の奥が少し熱かった。

 

 誰かにそんなふうに言われたのは初めてだった。

 

 昼休み。

 

 レイナは宣言通り、悠真の机へ自分の机をくっつけた。

 

 美咲と梨花、そして翔も加わり、五人で弁当を広げる。

 

「朝倉、女子三人と飯食えるって強いな」

 

 翔が感心したように言う。

 

「俺が誘ったわけじゃない」

 

「ウチが誘った!」

 

 レイナが胸を張る。

 

「悠真、一人で食べそうだったし」

 

「一人でも平気だった」

 

「平気かどうかじゃないの。一緒に食べたいかどうかだから」

 

「それで毎日一緒に?」

 

「嫌?」

 

「嫌じゃない」

 

「じゃあ問題なし!」

 

 レイナは満足そうに弁当箱を開いた。

 

 今日も彩り豊かだった。

 

 中心には、朝に写真で送られてきたハート型の卵焼きが並んでいる。

 

「見て!」

 

「見た。朝、写真で」

 

「本物も見てよ」

 

「同じだろ」

 

「写真より可愛くない?」

 

「卵焼きに可愛いを求めてるのか」

 

「見た目も大事じゃん」

 

 レイナは箸で一つつまむ。

 

「はい」

 

 悠真の前へ差し出す。

 

「自分で取る」

 

「昨日も言ってた」

 

「今日も言う」

 

「でも今日は愛情二倍だよ?」

 

「卵へのだろ」

 

「覚えてたの!?」

 

「忘れろって言われてない」

 

 レイナの顔が赤くなる。

 

 美咲が口元を押さえて笑った。

 

「もう食べてあげれば?」

 

「嫌がってるやつに無理させるなよ」

 

「嫌なの?」

 

 レイナが少しだけ不安そうに尋ねる。

 

 悠真は卵焼きと彼女の顔を見比べた。

 

 レイナの瞳は期待に満ちている。

 

 周囲の視線が気にならないわけではない。

 

 けれど、このまま断ればレイナは本気で落ち込みそうだった。

 

「一回だけな」

 

「えっ」

 

「早くしろ」

 

 レイナの顔が一気に明るくなる。

 

「じゃあ、あーん」

 

「言わなくていい」

 

「そういう儀式だから」

 

「何の儀式だよ」

 

「いいから。あーん」

 

 悠真は小さく口を開けた。

 

 レイナが慎重に卵焼きを運ぶ。

 

 甘い味。

 

 昨日より少しふんわりしている。

 

 口に入れた瞬間、レイナが身を乗り出した。

 

「どう?」

 

「うまい」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

「昨日より?」

 

「昨日より」

 

「やった!」

 

 レイナは満面の笑みを浮かべた。

 

「悠真に食べてもらうために、朝から三回作り直したんだよね」

 

「三回?」

 

「一回目は形失敗して、二回目は焼き色つきすぎて」

 

「そこまでしなくてもいいだろ」

 

「だって可愛いの食べてほしかったし」

 

 悠真は返す言葉を失った。

 

 自分のために朝から三回。

 

 たかが卵焼き。

 

 けれど、その手間は決して軽くない。

 

「ありがとう」

 

 悠真が言う。

 

 レイナは少し驚いたあと、柔らかく笑った。

 

「明日も作るね」

 

「毎日やるつもりか」

 

「卒業まで」

 

「長いな」

 

「嫌?」

 

「……嫌じゃない」

 

 レイナの頬が赤く染まる。

 

 翔はそんな二人を見ながら弁当を食べていた。

 

「俺、ここにいていいのか?」

 

「私もたまに思う」

 

 梨花が静かに答える。

 

「でも面白いからいいじゃん」

 

 美咲は楽しそうだった。

 

 昼食を終えたあと、美咲がスマートフォンを取り出した。

 

「そういえば今日、新作アニメのコラボ情報出てたよ」

 

「マジ!?」

 

 レイナがすぐに反応する。

 

「駅前のカフェで限定メニューやるって」

 

「行きたい!」

 

 画面には、人気アニメのコラボカフェ情報が表示されていた。

 

 レイナが好きなキャラクターも大きく描かれている。

 

「悠真、これ見て!」

 

「近い」

 

「推しが限定衣装着てる!」

 

 レイナは悠真の肩に触れそうなほど近づき、スマートフォンを見せる。

 

「確かに珍しい衣装だな」

 

「でしょ! やばくない!?」

 

「行くのか?」

 

「行く!」

 

 レイナは即答したあと、悠真を見る。

 

「悠真も行く?」

 

「いつ?」

 

「今週の日曜」

 

「空いてるけど」

 

「じゃあ一緒に行こ!」

 

 言った瞬間、レイナの表情が少し固まった。

 

 日曜日。

 

 二人で。

 

 それは普通に考えれば、デートと呼べる予定だった。

 

 美咲がすぐに反応する。

 

「それデートじゃん」

 

「違うし!」

 

 レイナが大きな声を出す。

 

「コラボカフェ行くだけ!」

 

「二人で?」

 

「二人で!」

 

「それをデートって言うんじゃない?」

 

「違う!」

 

 レイナは真っ赤になった。

 

「オタ活だから!」

 

「オタ活デート」

 

「美咲!」

 

 悠真は少し考える。

 

 日曜日に誰かと出かける予定など、ここ最近はなかった。

 

 病気がわかってからは、外出そのものが減っていた。

 

 けれどレイナとなら、少し楽しそうだと思った。

 

「別にデートでもいいんじゃないか」

 

 何気なく言う。

 

 レイナが固まった。

 

「え」

 

「コラボカフェに行くだけだろ」

 

「いや、その……デートでいいの?」

 

「言い方は何でもいい」

 

「よくない!」

 

「どっちなんだよ」

 

 レイナは両手で顔を覆う。

 

「ちょっと待って。心の準備が」

 

「日曜まであるだろ」

 

「そういう問題じゃないし!」

 

 美咲が楽しそうに笑う。

 

「レイナ、よかったね」

 

「まだ何も始まってないから!」

 

「でも初デート決定」

 

「声大きい!」

 

 周囲の生徒まで振り返っていた。

 

 悠真は苦笑しながら弁当箱を片づける。

 

 けれど、自分の胸も少し浮き立っていることには気づいていた。

 

 放課後。

 

 体育館では部活動紹介が行われた。

 

 運動部が実演を見せ、文化部は作品や活動内容を紹介する。

 

 新入生たちは興味のある部活を見つけるたびに歓声を上げていた。

 

 悠真はレイナ、翔、美咲、梨花と並んで座っていた。

 

 サッカー部の紹介になると、翔が身を乗り出す。

 

「やっぱサッカー部だな」

 

「お前は最初から決めてるだろ」

 

「朝倉も見ろって」

 

 サッカー部員たちがボールを使ったパフォーマンスを披露する。

 

 リフティング。

 

 パス回し。

 

 最後には強烈なシュートがゴールへ突き刺さった。

 

「すご」

 

 レイナが感心したように声を上げる。

 

「悠真もできる?」

 

「やったことない」

 

「でも、できそう」

 

「何でもできると思うな」

 

 悠真は答えたが、翔も同意する。

 

「朝倉なら絶対いけるって」

 

「勧誘がしつこい」

 

「体験だけでも来いよ」

 

「考えておく」

 

「その返事、来ないやつだろ」

 

 次はバスケットボール部だった。

 

 ドリブルやシュートを披露したあと、新入生参加型の企画を行うらしい。

 

「誰か新入生で、シュート挑戦したい人!」

 

 部員が声を上げる。

 

 体育館がざわつく。

 

 何人かが手を挙げたが、レイナは隣で悠真の腕を持ち上げた。

 

「はい!」

 

「おい」

 

「悠真やります!」

 

「勝手に決めるな」

 

 周囲から拍手が起きる。

 

 逃げにくい空気になった。

 

 レイナは悪びれずに笑う。

 

「見たいんだもん」

 

「できなかったらどうする」

 

「それはそれで可愛い」

 

「失敗前提で評価するな」

 

 悠真は仕方なく立ち上がった。

 

 体育館の中央へ出る。

 

 他にも数人の新入生が並んでいた。

 

 ルールは簡単。

 

 三本シュートを打ち、一番多く入れた者に記念品が渡される。

 

 悠真はボールを受け取る。

 

 バスケットボールの経験はほとんどない。

 

 だが、小さい頃から武道を習っていたことで、体の使い方には慣れていた。

 

 距離。

 

 角度。

 

 力加減。

 

 一度リングを見る。

 

 軽く膝を曲げ、ボールを放つ。

 

 きれいな弧を描いたボールが、リングの中央を通過した。

 

 体育館から歓声が上がる。

 

「悠真、すご!」

 

 レイナの声が一番大きかった。

 

 二本目。

 

 これも入る。

 

 三本目。

 

 少し遠い位置から打つよう求められたが、それもリングへ吸い込まれた。

 

「三本全部成功!」

 

 バスケ部員が驚いた声を上げる。

 

「経験者?」

 

「ほとんどないです」

 

「マジで?」

 

 体育館がざわつく。

 

 悠真は記念品のスポーツドリンクを受け取り、席へ戻った。

 

 レイナは目を輝かせている。

 

「何でそんなに何でもできるの!?」

 

「たまたま入っただけ」

 

「三本全部はたまたまじゃないし!」

 

「体の使い方が少しわかるだけだ」

 

「かっこよすぎ」

 

 レイナは真顔で言った。

 

「何?」

 

「今の悠真、マジでかっこよかった」

 

「近いし声が大きい」

 

「だって本当だし」

 

 レイナは興奮したまま、悠真の腕へ触れる。

 

「ねえ、もう一回やって」

 

「部活動紹介中だぞ」

 

「動画撮りたい」

 

「推しでも撮るみたいに言うな」

 

「悠真、推しになったかも」

 

「アニメキャラと同じ枠に入れるな」

 

「でも今日から最推し」

 

 レイナは冗談めかして笑った。

 

 その言葉に、悠真は少しだけ心を動かされる。

 

 推し。

 

 好きな存在。

 

 大切にしたい存在。

 

 レイナにとって、自分がそんな位置に入ることなどあるのだろうか。

 

 だが、その直後だった。

 

 胸の奥に強い痛みが走った。

 

「……っ」

 

 悠真の表情が歪む。

 

 さきほどのシュート。

 

 大した運動ではない。

 

 それでも、興奮と緊張が重なったせいか、心臓が強く脈打っていた。

 

「悠真?」

 

 レイナがすぐに気づく。

 

「大丈夫?」

 

「平気」

 

「また平気って言った」

 

 レイナの声が真剣になる。

 

「胸、痛いの?」

 

「少しだけ」

 

「保健室行こ」

 

「紹介はまだ途中だろ」

 

「そんなのどうでもいい」

 

「レイナ」

 

「行くよ」

 

 レイナは悠真の腕を取り、立ち上がった。

 

 周囲の視線が集まる。

 

 翔も心配そうに見る。

 

「朝倉、大丈夫か?」

 

「ああ」

 

「顔白いぞ」

 

「少し休めば治る」

 

「だから休むの!」

 

 レイナは有無を言わせない。

 

 悠真は抵抗するのを諦めた。

 

 二人は体育館を出て、廊下を歩く。

 

 レイナは悠真の腕を支えながら、何度も顔を見る。

 

「ゆっくりでいいから」

 

「歩けるって」

 

「でも苦しいんでしょ」

 

「もう落ち着いてきた」

 

「信用できない」

 

「それ、母親にも言われた」

 

「じゃあお母さん正しいじゃん」

 

 保健室に着くと、養護教諭が悠真をベッドへ寝かせた。

 

 学校側は病気のことを知っている。

 

 ただし、余命については必要最低限の職員しか知らない。

 

 養護教諭は血圧と脈拍を確認し、悠真へ薬を飲ませた。

 

「少し休めば大丈夫でしょう」

 

「よかった……」

 

 レイナが心から安堵したように息を吐く。

 

 養護教諭は悠真とレイナを交互に見る。

 

「白雪さん、付き添ってくれたのね」

 

「はい」

 

「部活動紹介へ戻ってもいいわよ」

 

「ここにいます」

 

 即答だった。

 

「でも――」

 

「悠真、一人にしたくないので」

 

 レイナは真剣な表情だった。

 

 養護教諭は少しだけ微笑む。

 

「そう。では静かにしていてね」

 

 保健室には、時計の音だけが響いていた。

 

 悠真はベッドに横たわり、天井を見る。

 

 カーテン越しに、レイナの気配がある。

 

 椅子へ座り、じっと待っている。

 

「戻っていいぞ」

 

「戻らない」

 

「俺は寝てるだけだ」

 

「だから見てる」

 

「寝顔を見る趣味でもあるのか」

 

「あるかも」

 

「怖いな」

 

 レイナが小さく笑う。

 

 だが、その声にはいつもの明るさがなかった。

 

「悠真」

 

「何?」

 

「本当に、ただ体力がないだけ?」

 

 悠真は目を閉じた。

 

 来ると思っていた質問だった。

 

「そうだよ」

 

「嘘」

 

 短い言葉だった。

 

 悠真は目を開ける。

 

 カーテンの向こうで、レイナが俯いているのが影でわかる。

 

「昨日も苦しそうだった。今日も。先生も最初から知ってるみたいだった」

 

「……」

 

「病気なんでしょ?」

 

 悠真は答えなかった。

 

 言えるはずがない。

 

 余命三年。

 

 その言葉を口にすれば、すべてが変わる。

 

 レイナはきっと優しい。

 

 だからこそ、知れば同情する。

 

 今のように自然に笑わなくなるかもしれない。

 

 自分を見るたび、死を意識するかもしれない。

 

「話したくないなら、無理に聞かない」

 

 レイナが静かに言う。

 

「でも、嘘だけはつかないで」

 

「……悪い」

 

「謝ってほしいんじゃない」

 

「じゃあ、どうしてほしい」

 

「頼ってほしい」

 

 レイナの声が少し震えた。

 

「ウチ、まだ悠真と知り合って数日しか経ってないけど」

 

 そこで一度、息を吸う。

 

「悠真が苦しそうなの、ほんとに嫌」

 

 悠真はカーテンを見つめた。

 

「何でそこまで」

 

「好きだから」

 

 はっきりと聞こえた。

 

 冗談ではない。

 

 誤魔化しもない。

 

 保健室の静けさの中で、その言葉だけが強く残った。

 

 カーテンがわずかに揺れる。

 

 レイナは椅子から立ち上がったらしい。

 

「……今の、忘れて」

 

「無理だろ」

 

「お願い」

 

「昨日から忘れてって言うこと多いな」

 

「だって、言うつもりじゃなかったし」

 

 声がどんどん小さくなる。

 

「本当はもっと仲良くなってから、ちゃんと可愛く言いたかった」

 

「今も十分わかりやすかった」

 

「最悪」

 

「悪くはない」

 

 悠真はゆっくり体を起こした。

 

 カーテンを開ける。

 

 レイナは顔を真っ赤にして立っていた。

 

 目元が少し潤んでいる。

 

「泣いた?」

 

「泣いてないし」

 

「目、赤いけど」

 

「心配しただけ」

 

「そうか」

 

「笑わないで」

 

「笑ってない」

 

「ちょっと笑ってる」

 

 悠真は自分でも気づかないうちに、口元を緩めていた。

 

 好きだと言われた。

 

 人生で初めて。

 

 相手は、入学式の日から自分の隣にいてくれる少女。

 

 朝は正門で待ち、昼には弁当を作り、苦しめば真っ先に駆け寄る。

 

 嬉しくないはずがなかった。

 

 けれど同時に、怖かった。

 

 自分には時間がない。

 

 レイナの気持ちに応えれば、彼女を傷つけることになる。

 

 三年後。

 

 もしかすると、それより早く。

 

 自分は彼女の前からいなくなる。

 

「レイナ」

 

「何?」

 

「俺は――」

 

 言葉が続かなかった。

 

 好きではないと言えばいい。

 

 そうすれば彼女は傷ついても、いずれ別の誰かを好きになる。

 

 普通の未来を歩ける。

 

 けれど、レイナの瞳を見ていると、嘘が言えなかった。

 

「今は、返事できない」

 

 悠真がそう言うと、レイナはしばらく黙っていた。

 

 そして、ゆっくりうなずく。

 

「うん」

 

「悪い」

 

「謝らないで」

 

 レイナは少し寂しそうに笑う。

 

「嫌いって言われなかっただけで、今はいい」

 

「嫌いではない」

 

「それ聞けたら十分」

 

 彼女は本当に優しかった。

 

 自分が告白した直後なのに、悠真を困らせないように笑っている。

 

「あとさ」

 

 レイナが続ける。

 

「病気のことも、今は聞かない」

 

「……ありがとう」

 

「でも、いつか話して」

 

「いつか」

 

「絶対ね」

 

「約束はできない」

 

「じゃあ、ウチが約束させる」

 

「強引だな」

 

「ギャルだから」

 

「便利な言葉にするなよ」

 

 少しだけ、いつもの空気が戻った。

 

 レイナは椅子をベッドの近くへ寄せる。

 

「今日はもう帰ろ」

 

「部活動紹介は?」

 

「悠真より大事な部活ないし」

 

「またそういうことを言う」

 

「本音だから仕方ない」

 

 レイナは頬を赤くしながらも、今度は言葉を撤回しなかった。

 

 それからしばらく休み、悠真の体調が落ち着いたところで、二人は保健室を出た。

 

 体育館では、ちょうど部活動紹介が終わったところだった。

 

 翔たちが校舎前で待っていた。

 

「大丈夫か?」

 

 翔が心配そうに近づく。

 

「ああ。もう平気」

 

「無理すんなよ」

 

「わかってる」

 

 美咲はレイナを見る。

 

「ずっと一緒にいたの?」

 

「うん」

 

「何かあった?」

 

「何もない!」

 

 レイナが大きな声で答える。

 

 顔が赤い。

 

 美咲はすぐに何かを察したらしい。

 

「へえ」

 

「その顔やめて!」

 

「何も言ってないよ」

 

「言ってる顔してる!」

 

 梨花は悠真へ柔らかく笑いかける。

 

「帰れる?」

 

「大丈夫」

 

「じゃあ今日はゆっくり帰ってね」

 

「ああ」

 

 校門を出ると、レイナは当然のように悠真の隣へ並んだ。

 

 いつもより少しだけ距離があった。

 

 告白したことを意識しているのだろう。

 

 悠真はその距離が、かえって寂しく感じられた。

 

「レイナ」

 

「何?」

 

「もう少しこっち歩けよ」

 

「え」

 

「車道側、危ないだろ」

 

 本当は、ただ離れてほしくなかっただけだ。

 

 レイナは一瞬驚いたあと、嬉しそうに悠真の隣へ近づく。

 

「じゃあ袖つかんでいい?」

 

「どうしてそうなる」

 

「倒れたら支えるため」

 

「それ昨日も聞いた」

 

「今日は本当にそれが目的」

 

「残り半分は?」

 

「言わない」

 

 レイナは悠真の袖をつかんだ。

 

 ほんの少しだけ。

 

 手をつなぐより遠く、離れて歩くより近い。

 

 今の二人には、それくらいがちょうどよかった。

 

「日曜、ちゃんと来てね」

 

「コラボカフェ?」

 

「うん」

 

「行くって言っただろ」

 

「告白したあとだから、気まずくなって断るかと思った」

 

「断らない」

 

「……デートでも?」

 

「言い方は何でもいいって言った」

 

 レイナは俯く。

 

 だが、口元は嬉しそうに緩んでいた。

 

「じゃあ初デート」

 

「好きに呼べ」

 

「服、可愛いの着てく」

 

「いつも制服だろ」

 

「私服のウチ、マジで可愛いから覚悟してて」

 

「自分で言うんだな」

 

「事実だし」

 

 レイナは得意げに笑う。

 

「悠真、絶対惚れるよ」

 

「今より?」

 

 何気なく返した。

 

 レイナが立ち止まる。

 

「今、何て言った?」

 

「何でもない」

 

「今よりって言ったよね?」

 

「言ってない」

 

「言った!」

 

 レイナが悠真の袖を強くつかむ。

 

「それって、今も少しは惚れてるってこと!?」

 

「知らない」

 

「逃げないで!」

 

「走ると危ないだろ」

 

「じゃあ歩きながら答えて!」

 

「答えない」

 

「悠真!」

 

 夕方の道に、レイナの明るい声が響く。

 

 悠真は少しだけ歩く速度を上げた。

 

 レイナはその隣を離れない。

 

 袖をつかんだまま、何度も問いかけてくる。

 

 好き。

 

 その言葉を聞いたことで、何かが変わった。

 

 もう、ただの友達ではいられない。

 

 かといって、恋人になる勇気もない。

 

 三年という期限を抱えたまま、誰かを好きになることが正しいのか。

 

 悠真にはまだわからなかった。

 

 けれど一つだけ確かなことがある。

 

 レイナと歩く帰り道が、終わってほしくない。

 

 明日も彼女に会いたい。

 

 日曜日も一緒に出かけたい。

 

 その気持ちは、病気を理由に消せるほど弱くなかった。

 

 駅の改札前。

 

 レイナは悠真の袖から手を離した。

 

「じゃあ、また明日」

 

「ああ。また明日」

 

「朝、待ってるから」

 

「待ちすぎるなよ」

 

「無理」

 

「どうして」

 

「早く会いたいから」

 

 レイナは照れながら笑った。

 

「今日、好きって言っちゃったし。もう隠さなくていいかなって」

 

「少しは隠してくれ」

 

「嫌」

 

「即答かよ」

 

「これから本気で振り向かせるから」

 

 レイナは一歩下がり、胸の前で小さく拳を握る。

 

「悠真の最推しになる」

 

「その言い方、オタクだな」

 

「オタクだもん」

 

「俺もだけど」

 

「じゃあ相性ばっちりじゃん」

 

 レイナは満面の笑みを浮かべ、改札を通っていった。

 

 悠真はその背中を見送る。

 

 胸の奥には、まだわずかな痛みが残っていた。

 

 それでも同時に、別の温かさがあった。

 

 帰宅後。

 

 レイナは自室へ入るなり、ベッドへ倒れ込んだ。

 

「言っちゃったああああ!」

 

 枕へ顔を埋め、足をばたばたと動かす。

 

「好きって言った! 普通に言った! 最悪! いや最悪じゃないけど!」

 

 保健室でのことを思い出す。

 

 心配で。

 

 怖くて。

 

 悠真が何か大きな秘密を抱えているように感じて。

 

 気づいた時には、好きだと口にしていた。

 

「もっと可愛く告白する予定だったのに……」

 

 夜景の見える場所。

 

 あるいは夏祭り。

 

 せめて日曜日のデート。

 

 そういう場所で、きちんと気持ちを伝えたかった。

 

 それなのに実際は、保健室のカーテン越し。

 

 涙声。

 

 あまりにも計画性がない。

 

「でも嫌いじゃないって言った」

 

 レイナは枕から顔を上げる。

 

 悠真は返事をしなかった。

 

 けれど、拒絶もしなかった。

 

 日曜の約束もそのまま。

 

 帰り道では、離れたレイナを呼び戻してくれた。

 

「これ、脈ありだよね?」

 

 自分に言い聞かせる。

 

「ある。絶対ある。てか作る」

 

 レイナは立ち上がり、クローゼットを開けた。

 

 日曜日に着る服を選ぶためだ。

 

 白いワンピース。

 

 短めのスカート。

 

 ピンクのカーディガン。

 

 何着もベッドの上へ並べる。

 

「悠真、どれが好きかな」

 

 まだ彼の好みを聞いたことがない。

 

 派手すぎる服は引かれるかもしれない。

 

 けれど地味すぎても自分らしくない。

 

 レイナは真剣に悩む。

 

 アニメの推しキャラのために服を選ぶことはあっても、現実の誰かのためにここまで迷うのは初めてだった。

 

「絶対、可愛いって言わせる」

 

 レイナは鏡の前で微笑む。

 

「悠真の最推しになるんだから」

 

 一方、悠真は自室で、机の上の薬を見つめていた。

 

 病院から処方された錠剤。

 

 胸の痛みを抑えるもの。

 

 今日もこれに助けられた。

 

 スマートフォンには、レイナから届いたメッセージが表示されている。

 

『今日はごめんね』

 

『でも好きって言ったのは本当だから』

 

『返事はいつでもいいよ!』

 

『日曜日は絶対来てね!』

 

 悠真は長い間、画面を見つめていた。

 

 そして短く返信する。

 

『謝る必要はない』

 

『日曜は行く』

 

 少し迷ったあと、もう一文を加えた。

 

『俺も楽しみにしてる』

 

 送信した瞬間、すぐに既読がついた。

 

『え』

 

『待って』

 

『嬉しすぎる』

 

『スクショした』

 

『一生保存する』

 

「大げさだろ」

 

 悠真は笑った。

 

 その直後、胸が小さく痛む。

 

 悠真は薬を飲み、椅子へ深く座った。

 

 残り三年。

 

 自分は恋をしてもいいのだろうか。

 

 誰かの未来に入り込んでもいいのだろうか。

 

 答えはまだ出ない。

 

 けれど日曜日を楽しみにしている自分がいる。

 

 レイナの私服を見たいと思っている。

 

 彼女がどんな顔で笑うのか、もっと知りたいと思っている。

 

 それはもう、ただの友情ではなかった。

 

 桜が三度散るまで。

 

 残された時間は、少しずつ減っていく。

 

 けれど悠真の世界には、その限られた時間を一緒に過ごしたいと思える少女が現れた。

 

 金髪で。

 

 白いメッシュで。

 

 少し強引で。

 

 誰よりも優しく、可愛いギャル。

 

 白雪レイナはこの日、朝倉悠真に初めて「好き」と伝えた。

 

 そして悠真もまた、自分の心に芽生えた感情から、もう目を逸らせなくなり始めていた。




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