父親の大賢者がロリコンだったから 作:ていわと
かつて古代の賢者が言った。
新生は尊いものだ。命の誕生は希望の始まり。たとえ世界がどんなに枯れようと、新しい命は祝福されねばならない。愛されるべきだ。すべからく、命が減り続ける現世の中で、未来の礎とするために。
礎という言い回しはどうかとは思うが、草の神はこの言葉が好きだった。
およそ五百年前に誕生した草神クラクサナリデビ。
彼女も誕生は尊いものだと思うし、愛されるべきだとも考えている。愛は花を咲かせるための大切な養分となる。素敵な人間になるためには愛は必要不可欠、とまでは言わないが重要なものだ。
──静寂が心に染みる。
クラクサナリデビは普段やることがない。暇だ。
やりたいことは沢山あるが、残念ながらどれもこれも実現不可能。誕生して間もなく
知恵の国スメールの権力者達は新たな神の誕生を良しとしなかった。神が生まれたということは神が死んだことを意味する。そのように解釈した彼らは前神の崩御を大いに嘆き、新たな神を認めなかった。
最初の最初こそ丁寧に扱っていたが、前神ほどの能力がないと判断すると態度は一変。新たな神への信仰が根付くのを良しとせず、スラサタンナ
──静寂が心を満たす。
だから、クラクサナリデビは暇だ。一応やることはあるが簡単すぎて退屈だ。
自分の力のみで脱出は不可能。
封印器具は前神マハールッカデヴァータ謹製のもので、内側から破壊するのは困難である。
たまにジタバタしたくなる時もあるが、そんなことをしても無意味なことはわかっている。現在の気持ちは諦めにも似ていた。
少し悲しくもあった。
自分が生まれたことで賢者達は嘆き、深い絶望に囚われた。祝福されたことなど一度もない。当然、愛された経験もない。
──静寂が己を満たす。
賢者達は五百年経った今も前神を望んでいる。
世界樹の記憶と繋がる能力を持つ全知全能の存在にして、スメールのほぼ全てを作ったとされる偉大な神を。
彼女に比べれば自分など小さな存在だ。
だから失望されたのも仕方ない。そう考えると暴れたい衝動は収まるが、少し落ち込む。常に涼しい顔をしてはいるが、クラクサナリデビの内心は複雑であった。
──静寂。
いつまでこの状態が続くのか。
次に外に出られる時は、もしかしたらスメールが滅んだ後かもしれない。最近、そんな物騒な想像をするようになった。
原因は会話相手にある。
クラクサナリデビは、たまに他人の意識に語りかけることがある。頻度はかなり少ないが、弱っている人を見つけたら元気づけるようにしているのだ。
あまりやりすぎると面倒なことになるので、本当にたまに。もちろん人間の側から繋がることはできない。話しかける時はいつも、クラクサナリデビの方からだった。
しかし、例外が現れた。はじまりは、今からおよそ五年程前のことだ。
「人生が嫌になったんで、今からスラサタンナ聖処に殴り込んで全てを破壊したいと思います」
「待ちなさい。早まってはいけないわ。そんなことをしては人生が台無しになってしまうわ。いったい何があったというの」
「父がロリコンでした。死にたい」
「……ごめんさい。わたくし、よく聞こえなかったわ」
頭の中で会話しているのは少年である。
たしか今年で十六歳。大人の男になるのはまだ先のことになりそうだが、初対面の時に比べるとそれなりに成長した。
彼は不思議である。不可思議であった。
どうやっているのかはよくわからないが、クラクサナリデビの意識に侵入しているのだ。本人いわく寝ると勝手に出てくるそうだが、クラクサナリデビに自動邂逅の機能はない。原因は明らかに向こうだ。何かしら特殊な力を持っているのだろう。
「父がロリコンでした。ロリコン。ロリコ」
「わかったからもう言わなくていいわ。愉快な言葉では無いから連呼するのはやめて」
「ごめんなさい」
「よろしい。それで? どうしてその卑しい結論に至ったのかしら?」
「父の部屋のベッドの下に、幼女の写真集があったんです。水着の。みんなほとんど裸の、どう考えてもえっちな」
「とても不潔だわ。人の業の深さを思い知らされた気分だわ」
少年の名はリラク。
昔は屈託なく笑う子だったのだが、ここ最近は憔悴気味で情緒が怪しい。そして、本日は終末を垣間見てしまったような酷い顔をしている。血迷って凶行に走らないことを祈るばかりだ。
「リラ、何かの間違いではないの? だって、あなたのお父さんは大賢者でしょう? アザールが幼女への偏愛趣味を持っているなんて、にわかには信じがたいわ」
クラクサナリデビは彼を落ち着かせるため、できるだけ言葉を選んだ。ロリコンよりは偏愛趣味の方がオブラートだと思ったのだが、あんまり変わらないような気がする。むしろ危ない雰囲気が高まったような……言葉とは実に難しいものである。
「他に、無垢主義っていう小説もあって、そっちもヒロインは幼女でした。七歳の。僕、今からスラサタンナ聖処に殴り込んで」
「待ちなさい。父親の性癖がなんだというの。あなたはあなたじゃないの。そんなことで人生に棒に振る必要はないわ。殴り込みなんてかけたら拘束されること間違いなし。処刑されることはないだろうけど、シティから追放されるかもしれないわよ」
「そんなことって、ロリコンは重罪でしょ……万死に値する! そんな不届き者は粛清が妥当!」
「急に武士みたいな口調になったわね。稲妻の国の小説でも読んだのかしら?」
「読みました」
「素直なのはあなたの美徳ね。できればこのまま落ち着いてくれると嬉しいわ」
悩める少年をなだめる一方、頭痛がしてきた。
彼の父親、アザールという白髪の男性はスメールの統治機関『教令院』のトップだ。六大賢者の中から選出される『大賢者』、という最も権力がある立場にいる。
性格は学者の悪い部分を煮詰めたような感じで、高慢で自己顕示欲が強い。知恵は万能であるという狂信を抱いており、神をも見下す選民思想の持ち主だ。
賢者の半分以上は同じような考えに囚われており、それはクラクサナリデビとは相容れない思想である。
それでも、彼らの全てを否定するつもりはないし、そんな権利がないのもわかっている。完全な間違いや完全な悪。そういったものと相対するのは極めて稀だ。彼らなりの正義があることも、クラクサナリデビはわかっている。
「はぁ……恥ずかしい。なんか凄く暴れたい気分です」
「無理もないわ。でも、人生を台無しにしてしまうような選択に走るのは禁物よ。スラサタンナ聖処を襲撃するというのは、それだけのことなの。一時の感情で手を染めるには、重すぎる罪になるわ」
そんなことをすれば絶対に後悔する。
父親との間には埋められない亀裂が生じるだろうし、人命に関わる可能性も大いにある。たとえ大賢者の子息といえども重罪は重罪。それも関係が上手くいっていないとなると、あっさり永久追放なんて結末もありえる。
ストレス解消なら他でやるべき。
誰に話しても同じ答えが返ってくるだろう。
「一時の感情じゃないですよ」
「あら、そうなの?」
「そうですよ。罪っていうなら、これ以上あの人に罪を重ねて欲しくない。あなたもそんな場所にいるべきじゃない。これは、ずっと思ってることです」
「そう。気持ちは嬉しいけど、人はそれを蛮勇と呼ぶの。わたくしを解放するつもりなら、やめておきなさい。ここに来たとして、あなたには何も出来ないわ」
身を案じてくれているのだとしても、クラクサナリデビの結論は同じだ。
多少腕に覚えがあっても、封印器具を破壊できるとは思えない。不思議な力を持っている子だから試す価値はあるが、とりあえずやってみようで実行させるつもりはなかった。不確定要素だらけの賭けで人生を狂わせるわけにはいかない。これが緊急時なら話は変わってくるが、今すぐに脱出しなければならない理由は見当たらなかった。
思想はどうあれ、教令院はスメールを上手いこと統治している。完璧ではないにしろ、五百年も維持するのは大変なことだ。神を軟禁するという所業はともかく、彼らの功績は大きい。
「奇跡が起こって装置を破壊できても、アザール達はわたくしの自由を認めはしないわ。彼らの統治を否定できるだけの決定的な材料もない。ここから出ることができたとしても、逃げの一手になるでしょうね」
「でも、あなたは神でしょう? 神を軟禁していたってみんなが知れば……」
「スメールの民の大部分にとっての神は、わたくしじゃない。マハールッカデヴァータよ。そして、軟禁の理由なんていくらでもこじつけられるわけ。事が明るみに出たとしても、アザール達はそれらしい主張をするでしょうね。その時、無能な神を民が庇ってくれるかどうか。むしろ批難の言葉もありそうね」
この五百年、マハールッカデヴァータへの信仰は薄れていない。教令院がそのように仕向けた。対してクラクサナリデビは
そんな神を誰が信じる?
学者の息子にしては直情的な彼であっても、考えずともわかるはずだ。
「わたくしのことなら心配ないわ。こうして新しいお友達もできたことだし、ちゃんと退屈は紛れているもの」
「五百年ですよ」
「それがどうかしたの?」
「そんなに長い間、変わらず優しい神で居続けてくれたのは奇跡的だと思ってるんです。でも、いつまで続くかはわからない」
「何が言いたいのかしら?」
「保証は無いでしょってことですよ。見限られても仕方ないことしてるんですよ、あの人達は。いや、この際それでもいいんです。僕は単純に嫌なんですよ。友人が不当な扱いを受けていることが」
保証はない。
それはたしかにそうだ。神は人間とは精神強度が異なるが、それでも孤独は毒である。無自覚のうちに摩耗し続け、人格が変わってしまう可能性は否定できない。まあ、そのためには長い年月を要するだろうが。
仮に五百年後、今と同じようにいられるかどうかは、正直なところ自信はなかった。
「友人ね。とても素敵な響きだわ。それならどうかわかってちょうだい。友人の人生を壊したくないと思うわたくしの気持ちも。だから神として命じるわ。あなたは目の前の日常を生きなさい。破滅に向かって進むことは、わたくしが認めないわ」
少年、リラクは「わかりました」と言った。
振り返ると彼の姿は消えており、この日の会話はそれで終わった。
クラクサナリデビは表情を変えず、眉ひとつ動かさない。
大賢者が幼女趣味。
鳥肌が立ってきた。
◆
「付き合う友人は考えろ。まさか私の立場を知らぬわけではあるまい。拾ってやった恩を仇で返すなど、マハールッカデヴァータ様もお嘆きになられるだろう」
朝食の席。
父は不機嫌そうに低い声を発し、並んでいた食事を下げさせた。どうやら口に合わなかったようで、バターたっぷりトーストは破棄決定。ウインナーは噛みごたえが宜しくなかったようだ。おまけにサラダは鮮度が悪いと悪態をつく。食べ物は大事にして欲しいものである。
「聞いているのか、リラク。全く
少年は生涯を振り返ってみたが、生憎と何も教えて貰っていない。母親との会話の九割はアザールに対しての愚痴だった。リラクはただ頷いていただけである。ひたすら苦痛な時間だった。
「とにかく、付き合う友人は考えろ。品のない連中と付き合うな。教養のなさは
「わかりました。ところで時間は大丈夫ですか?」
外はまだ薄暗い早朝。
本日は大切な会議があるとかで、昨晩は遅くまで準備をしていたようだ。
「お前にスケジュール管理を心配されるなど、私が耄碌してるように見えるか? ふん……少しは感謝して欲しいものだ。こうして餌をやり続けてやっているというのに、お前はどんどん反抗的になっていくな」
少年は老けたなぁと思った。
ここ数年で一気に。歩くペースが遅くなって、いつの間にか髪も髭も真っ白になった。
教令院の青いジャケットを羽織る仕草も、かなり体が重そうに見える。
大賢者アザールは父である。
少なくとも世間的には、リラクとアザールは親子であった。
「そうだ。今日の夜は家にいるようにしろ。スネージナヤへの留学の件で話がある」
「わかりました」
アザールは低い声で告げると、のそのそと家を出ていった。
スネージナヤへの留学。
急に『見識を広めてこい』と言い出したのが半月前。それまで完全に無関心だったのにどういう風の吹き回しなのか。絶対に行きたくないので、どうにかして逃れる手段を探している。話し合ってもダメなら暴れて拒否するつもりだ。
これが子供を想ってのことなら応えたいとも思うだろうが、残念ながら超高確率で違う。他になにか思惑があるのだろう。単に鬱陶しいから遠ざけたいのかも。そうすれば別の悩みもなくなるし一石二鳥と。
「大賢者様は偉いから、思い通りにならないことが許せないんだろうな。にしたって親の仇みたいな目で見なくても……好きで怒らせてるわけじゃないんだけどなぁ」
アザールは息子の素行について頭を悩ませている。
別に素行不良しているつもりはないのだが、彼からすれば『けしからん』。価値観の相違というやつだ。
歩み寄ることのできる余地は皆無。悲しいことである。
◆
「だ、大賢者様が幼女趣味……!?」
「しっ、ニィロウさん声が大きい。不敬だなんだっていちゃもんつけられるから、気をつけないと」
「あっうん。実際不敬だけどね……あはは」
私は踊り子のニィロウ。
最近は朝から晩まで踊り狂いたい気持ちなんだけど、禁止されちゃったから困ってる。
家で一人で踊る分にはいいんだけどね。お客さんを集めて公演すると逮捕されるからできない。教令院の締め付けが厳しくなって禁止令が出ちゃったの。
芸術は低俗なもの。知恵の国には相応しくない! とかなんとか。私にはよくわからない。勉強はあんまりできないし、教令院の人達によると教養もないらしいから。
「リラ、大丈夫? つらいよね。お父さんがロリコン……ううん、幼女趣味。じゃなくて、小さい女の子にしか愛を注げない可哀想な……いや、もっとほかに言い方」
「何をどう言い換えても、気持ち悪いっていう事実は消えないんですよ……だからもうなんでもいいです」
こういう時に実感させられる。
やっぱり私は頭が良くないんだなぁ。って。
上手くオブラートに包んであげたいけど無理だった。語彙力が足りないよ。
「ごめん。もう少し本とか読むようにする」
「読書はいいことだけど謝る必要はないんで。謝らないでくださいほんと」
ちょっと活気のないグランドバザール。
本当なら賑やかな芸術的な場所。少し前までは素敵な演奏だったり演舞だったりが日常的に見られて、みんな楽しそうにしてた。
今は締め付けが厳しくなっちゃって、盛り上がることはあんまりない。商人さん達はいい迷惑だって言ってる。雰囲気に酔って買ってくれるお客さんが沢山いたのに、おかげで売上が下がってるって。
「んんっ。それにしても珍しいね。あなたが私に会いに来るなんて」
「そうですか?」
「うん。かなりわかりやすく怪しい」
「そっかぁ……」
「うん」
黒い髪の男の子、リラクは私の友人だ。
昔は私の胸くらいまでしか身長なかったのに、ここ数年で一気に抜かれてしまった。なんでかはわからないけどショックだった……それはともかくこの子との付き合いは長い。
私が踊り出した頃から公演を見に来てくれてて、お手紙をくれたこともあったな。内容は『生きててよかったと思いました』。私はすごく心配した。
「前にあったの二ヶ月くらい前だよね。なにしてたの? もしかして暇してた?」
「いや、それが結構忙しくて……
「やることがなかったんだね。あなたは暇になると戦いに行く癖があるもんね」
引き続き今も心配している。
この子は変な癖がある。スケジュールが空くと魔物と戦いに行って、危険地帯にも平気でずかずか入っていくの。
死域っていうのはスメール特有の現象で、アビスっていう危ない力に汚染された場所のこと。放っておくと周りの植物や動物が死んじゃうから、魔物を倒してから『しゅよう』っていうのを破壊しなきゃいけないんだって。主に森のレンジャーさん達がやってる仕事で、一般人は普通やらない。すごく危ないから。
「戦闘力を高めるのは大切なんで。ほら、なんだかんだ言っても結局最後は戦いでしょ?」
「ごめん。私、そんな殺伐とした世界に生きてないからわかんない」
「そっかぁ……」
「そうだよ」
最初の頃はよくレンジャーさん達に怒られてたみたい。でもホイホイ死域を破壊しちゃうもんだから、今じゃ黙認されてるんだって。
私は心配してるけど、本人は充実してるみたいだよ。いい事すると心が洗われる気がするんだって。それを聞いて私の心配度は上がったよ。
「あのさ、いいからね。気にしなくて。芸術禁止令はあなたのせいじゃないし、大賢者様が言い出さなかったとしても、遅かれ早かれこうなってたよ」
そうそう。折角会えたことだし、言いたかったことを伝えておかないと。
この子が私を避ける原因はわかっている。
きまずくて罪悪感がすごい。そんな感じだ。
芸術禁止令を言い出したのは大賢者様だから、息子っていう立場なら気まずいよね。そうなるのは馬鹿な私でもわかるけど、できれば我慢して欲しい。避けても何もいいことないから。こんなことで友達が減るなんて、私は悲しいしね。
「教令院の人達は同じ考えの人が多いから、仕方ないよ。でもね、踊るのをやめるつもりはないの。そのうち外国に行こうかなっても考えてるし。落ち込んでても仕方ないから、できることしないと」
「すみません、僕にはなんとも……」
「言えないよね。でも大丈夫。こうなったら世界的に有名な踊る子になるから」
何が大丈夫なのかはわからないけど、きっと大丈夫だ。ていうか私のことはいいんだよ。いきなり会いに来るなんて変だし、考えすぎて変なことになってなければいいんだけど……私はそれが心配です。
お父さんのことかなり嫌いみたいだから、今回のロリコン騒動が引き金にならなければいいな。刃傷沙汰とか洒落にならないよ。大賢者様を殺害して逮捕されたりしたら、私は泣く。
「はじめは
「はは……元気ですね。千織屋は知ってます。店主が怖い人なんですよね」
「怖いじゃなくて凄いね。同性としては憧れるよ。自信に満ちあふれてるらしいし、少し分けてほしい」
優柔不断はダメだよね。自覚ある。
これでも直そうと努力はしてて、最近は結構ワガママとかも言ってるつもり。つもり。周りからどう見えてるのかはわかんない。ちょっとズレてる可能性もなきにしにあらず。
「……あ、もうこんな時間だ。すいません、帰りますね。僕が言えたことじゃないけど頑張って」
「言えたことだよ。うん。もちろん頑張るけど、暇なら公演見に来てね。さっきも話したけど踊るのはやめないから」
「わかりました」
「それならいいけど」
会話はこれで終わり。
目が笑ってないのを確認して、バイバイした。
嘘つくのは私よりも下手なんだよなぁ。なんか変なこと考えてるのがわかってしまった。どうしよう。
◆
「君も大変だね。父親が大賢者様でロリコンって。私だったら殺してるかも」
スメールにはエルマイト旅団という傭兵組織がある。砂漠の民を祖とする同組織はまとまりに乏しく、報酬次第でどんな組織にも与する。そのため一括りにするのは難しく、生活拠点は各地に点在している。
同じエルマイト旅団であっても雇い主が違えば衝突することもあるし、時には殺し合いになることも。
「父親がロリコンだったら、殺してるかも! あはは!」
そんなエルマイト旅団の一員の少女、ジェイドはケラケラと笑い声をあげた。
目元には紫色の布が巻かれていて、それは砂漠の民なら一般的に見られるファッションである。
「父さん、聞いてる? もしロリコンだったら」
「ジェイド、ジェイド……違うと思うよ。ジェブライラさんはロリコンなんかじゃない……ないですよね?」
場所は小汚い酒場である。
ニィロウと話をした翌日、リラクはシティの外に出ていた。目的は雇用だ。できるだけ信用できそうな傭兵を雇って、
カチ込むところは決まっている。何を隠そうスラサタンナ聖処である。この少年、あれだけ神に忠告されたというのに
「父さん、どうなの? いたいけな幼女を見てハァハァしたりしない?」
「するわけがない」
「つまんないよ。ボケるとかしなよたまには」
「面白さを他人に強要するな。それに依頼者の前だぞ。もう少し落ち着きを持て」
「あーはいはい。わかりましたよもー。つまんないなぁ頑固オヤジは」
目をつけたのは父娘で活動している二人。父親の方がジェブライラ。娘の方がジェイド。二人とも褐色の肌がまぶしい。
どうしてこの二人なのかというと、強いからだ。
魔物の大群を蟻を踏み潰すがごとく蹂躙していたのを見て、これは頼りになりそうだと思った。
人柄はいい感じ。今のところ信頼できそうなので、このままお願いしようと思っている。
「報酬、本当に後払いでいいんですか?」
「ああ、それで構わない。そちらこそ大丈夫なのか。結構な大金だが……お前の話には思うところがあるし、多少
ジェブライラは渋い声で言った。しかし報酬まで渋くなっては申し訳ない。後のことなど考えていないので全財産を渡すつもりだ。暇があれば危険地帯で色んなものを拾ってきて、売って。そんなことを繰り返していたので金はそれなりにある。
だが、それにしたって内容が内容だ。スメール教令院に喧嘩を売ることになるのだから、断られるかと思っていたのだが
「ジェイドは?」
「あたしもいいよ。教令院の奴らは気に食わないし、神様を軟禁してるとか何様っても思うし。ぶっ殺してわからせてやろうよ」
「できれば絞め落とす方向でお願い……」
「じゃあ手足は全て落としていい?」
「できればどっちかで……」
「注文が多いなぁ……」
ジェイドは爛漫な雰囲気……というだけではなく物騒でもあるが、頼りになるのは間違いない。
作戦は夜間の奇襲。
封印器具が壊せなかった時は隠し通路を使って逃げてもらえばいい。この二人なら大丈夫だろう。
「リラク、わかっているとは思うが、やるからには最後までやる。
ジェブライラはなぜか物凄く乗り気だ。
表情は石像のように動かないが、娘のジェイドからすると上機嫌とのこと。口角がヒクヒクしている時は機嫌が良いらしいが、じっと見ても全くわからなかった。
「偉ぶってるくせにバチあたりな連中、抵抗するならぶっ殺してやる」
「お願いします。絞め落とす方向で」
「じゃあ、ぶっ壊すのはいい?」
「どこをですか?」
「頭。もしくは心臓」
それはもう殺している。
傭兵を生業とする人間は何人か知っているが、ジェイドほどの凶暴性は初めて見た。
人当たりは良いし子供にも優しいのに、ぶっ殺すことに躊躇がない。リラクからすると凄く歪に感じられたが、傭兵に民間人の感覚をあてはめてはいけない。
「ところで、なんでこんなことしようと思ったの? やっぱり草神様を助けたいから?」
「いや、父親がロリコンだったから」
決行は今夜。たとえ失敗したとしても楽になれる気がする。この雁字搦めの日常が壊せるなら、無茶でもなんでもやってやるつもりだ。