それは何かの祭りだった。どこだったのか、いつだったか、誰と行ったのか、全てが曖昧だ。
でも、それが夏だったことは分かる。外にいるだけで蒸し暑く、不愉快な夏。今でもそれは変わらない。夏なんて必要ないだろと思ったことが何度もある。
ただあのときは夏が恋しかった。特別で何でもできる気がした。
絶対に取れやしない射的のゲーム機、高いだけのかき氷、取ってもいらないだけの金魚掬い、次の日にはいらないものになってる何かのキャラのお面。
そう、今となっては魅力が感じられない。でも昔は違った。
ラムネ瓶。飲みきった後に残るビー玉。振ればガラス同士の合唱が聞こえる。
買おうと思えばスーパーで買える。味も絶品という訳ではない。
ただあのときはどんなものよりも価値があった。ラムネ瓶の中のビー玉はその場限りの宝石だった。祭りの中ではどんな物よりも輝いて見えた。
友達に押し付けられた水風船も、くじ引きで引いたよくわからない玩具も、型抜きで貰った残念賞も。
どれもその場限りの宝物だった。それでも日を跨げば、祭りの熱が冷めてしまえば——。
……魔法が解けたかのようにそれらが持っていた輝きが消えていくのを実感した。
そして翌日には、食べ物は味気ないものとなり、手に入れたものはいらなくなった。
でも捨てるのは何だか勿体なくて机の中にしまう。使うときはもう来ないのに。
使うときが来なくても、手に取る日はいつか来る。それが今日だった。
引っ越しの準備のために机の中を整理していた。
鉛筆、シャーペン、ボールペン、消しゴムなど。文房具がいくつも机の中に散乱していた。
それを取り出し、いるかいらないかを判別する。
そんな時にビー玉を見つけた。柄や装飾がないラムネのような青色だった。
手に取って光にかざしても輝きはない。
ただビー玉だなという感想しか出てこなかった。
昔はこんなものをありがたがっていたのか。
それが成長というものなのだろう。物の見方が変わっただけ。よくあることだ。
そうであるはずなのに胸の奥がチクリと痛んだ。
忘れてしまったものがある。変わってしまったものがある。それは無邪気な自分だ。
知識や社会というものが自分を縛り、枷となる。そして固定観念、常識に従うようになる。
もちろん、未来への期待や楽しみはある。もうすぐ始まる新生活にも。この感覚を忘れないようにしたい。
これを忘れてしまえば、今度こそ何もかも無価値だと思ってしまいそうだから。
「大人になっちまったなぁ〜」
言うなればこれは哀愁だ。ノスタルジーだ。過去を尊び、未来を憂う。ただそれだけの話。
日は傾いている。片付けの最中に、昔の物品が目に入り、それに浸って時間を潰すのはよくあることだ。
子供の笑い声が聞こえる。ふと外を見ると浴衣や甚平を着た子供たちが神社へ向かっている。
「そうか……今日は祭りか……」
財布を持ち、玄関を出る。
蒸し暑い。動いてもいないのに汗が滲み、不愉快だ。
それでも今この瞬間だけは何だか愉快だった。
そう、俺はこれからあの日の自分を見つけにいくんだ。