コユキ「ユウカ先輩とノア先輩って凄いですよね!!」 作:世界一雑な男(ハーメルン垢)
煙がくすぶる廊下で、ユウカちゃんが銃口を下げながら溜息をついた。
暴走した警備ロボット群は全て破壊されたけれど、私たちの心は少しも晴れていなかった。
私の目の前では、ロボットの攻撃を身を挺して防ぎ、怪我を負ったコユキちゃんが救急搬送の準備をされている。命に別状はないものの、痛々しい擦り傷や打撲痕だらけだ。
ユウカ「なんで……なんであんな無茶をしたのよ、あの子は……!」
ノア「……コユキちゃん、自分が盾になるように立ち回っていましたね」
私は手帳を開き、記憶と記録を照らし合わせる。
最近のコユキちゃんの行動。脱獄をしなくなったこと。反省部室での様子。すれ違う生徒たちの心ない噂話。そして――あの決意を秘めたような、どこか痛々しい笑顔。
ユウカ「わけが分からないわ。いつものコユキなら、真っ先に逃げ出すか、私たちの後ろに隠れるはずでしょう? なのに、わざわざ危険な方へ突っ込んでいくなんて……」
ノア「ユウカちゃん。コユキちゃん、最近何か悩んでいる様子はありませんでしたか?」
ユウカ「悩み? あいつが……? ううん、反省部室から出てきてからは、なんだか大人しいというか……不気味なくらい素直だったわ。でも、まさか自分から傷つきに行くなんて」
ユウカちゃんの手が小さく震えている。不器用だけど誰よりも後輩想いの彼女だ。コユキちゃんの変化に戸惑い、恐れているのが伝わってくる。
ノア「……コユキちゃんの最近の言動、そして今日の行動。一つの可能性として……自分の『存在価値』や『過去の過ち』に対して、極端な罪悪感を抱いているのかもしれません」
ユウカ「罪悪感……? コユキが……?」
ノア「はい。自分がかけた迷惑の重さに潰されそうになっていて……『自分を犠牲にすることでしか、許されない』と思い込んでいるとしたら……」
ユウカ「そんなバカな……! 確かに今までたくさん迷惑はかけられたわよ!? でも、だからってあの子に傷ついてほしいなんて、誰も思ってないのに……!」
ユウカちゃんは強く拳を握りしめた。
ユウカ「ダメよ、こんなの。次また同じようなことが起きたら、あの子本当にとんでもないことをしかねないわ……当分、危険のある仕事は一切禁止。反省部室にも入れない。とにかく、私の目の届く範囲で絶対に安全な雑用だけをやらせるわ」
ノア「ユウカちゃん……気持ちは分かりますが、それが逆効果にならなければ良いのですが……」
私の胸に、拭いきれない不安が広がる。
コユキちゃんが求めているのは「安全」ではなく、「自分がここにいても良いという理由」かもしれないのだから。
〜コユキside〜
数日後。怪我が治った私に言い渡されたのは、さらなる「お咎め」だった。
コユキ「え……書類のシュレッダー掛けと、資料室の掃除……だけ、ですか?」
ユウカ「ええ。今の貴方に任せられるのはそれくらいよ。余計なことは一切しないで、大人しくしてなさい」
ユウカ先輩の声は冷たかった。きっと、私がまた余計なことをして怪我をしたから、呆れ果ててしまったんだ。
コユキ「あ、あの! 私、もっと頑張れます! 先日のデータ解析だって、私ならもっと早く――」
ユウカ「駄目よ。コユキ、貴方は今、自分の状況分かってるの? しばらくおとなしくしていなさい。これは命令よ」
ピシャリと言い切られ、私は言葉を失った。
……仕事が、なくなった。
私から「暗号解読」や「計算」という役割を取り上げたら、私には何が残るんだろう?
ただの「迷惑な問題児」。ただの「ミレニアムの恥」。
部屋に戻る途中、また通りすがりの生徒たちの声が聞こえる。
「聞いた? コユキ、また騒ぎを起こして怪我したんですって」
「本当に懲りないわね。ユウカさんたちも大変よね、あんなお荷物抱えて」
「もう追放すればいいのに……」
お荷物。
追放。
コユキ「……私、何のためにここにいるんでしょうか……」
反省部室でノート丸々一冊に書き連ねた自分の罪。
それを少しでも返したくて、弾除けになろうとしたのに。それすらも失敗して、またユウカ先輩たちに迷惑をかけて、仕事を減らされて……。
コユキ「盾にもなれない……役に立つこともできない……じゃあ、私って……」
私という存在が、ミレニアムから、世界から、どんどん透明になって消えていくような感覚がした。
私は逃げ出すように、ミレニアムの敷地を飛び出していた。
どこへ行くあてもないまま、重い足を前に進めることしかできなかった。
〜ハルカside〜
ハルカ「はぁ……はぁ……私みたいなゴミが、今日も無事に依頼を終えられて……本当に奇跡です……」
日の暮れたキヴォトスの街角。
私、伊草ハルカは、便利屋68の依頼を終えて事務所への帰り道を歩いていた。
今日も色々と失敗しそうになったけれど、アル様が「この程度当然よ!」と笑ってくれたから、なんとか生きていられている。私みたいな社会の害虫、道端の雑草以下の存在を拾ってくれたアル様……アル様のためなら、私はいつでも爆弾になって弾けて見せます……!
そんなことを考えながら路地裏を通りかかった、その時だった。
コユキ「……うう……ぐすっ……」
壁の陰で、小さな女の子が膝を抱えて丸まっていた。
ミレニアムの制服を着た女の子。ピンク色の髪。
コユキ「私なんて……生まれてこなきゃよかったんだ……私がいなければ、ユウカ先輩も、ノア先輩も、みんな笑っていられたのに……」
コユキ「迷惑しかかけられないゴミ……私なんて、消えちゃえばいいのに……っ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと大きく脈打った。
ハルカ(あ……)
頭の中に、昔の自分の姿が嫌というほど溢れ出してきた。
誰からも必要とされず、存在するだけで害悪だと罵られ、自分の存在全てを否定していた、あの頃の私。
「死んだほうがまし」「消えてしまいたい」と、毎日泣いていたあの頃の私――。
ハルカ「あ……あの……」
気がつくと、私はその女の子に近づいていた。
コユキ「ひっ……! 誰、ですか……?」
顔を上げた女の子の瞳は、絶望と自己嫌悪でボロボロに傷ついていた。昔の私と、全く同じ目。
ハルカ「あの……聞こえて、しまいました……『消えちゃえばいい』って……」
コユキ「……笑いに来たんですか? そうですよ、私はミレニアムの害虫なんです。みんなに迷惑かけて、謝っても許されなくて……私なんて、いない方がみんな幸せなんですか……っ!」
自暴自棄になって叫ぶ女の子。
普通の人なら引いてしまうかもしれない。でも、私には痛いほど分かってしまう。
「迷惑をかけた」という罪悪感に押し潰されそうになって、どうしようもなくなっている気持ちが。
ハルカ「……違います……っ!」
コユキ「え……?」
私は夢中で、その女の子の前に屈み込んだ。
ハルカ「違います……! 私……私も、ずっとそう思って生きてきました……! 自分はゴミで、害虫で、生きているだけで人に迷惑をかける存在だって……! 誰も私なんて必要としてないって……っ!」
コユキ「あ……」
ハルカ「でも……でもっ! 誰かに『いらない』って言われても……自分でもそう思っちゃっても……本当は、誰かに『ここにいていい』って……言われたいんですよね……っ!?」
ボロボロと涙をこぼしながら吐き出す私の言葉に、ピンク髪の女の子――コユキちゃんは、息を呑んで固まった。
ハルカ「私を……救ってくれた人がいました。ゴミみたいな私に、『あなたが必要よ』って言ってくれた人が……! だから、分かります……貴方はゴミなんかじゃありません……!」
私は震える手を伸ばした。
いつもなら、こんなクズな自分が人に触れるなんておこがましいと縮こまってしまうけれど。今だけは、どうしてもこの手を引っ込めることができなかった。
ハルカ「私なんかが……生意気なことを言って、すみません……! でも……もし行く場所がないなら……立ち上がれないなら……私の手を、取ってください……!」
夕闇が迫る路地裏で。
かつて救われた私が、今度は、崩れ落ちそうな彼女に向かって手を差し伸べていた。