コユキ「ユウカ先輩とノア先輩って凄いですよね!!」 作:世界一雑な男(ハーメルン垢)
便利屋68に居候するようになってから、数週間が過ぎた。
キヴォトスの裏街にひっそりと佇む便利屋の事務所。その建物の屋上に、私は今日もしゃがみ込んでいた。隣には、ジョウロを手にしたハルカちゃんがいる。
コユキ「へぇ〜! これ、全部雑草なんですか!? すごいです、ハルカちゃん! 葉っぱの形も色も、みーんな違うんですね!」
ハルカ「は、はいっ……! こ、こんなゴミみたいな植物に興味を持ってくださるなんて……コユキちゃんはなんて優しいお方なんでしょうか……っ! 私みたいな害虫が育てているのに……!」
コユキ「害虫だなんて違いますよ〜! ハルカちゃんのおかげで、このプランターたち、みんな青々としててすっごく元気じゃないですか!」
屋上の一角には、ハルカちゃんが街の端っこから集めてきたプランターや植木鉢がずらりと並んでいた。
そこに植えられているのは、観賞用の綺麗な花ではない。道端のアスファルトの隙間や、線路脇にたくましく生えていた、いわゆる「雑草」たちだ。
ハルカ「あの……この子は『オオイヌノフグリ』と言いまして……小さくて青いお花を咲かせるんです。日当たりが悪くても、踏みつけられても……必死に根を伸ばして生きるんです……! 私みたいな雑草以下の人間には、眩しすぎるくらいの生命力で……っ」
コユキ「へえぇ〜! オオイヌノフグリ……可愛い名前ですね! あ、こっちの紫色のトゲトゲした葉っぱの子はなんですか!?」
ハルカ「あ、そっちは『ヒメオドリコソウ』です……! 繁殖力が強くて、どこでも根を張れる強さを持っています……でも、根が張りすぎると周りの土を傷つけてしまうかもしれないので……定期的にこうして、優しく間引いてあげないといけないんです……」
ハルカちゃんは、まるで宝物を扱うかのような手つきで、ピンセットを使って小さな芽の周りの土を整えている。
その横顔はいつものおどおどした雰囲気とは違って、どこかとても柔らかくて、温かい。
コユキ「ハルカちゃんって、植物のこと、本当に詳しいんですね! すっごくカッコいいです!」
ハルカ「ひっ……! か、カッコいいだなんて……! 私みたいなクズにそんな勿体なさすぎるお言葉……っ! 天罰が下って雷に打たれて死んでしまいます……!」
コユキ「あはは! 雷は落ちませんよ〜! ほら、私もやってみたいです! 土の触り方、教えてください!」
私がおねだりするように言うと、ハルカちゃんは目を丸くした後、嬉しそうに、でも恐縮しながら手袋を渡してくれた。
ハルカ「は、はいっ! では……この『コメツブツメクサ』の鉢の土を、少しほぐしてあげましょう……強く握りしめすぎると、小さな根っこが傷ついてしまいますから……優しく、撫でるように……」
コユキ「優しく……撫でるように……あ、こうですか? にはは、土ってなんだか温かいですね!」
言われた通りに小さな移植ゴテを使い、慎重に土を耕す。
いつもは暗号解読や計算ばかりで、キーボードを叩く指先しか使っていなかった私にとって、土の冷たさや柔らかさを感じるのはとても新鮮な体験だった。
ハルカ「上手です……! コユキちゃん、すごいです……! 私なんて最初は加減が分からなくて、何本も根をちぎってしまったのに……っ」
コユキ「えへへ、ハルカちゃんの教え方が上手だからですよ! ほら見てください、この子、なんだか嬉しそうです!」
指先に付いた土を拭いもせず笑う私を見て、ハルカ先輩もほんのりと頬を緩めた。
昼下がり。日差しが暖かくなり、二人でプランターの前に並んで座り込んだ。
風が吹き抜けるたび、小さな雑草たちがさわさわと揺れる。
コユキ「あの、ハルカちゃん」
ハルカ「は、はいっ! なんでしょうかコユキちゃん! 何か不手際がありましたでしょうか……!?」
コユキ「ううん、違いますよ〜。あの……私、ずっと疑問だったんです。なんでハルカちゃんは、お花じゃなくて、雑草を育ててるんですか?」
ふと思いたった疑問を口にすると、ハルカちゃんは一瞬だけ遠くを見るような目をして、自分の膝を見つめた。
ハルカ「……誰も……見てくれないからです」
コユキ「え……?」
ハルカ「綺麗なバラや、大きなヒマワリは……みんなに愛されて、大事に育苗箱で育てられます……でも、雑草は……誰からも望まれずに咲いて……邪魔者扱いされて、踏みつけられて……抜かれてしまいます……」
ハルカちゃんの手が、自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
ハルカ「……私と、同じだなって、思ったんです。誰からも必要とされなくて、存在するだけで迷惑で……だから……せめて私だけでも、この子たちを好きでいてあげたかったんです。踏みつけられても、立ち上がろうとするこの子たちを……見捨てたくなかったんです」
その言葉には、かつて深く傷ついてきたハルカちゃんの痛みが詰まっていた。
でも同時に、その痛みを知っているからこその、深い優しさも詰まっていた。
コユキ「……踏みつけられても、立ち上がる……」
私は自分の胸に手を当てた。
反省部室で自分の罪を数えて吐きそうになっていた私。
ユウカ先輩たちに認められたくて、弾除けになろうとして失敗した私。
「迷惑な存在」だと罵られて、逃げ出してきた私。
コユキ「私……ミレニアムにいた頃、自分のことを『何一つ役に立たない害虫』だと思ってました。計算しかできないのに、その計算でみんなに迷惑をかけて……存在価値なんて、どこにもないって」
ハルカ「コユキちゃん……」
コユキ「でも……雑草って、すごいんですね。誰に褒められなくても、誰に踏まれても、自分の場所でちゃんと生きてる。ハルカ先輩がこの子たちを大切にする理由、なんだか分かった気がします」
私は目の前で力強く青い葉を広げる雑草を見つめ、小さく微笑んだ。
コユキ「私、ハルカちゃんに会えてよかったです。ハルカちゃんが私を雑草みたいに見捨てないでいてくれたから……私、今こうして生きられてます」
ハルカ「〜〜〜〜っっっ!?」
ハルカちゃんの顔が真っ赤になり、目からボロボロと大きな涙が溢れ出した。
ハルカ「う、うあぁぁん……っ! コユキちゃん……っ! 私みたいなゴミが……そんな、そんな嬉しいことを言っていただけるなんて……っ! 生きていてよかった……っ! 便利屋に入って……アル様に出会えて……コユキちゃんに出会えて……本当に良かったですあぁぁん……っ!」
コユキ「にはは! ハルカちゃん、泣きすぎですよ〜! ほら、ハンカチ使ってください!」
泣きじゃくるハルカちゃんにハンカチを差し出すと、彼女は鼻をすすりながら何度も「ありがとうございます」と頭を下げた。
ハルカ「……コユキちゃん。もし……もしコユキちゃんが、また自分をダメな子だと思ったら……いつでもここに来てください」
コユキ「え?」
ハルカ「私……いくらでも言いますから……! コユキちゃんは凄いです、コユキちゃんは必要ですって……! 私が全力で、コユキちゃんの味方になりますから……っ!」
コユキ「……ハルカちゃん……」
胸の奥が、ジンと熱くなる。
ミレニアムでは感じたことのなかった、どこか暖かくて、居心地の良い安心感。
コユキ「はい! 約束ですよ、ハルカちゃん!」
それからというもの、私とハルカちゃんの絆はますます深まっていった。
事務所での雑用も、二人でやれば全部楽しい作業に変わった。
ハルカちゃんが「私みたいなゴミが掃除をして、申し訳ありません……」と落ち込めば、私が「にはは! 私の超絶計算で最も効率的な拭き掃除ルートを割り出しましたよ!」と笑わせる。
夕方、社長さんや室長さん、課長さんが依頼から帰ってくると、屋上から持ってきた小さな雑草の鉢植えがデスクに飾られているのが日常になった。
アル「あら? この可愛らしい葉っぱは何かしら?(またハルカが変な草を持ってきたかしら……?)」
ムツキ「クフフ♪コユキちゃんとハルカちゃんで育てたやつでしょ〜? なんだか事務所が緑豊かになって良いんじゃない♪」
カヨコ「……うん。案外、悪くないね」
課長さんがそっと葉っぱに触れて微笑むのを見て、私とハルカちゃんは顔を見合わせてニンマリと笑い合った。
コユキ「にはは! ハルカちゃん、明日はあっちの空き地の雑草も探しに行きましょうね!」
ムツキ「はいっ……! コユキちゃんとなら、キヴォトスの果てまでお供します……っ!」
二人の楽しげな笑い声が、便利屋68の屋上にいつまでも響いていた。
しばらく休みます