すでに時刻は深夜の0時を回っているというのに、煌々と灯が輝いて街全体が就寝を拒絶している。町明かりに照らされる住民はというと、何とも多種多様な容姿をしていた。
頭部から角が生えている者
耳が異常なほど尖っている者
背中に翼を持つ者
彼らは総じて“亜人”又は“古き民”と呼ばれており、
その帝国のとある一角に、一軒の店が居を構えていた。
「ふう、今夜は客の足が悪いねぇ」
カウンターの裏からつぶやくのは、『スナック オ・トセイ』の女将。獣人である彼女の両腕はヒレではなく、人間と遜色ない指が生えており、食器の汚れを落とそうと忙しなく動いていた。
いつもこの時間帯は4~5人はいるはずなのに、現在の客は0だ。毎晩客で賑わっているわけではないが、商人としては不安になる。
そんな彼女の元に、来客を告げる音が店内に響く。
「いらっしゃい。何にしましょう……かぁ?」
先程までの暗い表情から一転、喜色に満ちた声で迎える。しかし、客の出で立ちを見て思わず声が上擦ってしまう。
何故なら、上から下まで甲冑で身を固めていたからだ。
これから飲食をしようというのに兜まで装着してくる馬鹿はいない。面妖な客を前にしても笑顔だけは崩さなかったのは、彼女のプロ根性がよく表れている。
「……ん? いらっしゃい。何か飲むかい?」
返事をしない鎧の男(?)を不審に思いながらも、再度注文を尋ねる。すると男は身振り手振りで、喋れない事を伝えた。
「こいつは失礼したね。気が利かなくてゴメンよ。ほら、これを使いなよ」
ペンと紙を渡された男はスラスラと字を書いていく。書き終わった紙を受け取り女将は読もうとするのだが…。
「…ねえ、どこの国の言葉だい? 読めないんだけど…」
書かれた文字は彼女が今まで見たこともないものだった。男を見ると、目に分かるようにうろたえている。他に手段が思いつかないのだろう。
「ねえアンタ、絵は描けるかい?」
筆談を諦めた女将は、絵によって意思の疎通を試みる。彼女の
男の傑作を受け取り、女将は解読を始めた。
かなりの時間を要したが、描かれた絵は以下の通りである。
① 人間を襲う魔物
② 横たわる魔物と人間
③ 財宝とバンザイしている人間
「……なるほど。つまり、とにかく仕事…もしくは
コクコクと頷いて肯定を示す男に、女将も安心する。
「となると、まずは必要なのは情報……良し、これも合ってるんだね。でも、どうして街中の酒場へ行かなかったんだい? それに今からじゃあ、どの店も開いてないはずだよ?」
このスナックは冒険者向けの情報も扱ってはいる。しかし、大きな店の方が客も情報も出入りが多い。見慣れぬ鎧は恐らく
それに冒険者にしては時間帯がおかしい。道具屋や定期便などは既に店じまいしているはずだ。これから仕事に向かおうとしても、準備不足で出発することとなるだろう。
女将の疑問に答えようと、男は再び絵を描きだす。今度の絵は、物を投げつけられて店を後にする人間と丸印だった。
「この丸印……ひょっとして
きっと鎧の方に金をかけ過ぎてしまったのだろう。思わぬ大金が手に入り破産したなどというのは、聞かない話ではない。同情しつつも、なんとか妥協点を探り出そうと女将は頭を捻る。
「そうだ!? アンタの
数分後、女将の巧妙な話術から抗うこともできずに鎧の男――――鎧の魔剣は最初で最後の身ぐるみを剥がされたのであった。
◇
やむを得ない事情とはいえ、愛用の
最終的に出した答えが、『武勲を上げて、名を売る』というものだった。
『鎧の魔剣』がいかに素晴らしくとも、その事実を知らない者には
そして、いざ始めようとしても倒せばいい悪人が分からない。賞金首を求めて酒場を訪ねても、情報料を支払わなければならず、無一文の魔剣は追い出されてしまう始末だ。
まさか金属の体を持つ自分が、
結局、『世の中は金』という絶対真理に憂鬱になりながら、魔剣は女将から聞いた情報を思い返す。
村が大切にしている水源に魔獣が出没して困っている、という内容だ。
正直なところドブさらいすら覚悟の上だった魔剣にとって、こういう荒事系の任務は大歓迎である。
要は、その魔獣を狩れば良いのだろう。残念なことに報酬金は決して多いとはいえないが、今回はそれでも構わない。こうして仕事をこなしていけば、ランクも報酬も上がってくるはずだ。当然、知名度も……。
尊い犠牲の上で入手した情報を頼りに、魔剣は目的地へと足を速めるのだった。
◆
鬱蒼とした森林の中、4人の冒険者が全力疾走していた。来る時に付けていた目印を確認する余裕もなく、ただひたすら追撃者から一歩でも遠くに逃れようと必死である。
「アラン、セレス急げ!! 追い付かれるぞ!!」
チームのまとめ役であるルーク・トリントンが、前方を走る2人に向かって速度を上げるよう促す。
「分かって、ます! だけ、ど!!」
「も…もう、これ以上は…!!」
息も絶え絶えに答えるのは、年齢がまだ10代半ばの少年少女。すでに体力は限界に達しており、気力だけで足を動かしていた。
(やはり限界か…。クソッ! せめて魔法が通じていたら!!)
自身の相棒であるマルティナ・スターツを背負いながら、我が身の不幸を呪う。彼女の顔色は悪く、目尻から零れる悔し涙がルークの肩を濡らしていた。
「ごめん…なさい…。私がもっと強い魔法を使えてたら…」
「謝るな! お前が悪いわけじゃない! それより魔力供給が途切れないように、意識を集中させていろ!!」
ルークの言うとおり、彼女は戦闘でミスを犯したわけではない。上手く立ち回り、自身の最強魔法を魔獣に叩きつけることに成功した。そこまでは良かったのだが、魔法は魔獣が発生させた障壁に弾かれて霧散したのだ。
(魔法を使う魔獣なんて聞いた事がないぞ!? ギルドの連中め、しっかり情報収集しとけよ!!)
見た目はそこらの魔獣と変わらなかった為、向こうも騙されたのかもしれない。そもそもルークがこの任務を選んだのは、若い2人に経験を積ませたかったからだ。金にならないのは承知の上で選んだ低ランクの任務で、こんな事態になるとは…。
「…ッ!? 上、来ます!!」
セレスの声でルークの意識が現実に戻される。気がつくと、さっきまで聞こえていた咆哮が止み、殺気が上から感じられた。撤退を諦めたルークは迎え撃つ事を決意する。
「総員、戦闘態勢!! 前衛は俺とアラン! マルティナは援護射撃を頼む! セレスは俺とアランの剣に強化を!」
「「「了解!!!」」」
戦闘態勢が済むと同時に、上空から黒い影が降り立つ。周囲の木々を薙ぎ倒した巨体には鱗が光っており、体から滴り落ちる水滴が大地を穢す。
左眼には先の戦闘でルークに負わせられた刃傷がある。残った右眼が怨敵を捉え、巨体から発せられる怒気が増した。
ゆっくりと開かれた口の中には、びっしりと生え並ぶ牙が見える。鋭い爪で障害物を切り裂きながら、ルーク達に襲い掛かった。
闇夜の中で魔力による光が飛び交い、剣戟による音が木霊する。互いの生存権を賭けた戦いは数時間に渡り――――――――――最後には何も聞こえなくなった。
皆様こんにちは、マルクです。
最近、現実が忙しくて執筆時間が取るのも一苦労です。
今回は、なんとか4月以内に投稿できました。次は何時になるやら…。
それでも一向に構わんという方は、どうかお付き合いください。