成長(するかもしれない)回
「誰が気味悪い顔や! ……なぁ、お前のあの、ジャンプフローター。ちょっと俺に教えてくれん?」
侑の言葉に、久留部はパチクリと目を瞬かせた。
全国トップクラスのセッターであり、強力なスパイクサーブの使い手でもある宮侑が、自分にサーブを請うてくるとは思わなかったからだ。
「え、いいけど……インハイまでに使い物になるかは知らんで? あれ、打点とインパクトのタイミングめちゃくちゃシビアやからな」
「インハイに間に合わんでも、国体、いや、春高までにモノにできればええ」
侑の言葉は本気だった。これからの全国の舞台で、さらに上に行くための新しい武器を、彼は貪欲に求めていた。
「そう? ほな、教えたるわ。──まず、ポイントは『推進力の殺し方』や」
久留部はボールを両手で持ち、空中でのフォームを論理的に解説し始めた。最高到達点、ボールの真芯を捉える手のひらの硬さ、そして押し出した直後に腕をピタッと止める理由。
勉強の時はあんなに脳みそが機能停止しているクセに、バレーのことになると驚くほど饒舌になる。
しかし、完全に直感とセンスで生きている感覚派の侑には、その緻密な理屈がいまいちピンときていないようだった。眉間に思い切りシワが寄っている。
「あー……つまり、アレや。理屈はもうええわ。感覚で言うと?」
「ほんまバレー以外のアタマ悪いな、お前……。しゃあないな、要するにやな」
久留部はハァとため息をつくと、ボールを軽く上に放り投げ、鋭く短い助走に入った。
「トスを『フワッ』と上げて、『ドン、サッ』で跳んで、一番高いところでボールの芯を──『ピシッ!』や」
空中で完璧に静止した右手が、ボールを鋭く押し出す。一切の回転を奪われた球は、ネットの向こう側で不規則に『クンッ』と揺れて床に落ちた。
「『ピシッ』、か……」
侑の瞳に、獲物を見つけた猛獣のような光が灯る。
「まぁ。やってみないことには何とも言えんからな。まずやってみようや。」
侑はすぐにボールを拾うと、同じ動作を繰り返し始めた。
しかし——
「くそっ……!」
最初の十数本は、ことごとくネットにかかるか、大きく逸れていく。
「初めてやからへたくそなのは当然やろ。そんな簡単に打てたら俺いらんやん。」
久留部が笑いながらアドバイスを送るが、侑は歯を食いしばったままサーブを打ち続ける。
「ほっとけ!」
「はいはい」
久留部は肩を竦めながらも、侑のフォームをじっと観察していた。
二十本目くらいで、ようやく一本、ネットを越えて不規則に落ちるサーブが不格好ながら決まった。侑の顔がわずかに緩む。
「なぁ、久留部」
息を整えながら、侑がふと聞いてきた。
「お前、あのサーブ打つとき……何考えてんねん?」
久留部は一瞬、動きを止めた。
コートの照明が少し眩しく感じる。
「……上手くいくように、って願いながら打ってる」
いつも通り軽い口調だったが、声の端にわずかな陰が混じっていた。
「練習では完璧に決まるのに、本番になると急に指先が硬くなったり、タイミングがズレたりするんが怖いんや。……まあ、たいしたことちゃうけどな」
侑はお前ってそんなこと考えるんか!と少し驚いたような顔で久留部を見たが、何も言わずにまたサーブの構えを取った。ボールを床に一度、強く弾ませる。侑が深く息を吸い込み、まさに次の一本を放とうと助走に入りかけた、その時だった。
「おーい侑ー久留部ー、そこまでや。もう体育館閉めるぞ」
ステージ側から、3年生の先輩が大きな声を張り上げた。時計を見れば、もう8時近かった。
「あ、大耳さん、すみません! すぐ片付けます!」
久留部が慌てて声を返し、転がっていたボールを手際よくカゴへと拾い集め始めた。
侑は「あともう一本だけ打ちたかった……」と言いたげに不満そうな顔をしていたが、北さんの説教が脳裏をよぎったのか、大人しくモップを手に取る。2人で並んでフロアにモップをかけながら、侑がボソッと呟いた。
「……なぁ、久留部」
「ん?」
「俺がもし、全国の舞台であのジャンフロを完璧に決めたら、お前どう思う?」
突拍子もない問いかけに、久留部はモップを動かす手を止めて首を傾げた。
「どうって……そら嬉しいに決まっとるやろ。ドヤ顔はするやろな。俺が教えたんやし。」
ニカッと笑う久留部に、侑は一瞬だけ呆れたような目を向けたが、すぐに不敵な、けれど純粋な笑みをその端正な顔に浮かべた。
「フン、楽しみにしとけや。絶対モノにしたるからな」
「おう、期待しとるよ。……あ、そや。侑」
カゴを体育館の隅へ片付け、制服に着替えるために部室へと向かう廊下。久留部が思い出したように、侑の肩をポンと叩いた。
「侑、お前からも俺に一つ教えてや」
「あ? 何をや」
「トスのコツ。…… だいぶブレへんようにはなってきたんやけど、たまに、本当にたまーに、ここ一番ってところで微妙にブレるんよね。やっぱ稲荷崎のミドルとして、トスできる人間はたくさんおった方がええやろ?」
稲荷崎は、セッターの侑だけでなく、ライトの治も超高精度のトスを上げるチームだ。さらにミドルの久留部まで「ブレないトス」を完全に身につければ、相手チームにとってはこれ以上ない悪夢になる。
侑は「へぇ」と意外そうに眉を上げた。自分の技術を頼られるのは、悪い気がしないらしい。途端にいつもの自信満々なドヤ顔が戻ってきた。
「なんや久留部、お前も俺の『極上のトス』に憧れてもうたんか? しゃあないなぁ、No.1セッターの俺が直々に極意を伝授したるわ。トスっちゅうのはな、指先でボールを『迎える』んやない。ボールの勢いを全部、手首と肘のクッションで……」
体育館を出て、夕闇が広がる校門への道を歩きながら、2人のバレー馬鹿の会話は途切れることがなかった。教室では魂が抜けたようにノートを取っている久留部も、バレーのことになると侑と熱く語り合う。話題は尽きるどころか、次から次へと湧いてくる。
──この夜の、何気ない技術の交換が。宮侑という天才に『二刀流』というさらなる化け物の一面を開花させ、久留部自身にも、セッター顔負けの多角的なプレースタイルをもたらすキッカケになることを、今の2人はまだ深くは知らない。
やっぱり、普段通りをちゃんと本番でできるのってすごい。
北さんスゲェ。