レッツゴートーキョー‼︎
いまだにちゃんとバレーの試合やってる描写ない。
巨大なガラス窓から朝の白い光が差し込む、新神戸駅の一階改札前。平日の午前中ということもあり、構内はスーツ姿のビジネスマンや旅行客の足音が慌ただしく交錯している。その片隅で、臙脂色の稲荷崎高校のジャージを纏った一団は、否応なしに周囲の目を引いていた。
集合時間の5分前。
キャプテンの北を筆頭に、3年生の部員たちはすでに全員が寸分の狂いもなく揃っている。しかし、そこにいるはずの2年レギュラーたちの姿が、一向に見当たらなかった。
その時、床を激しく蹴る規則的な足音が、構内の喧騒を割って近づいてきた。視線を向ければ、肩を大きく揺らし、凄まじい推進力でこちらへ突進してくる3人の人影が見える。
「っ、すみません……!」
滑り込むようにして足を止めた3人が、一斉に頭を下げた。呼吸を乱しているのは角名、銀島、そして久留部だ。全員がスポーツバッグのストラップを強く握りしめ、前髪が汗で額に張り付いている。
「構内を走ったら危ないやろ」
北が静かに言った。感情の起伏が一切削ぎ落とされたそのトーンに、久留部たちの肩がビクッと同時に跳ね上がる。
「……ウッス」
3人は絞り出すような声で、綺麗に揃った返事をした。北の視線には、怒りよりも淡々とした規律の重さがある。
「まだ集合時間の5分前や。厳密に言えば遅刻やないよ」
尾白アランが苦笑いを浮かべながら、少し硬くなった場の空気を解すように口を挟んだ。
その言葉に、久留部がようやく肺の空気を吐き出す。
「でも皆さん、絶対10分前には揃ってますやん……」
「俺は一番に着こうと思って早く家出たのに、銀が電車を派手に乗り間違えるから」
角名が鋭い視線を隣へ向けると、銀島は本当に申し訳なさそうに眉を八の字に曲げた。
「ほんまに、すまんかったと思ってる……。階段の表示を見間違えてもうて……」
肩を落とす銀島を横目に、久留部が周囲のメンバーを見渡した。
まだそこに足りない、最も騒がしい2つの存在に気づいて首を傾げる。
「てか、双子はまだ来てないんですか?」
「あー……まだやな。影も形もないわ」
大耳が腕を組んだまま、改札の向こう側を冷ややかな目で見つめる。
「多分、あの2人は遅刻するよ」
角名が予言するように淡々と言い放つと、アランが額を押さえて深い溜め息をついた。
「笑えへんねん、それが……。新幹線の時間、決まっとるっちゅうのに」
「あー、それはやばそうですね……」
久留部が自らの首をすくめた、その瞬間だった。
──プルプルプル、と静かな駅の待合空間に、電子音が規則正しく響き渡る。角名のジャージのポケットからだった。
「嫌な予感しかしない」
「絶対双子やろ、それ」
角名と久留部が同時に顔をしかめる。角名は至って冷静な手つきでスマートフォンを取り出し、液晶画面を確認した。着信表示の欄には、案の定『宮侑』の文字が点滅している。通話ボタンを押し、耳元に当てた瞬間、スピーカーから鼓膜を突き破らんばかりの焦った声が飛び出してきた。
『おぉい角名ァ! 北さんもうおる!? 俺らあと10分遅れるって、お前から上手いこと伝えといてや!!』
受話口から漏れる侑の悲鳴のような声を、角名は表情一つ変えずに聞き流す。そして、自分の目の前に立っている主将へと視線を向けた。
「北さん、今目の前にいるけど。電話、代わるね」
『おぉぉい!! 角名ァアア!!』
侑の絶望的な叫び声を無視して、角名はスマートフォンを北の手へと滑らかに手渡した。北はそれを当然のように受け取り、迷いのない動作で耳に当てる。
「どうしたんや、侑」
その一言で、電話の向こうの喧騒がピタリと止まったのが、横にいる久留部たちにも肌で分かった。
『あ、ッ、北さん……! おはようございます。あの、その、サムの奴が財布忘れたって途中で言い出しよって、家まで取りに帰ったら時間が……』
「そうか」
北はそれ以上、侑の言い訳を追及しなかった。ただ短く、底の冷たい声で相槌を打つ。
『……ハイ』
「焦って事故に遭ったら洒落にならんからな。気をつけて来いよ」
『ハイ……!』
通話が切れ、北は角名にスマートフォンをスマートに返した。怒鳴られたわけでもないのに、電話の向こうで侑が直立不動で凍りついているのが手に取るように分かる。
「……侑と治、今頃死ぬ気で走っとるな、これ」
「自業自得。これで遠征先でのボール拾いは双子で決定だね」
久留部と角名がこっそり視線を交わし、小さな声で囁き合う。
*
新神戸駅のホームへと滑り込んできた純白の車体が、プシューと重い風圧を吐き出して扉を開ける。コーチの引率のもと、部員達は一足先に指定席の車両へと乗り込んだ。ホームに残ったのは、監督と大耳、そして腕を組んで微動だにしない北の3人だけ。新幹線の発車時刻までは、あとわずか数分。
「……ほんま、あいつらは最後の最後まで心臓に悪いわ」
大耳が電光掲示板の時計を見上げながら、呆れたように息を吐く。その瞬間、改札階からのエスカレーターを、凄まじい足音とともに駆け上がってくる2つの影があった。
「っ、間に合っ、た……!」
「お前がっ、途中でっ、靴紐ほどけたとか言うからやろ、ツム!」
「うるさいわ、サム! 元はと言えばお前の財布のせいやろが!」
お互いの胸ぐらを掴みかねない勢いで、小競り合いをしながらホームへと滑り込んできた金髪と銀髪の双子。息を切らし、今にも倒れそうな2人の前に、北が静かに一歩を踏み出した。その影が2人を覆った瞬間、双子の口喧嘩がピタリと凍りつく。
「……乗るで」
北はそれだけ言うと、2人に背を向けて車内へと入っていった。激しい怒号よりも、その静けさの方が何倍も恐ろしい。
双子は「ウッス……」と蚊の鳴くような声で応じ、這うようにして新幹線へと乗り込んだ。
──ゴトゴトと静かな振動を響かせ、新幹線がゆっくりと東京へ向けて加速を始める。窓の外を流れる神戸の景色が、一瞬にしてスピードを増していく。冷房の効いた車内。3人掛けの席を回転させ、向かい合わせの6人席を作ってくつろいでいた銀島、角名、久留部の元へ、座席の背もたれを掴みながら双子がふらふらとやってきた。2人とも、先ほどの全力疾走のせいで完全に灰のようになっている。
「お疲れ、ツインズ。無事に乗れてよかったね。」
角名が窓の外に目を向けたまま、歓迎しているとは思えない低いトーンで出迎えた。
「角名ァ……お前、ほんま冷たいな……」
侑が座席にドサリと崩れ落ちるように座る。その隣に、治も大きな身体を小さく丸めて腰掛けた。
「にしても、いっつも侑がやらかすのに、今日は治が主犯なんやな。珍しいこともあるもんや」
久留部が通学カバンからトランプのケースを取り出しながら、ニヤリと笑って治を見た。
「いや、違うねん久留部。俺はちゃんと、カバンのいつものポケットに財布入れたはずやってん。それをツムが、昨日の夜に『お前のカバン、ちょっと貸せや』って勝手に触りよったから……」
「あァ!? 俺はただ、俺のノート挟まってへんか確認しただけやろが! 自分のおっちょこちょいを人のせいにすな!」
「遅れるんは大体侑やけど、今回は治の食い気が仇になったな。財布忘れたら東京で美味いもん食われへんもんな」
銀島が喉を鳴らし、これまでの流れを綺麗にまとめる。
治は「それは死活問題や……」とガチで身震いしていた。
「まぁ、無事全員揃ったんやからええやろ。ほら、トランプするで。負けた奴は、東京着いた後の荷物運びな」
久留部が手際よくカードをシャッフルし、各々の足の上にテンポよく配り始める。
「よっしゃ、大富豪やな! 俺が全員、大貧民に叩き落したるわ!」
さっきまで死にかけていたはずの侑が、カードを手に取った瞬間に現金な元気さを取り戻して言う。
カサカサとトランプが擦れる音と、双子のくだらない言い合い。新幹線の軽い走行音が、それらを優しく包み込んでいく。バレーに関しては怪物染みた集中力を見せる奴らが、今はただの、騒がしい男子高校生の顔をしていた。これから大学生という、肉体的にも精神的にも一段と高い壁が待ち受けていることも忘れて、5人の笑い声が、東へと向かう車内に小さく響き渡っていた。