【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第十一話「診察」

 

アイが目を覚ました直後、アクアは安堵する間もなく、すぐにベッド横にあるナースコールへ手を伸ばした。

 

震える指先でボタンを押す。

 

ピッ

 

短い電子音が静かな病室に響いた。

 

「アイが目を覚ましました」

 

アクアが受話器越しに落ち着いた声で伝える。

 

「分かりました。すぐに向かいます」

 

返事が聞こえると、アクアは受話器を戻した。

 

病室には再び静寂が訪れる。

 

アイはまだ少しぼんやりとした表情で天井を見つめていた。

 

麻酔の影響は完全には抜け切っておらず、意識ははっきりしているものの、体は思うように動かない。

 

それでも、隣に立つアクアとルビー、そして斎藤とミヤコの姿を見つけると、安心したように小さく微笑んだ。

 

「……みんな」

 

その声を聞いたルビーは、もう一度涙が溢れそうになる。

 

「ママ……」

 

アクアも何も言わず、小さく頷いた。

 

数十秒後...

 

コンコン、と軽くノックが鳴る。

 

「失礼します」

 

病室の扉が開き、担当看護師が入室した。

 

その後ろから白衣姿の悠真も静かに姿を現す。

 

「目を覚まされましたか」

 

悠真は穏やかな笑みを浮かべながらベッドへ近付いた。

 

アイも悠真の姿を見ると、少しだけ上体を動かそうとする。

 

「そのままで大丈夫ですよ」

 

悠真は優しく声を掛けた。

 

「まだ手術直後ですから、無理に動かさないでください」

 

「……はい」

 

アイは小さく頷く。

 

そして少し照れくさそうに笑った。

 

「先生……」

 

「ありがとうございます」

 

悠真は穏やかに頷いた。

 

「まずは診察しますね」

 

そう言うと、聴診器を耳へ掛け、丁寧に胸の音を確認する。

 

「少し深呼吸できますか」

 

「はい」

 

アイはゆっくりと息を吸い込む。

 

腹部に少し痛みが走ったが、顔をしかめるほどではない。

 

静かに息を吐く。

 

「苦しくないですか」

 

「少し痛いですけど、大丈夫です」

 

「それなら順調ですね」

 

悠真は安心したように微笑んだ。

 

続いて脈を確認し、瞳孔反射や意識レベルを慎重に診察する。

 

「今日は何月何日か分かりますか」

 

アイは少し考えて答えた。

 

「……えっと」

 

「今日、東京ドームライブの日……」

 

「その認識で大丈夫です」

 

悠真は軽く頷いた。

 

意識障害もなく、受け答えも問題ない。

 

看護師がモニターを確認しながら報告する。

 

「血圧百十八の七十二」

 

「脈拍八十二」

 

「酸素飽和度九九パーセントです」

 

悠真はモニターへ視線を向け、静かに頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

続いて腹部へ視線を移す。

 

「少し傷口を確認しますね」

 

看護師が包帯を慎重に少しだけめくる。

 

悠真は術創を細かく観察した。

 

出血は認められない。

 

腫れも手術後としては正常範囲。

 

発赤も強くなく、感染を疑う所見もない。

 

腹部を軽く触診する。

 

「ここは痛みますか」

 

「少しだけ」

 

「こちらは」

 

「そこは大丈夫です」

 

悠真は包帯を元へ戻すよう看護師へ合図した。

 

「順調です」

 

「手術後とは思えないくらい、非常に良い経過ですよ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

病室全体の空気がふっと和らいだ。

 

斎藤は思わず肩の力を抜き、ミヤコも胸へ手を当てて深く息を吐く。

 

アクアとルビーも顔を見合わせ、小さく笑った。

 

悠真は改めてアイを見つめる。

 

「もう命の危険はありません」

 

「これでひとまず安心してください」

 

その一言に、アイの目が少し潤む。

 

「先生……」

 

「ありがとうございます」

 

「助けてくれて、本当にありがとうございます」

 

悠真は静かに首を横へ振った。

 

「感謝されることではありません」

 

「私は医師です」

 

「患者さんを助けることが、私の仕事です」

 

「頑張ったのは患者さん本人です」

 

「大きな手術でしたが、アイさん自身が乗り越えてくださいました」

 

アイはその言葉を聞き、小さく笑った。

 

「そう言ってもらえると……少し自信が出ます」

 

そのやり取りを見ていた斎藤とミヤコも、改めて深く頭を下げる。

 

「先生、本当にありがとうございました」

 

「先生がいなかったら……」

 

悠真は優しく制した。

 

「頭を上げてください」

 

「まだ治療は終わっていませんから」

 

そう言うとカルテを閉じる。

 

「一つだけお願いがあります」

 

病室の全員が悠真へ視線を向ける。

 

「今回は腹部を大きく手術しています」

 

「傷口の経過は非常に良好ですが、無理は禁物です」

 

「最低でも一週間、できれば二週間ほど入院してください」

 

「その間はこちらで傷口や体調をしっかり確認します」

 

「焦って仕事へ戻る必要はありません」

 

「今、一番大切なのは体を治すことです」

 

アイは素直に頷いた。

 

「分かりました」

 

「先生の言うこと、ちゃんと聞きます」

 

「それなら安心ですね」

 

悠真は柔らかく微笑んだ。

 

「焦らず、ゆっくり治していきましょう」

 

「それでは、また後ほど様子を見に来ます」

 

悠真は軽く会釈すると、看護師とともに病室をあとにした。

 

扉が静かに閉まる。

 

病室にはアイと、斎藤、ミヤコ、アクア、ルビーの五人だけが残った。

 

穏やかな静寂が流れる。

 

誰もすぐには言葉を発さなかった。

 

ただ、お互いの無事を噛み締めるように、それぞれがアイの顔を見つめていた。

 

しばらくして、アイは天井を見上げながら、何かを思い出したように目を丸くした。

 

「あっ!」

 

その声に全員が反応する。

 

アイは少し焦ったような表情で斎藤へ視線を向けた。

 

「社長…今日の東京ドームライブ…どうなったの?」

 

その質問を聞いた瞬間だった。

 

斎藤は黙ったままアイを見つめる。

 

唇が震える。

 

必死にこらえていた感情が、一気に溢れ出した。

 

「中止に決まってるだろ……」

 

震える声で呟く。

 

「バカアイドル!」

 

「お前が死ぬかもしれなかったんだぞ!」

 

「ライブどころじゃねぇよ!」

 

「何万人のお客さんが待ってようが関係ねぇ!」

 

「お前が生きてることの方が何倍も大事なんだ!」

 

涙を流しながら叫ぶ社長。

 

アイは驚いたように目を瞬かせた。

 

そんな斎藤を見たミヤコも涙を流しながら笑う。

 

「そうよ」

 

「ライブなんてまたできるわ」

 

「でも命は一つしかないの」

 

「まずは傷をちゃんと治しなさい」

 

「それが一番大事なんだから」

 

ルビーも何度も頷く。

 

「うん!」

 

「ママが元気じゃなきゃ意味ないもん!」

 

「またみんなでライブしよう!」

 

アクアも静かに口を開いた。

 

「ライブはまたできる」

 

「何回でも挑戦できる」

 

「でも母さんの命は、一つしかない」

 

「だから、生きてくれて本当に良かった」

 

アイは四人の顔をゆっくり見渡した。

 

全員が泣いている。

 

その涙は悲しみではなく、心の底から安心した涙だった。

 

アイは少し照れくさそうに笑う。

 

「……みんな」

 

「ありがとう」

 

「こんなに心配してくれてたんだね」

 

斎藤は涙を拭きながら鼻で笑う。

 

「当たり前だ」

 

「だから今は何も考えず寝てろ」

 

「元気になってから、また最高のライブをやればいい」

 

アイは力強く頷いた。

 

「うん!」

 

「今度は絶対に成功させる!」

 

「みんなと一緒に!」

 

その笑顔につられるように、斎藤も、ミヤコも、アクアも、ルビーも笑顔になった。

 

つい先ほどまで死と隣り合わせだった病室には、温かな笑い声が響く。

 

アイはその光景を見つめながら、小さく呟いた。

 

「こんなにみんなが泣いてくれるなんて……」

 

その一言に、四人は顔を見合わせる。

 

そして自然と笑い合った。

 

病室はようやく、本当の意味で安堵と希望に包まれていた。

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