【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
B小町のメンバーが帰った後、病室は再び静かな空間に戻っていた。
窓の外を見ると、夕日が街をオレンジ色に染め始めている。
病棟にも穏やかな時間が流れ、しばらくすると夕食を乗せたワゴンが病室の前で止まった。
コンコン。
「失礼します」
看護師が病室へ入り、テーブルの上に夕食を並べていく。
今日の献立は、ご飯、焼き魚、野菜の煮物、味噌汁、サラダ、それに果物だった。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
看護師が部屋を出ると、アイは両手を合わせた。
「いただきます!」
元気よく挨拶をすると、箸を手に取り食べ始める。
「……」
一口。
二口。
三口。
しばらく黙々と食べていたが、やがて箸が止まった。
「うーん……」
何とも言えない表情で首を傾げる。
ちょうどそのタイミングで、夕方の回診に来た悠真が病室へ入ってきた。
「こんばんは」
「こんばんは、先生!」
アイは笑顔で返事をする。
悠真はカルテを確認しながら声を掛けた。
「体調はいかがですか?」
「すっごく元気!」
「傷も昨日より痛くないよ!」
「それは良かったです」
悠真は安心したように微笑む。
すると、アイは食事を見つめたまま口を開いた。
「でもね…先生…ここの病院食、味薄くない?」
真剣そのものの表情だった。
悠真はその質問を聞いて苦笑する。
「やっぱりそう思われましたか」
「病院食は患者さんの体を第一に考えて作られています。余計な塩分や脂質を控えて、消化にも負担が掛からないようになっているんです」
「特にアイさんは大きな手術を受けたばかりですから、今は傷口をしっかり治すことが最優先なんですよ」
アイは頬をぷくっと膨らませた。
「分かるけどさぁ……味が薄すぎるよぉ」
「ラーメン食べたい!焼肉も食べたい!ハンバーグも食べたい!唐揚げも!」
次々と食べたい物を口にしていく。
悠真は思わず吹き出した。
「欲望が止まりませんね」
「だってずっと病院食なんだもん」
「テレビ見ても美味しそうな料理ばっかり映るし…もう限界!」
そう言いながらも、アイの箸は止まらない。
もぐもぐとしっかり食べ続けている。
悠真はその様子を見て笑った。
「ちゃんと全部食べているじゃないですか」
アイは少し照れたように笑う。
「だって食べないとお腹空くし…でも美味しいとは違うの!」
「なるほど」
悠真は納得したように頷く。
「患者さんから一番よく聞く感想ですね」
「やっぱり?」
「はい」
「『味が薄い』『ラーメンが食べたい』『焼肉が食べたい』は病院食あるあるです」
「えっ!みんな同じこと言うの?」
「ほとんどの患者さんが一度は言います」
その答えにアイは思わず笑った。
「あはは!なんか安心した!」
悠真もつられて笑う。
「逆に何も言わず退院される方のほうが少ないくらいですよ」
「じゃあ先生は毎日聞いてるんだ」
「そうですね…もう慣れました」
アイは少し考えるような表情になった。
「先生は病院食食べたことあるの?」
「ありますよ」
「研修医の頃は当直も多かったですし、患者さんと同じ食事を食べることもありました」
「どうだった?」
「正直に言いますか?」
「うん!」
悠真は少し間を置いてから苦笑した。
「……やっぱり薄いなと思いました」
その瞬間だった。
「あはははは!」
アイはお腹を抱えて笑い始める。
「先生も思ってたんじゃん!」
「ええ」
「ですが、体には非常に良い食事です。必要だから、この味付けなんです。だから今だけは我慢してください」
アイは「うー」と唸りながら病院食を見つめた。
そして大きくため息をつく。
「仕方ないかぁ……」
「あと少しで退院です」
悠真は優しく微笑む。
「退院したら好きなものを食べればいいんです。今は傷を治すことだけ考えましょう」
アイはようやく観念したように頷いた。
「分かった!あと少しだけ我慢する!」
そう言って再び箸を持ち、ご飯を口へ運ぶ。
「でも退院したら絶対ラーメン二杯は食べる!」
「食べ過ぎないようにしてくださいね」
「えー?退院祝いなんだから二杯くらいいいじゃん!」
「一杯で十分です」
「けちー」
「医者ですから」
真面目に返す悠真に、アイはまた笑った。
「あはは!」
夕暮れの病室には、二人の穏やかな笑い声が響いていた。
傷はまだ完全には癒えていない。
それでも、こうして笑い合える時間が戻ってきたことこそが、何よりの回復の証だった。