【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜   作:ペンギンって可愛いですよね

15 / 46
第十五話「病院食」

 

B小町のメンバーが帰った後、病室は再び静かな空間に戻っていた。

 

窓の外を見ると、夕日が街をオレンジ色に染め始めている。

 

病棟にも穏やかな時間が流れ、しばらくすると夕食を乗せたワゴンが病室の前で止まった。

 

コンコン。

 

「失礼します」

 

看護師が病室へ入り、テーブルの上に夕食を並べていく。

 

今日の献立は、ご飯、焼き魚、野菜の煮物、味噌汁、サラダ、それに果物だった。

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

看護師が部屋を出ると、アイは両手を合わせた。

 

「いただきます!」

 

元気よく挨拶をすると、箸を手に取り食べ始める。

 

「……」

 

一口。

 

二口。

 

三口。

 

しばらく黙々と食べていたが、やがて箸が止まった。

 

「うーん……」

 

何とも言えない表情で首を傾げる。

 

ちょうどそのタイミングで、夕方の回診に来た悠真が病室へ入ってきた。

 

「こんばんは」

 

「こんばんは、先生!」

 

アイは笑顔で返事をする。

 

悠真はカルテを確認しながら声を掛けた。

 

「体調はいかがですか?」

 

「すっごく元気!」

 

「傷も昨日より痛くないよ!」

 

「それは良かったです」

 

悠真は安心したように微笑む。

 

すると、アイは食事を見つめたまま口を開いた。

 

「でもね…先生…ここの病院食、味薄くない?」

 

真剣そのものの表情だった。

 

悠真はその質問を聞いて苦笑する。

 

「やっぱりそう思われましたか」

 

「病院食は患者さんの体を第一に考えて作られています。余計な塩分や脂質を控えて、消化にも負担が掛からないようになっているんです」

 

「特にアイさんは大きな手術を受けたばかりですから、今は傷口をしっかり治すことが最優先なんですよ」

 

アイは頬をぷくっと膨らませた。

 

「分かるけどさぁ……味が薄すぎるよぉ」

 

「ラーメン食べたい!焼肉も食べたい!ハンバーグも食べたい!唐揚げも!」

 

次々と食べたい物を口にしていく。

 

悠真は思わず吹き出した。

 

「欲望が止まりませんね」

 

「だってずっと病院食なんだもん」

 

「テレビ見ても美味しそうな料理ばっかり映るし…もう限界!」

 

そう言いながらも、アイの箸は止まらない。

 

もぐもぐとしっかり食べ続けている。

 

悠真はその様子を見て笑った。

 

「ちゃんと全部食べているじゃないですか」

 

アイは少し照れたように笑う。

 

「だって食べないとお腹空くし…でも美味しいとは違うの!」

 

「なるほど」

 

悠真は納得したように頷く。

 

「患者さんから一番よく聞く感想ですね」

 

「やっぱり?」

 

「はい」

 

「『味が薄い』『ラーメンが食べたい』『焼肉が食べたい』は病院食あるあるです」

 

「えっ!みんな同じこと言うの?」

 

「ほとんどの患者さんが一度は言います」

 

その答えにアイは思わず笑った。

 

「あはは!なんか安心した!」

 

悠真もつられて笑う。

 

「逆に何も言わず退院される方のほうが少ないくらいですよ」

 

「じゃあ先生は毎日聞いてるんだ」

 

「そうですね…もう慣れました」

 

アイは少し考えるような表情になった。

 

「先生は病院食食べたことあるの?」

 

「ありますよ」

 

「研修医の頃は当直も多かったですし、患者さんと同じ食事を食べることもありました」

 

「どうだった?」

 

「正直に言いますか?」

 

「うん!」

 

悠真は少し間を置いてから苦笑した。

 

「……やっぱり薄いなと思いました」

 

その瞬間だった。

 

「あはははは!」

 

アイはお腹を抱えて笑い始める。

 

「先生も思ってたんじゃん!」

 

「ええ」

 

「ですが、体には非常に良い食事です。必要だから、この味付けなんです。だから今だけは我慢してください」

 

アイは「うー」と唸りながら病院食を見つめた。

 

そして大きくため息をつく。

 

「仕方ないかぁ……」

 

「あと少しで退院です」

 

悠真は優しく微笑む。

 

「退院したら好きなものを食べればいいんです。今は傷を治すことだけ考えましょう」

 

アイはようやく観念したように頷いた。

 

「分かった!あと少しだけ我慢する!」

 

そう言って再び箸を持ち、ご飯を口へ運ぶ。

 

「でも退院したら絶対ラーメン二杯は食べる!」

 

「食べ過ぎないようにしてくださいね」

 

「えー?退院祝いなんだから二杯くらいいいじゃん!」

 

「一杯で十分です」

 

「けちー」

 

「医者ですから」

 

真面目に返す悠真に、アイはまた笑った。

 

「あはは!」

 

夕暮れの病室には、二人の穏やかな笑い声が響いていた。

 

傷はまだ完全には癒えていない。

 

それでも、こうして笑い合える時間が戻ってきたことこそが、何よりの回復の証だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。