【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
これは記者会見が行われる一週間前にB小町メンバーの提案で実施されたアイとメンバーとの話し合いの中身である。
記者会見を一週間後に控えた午後…
普段は所属タレントやスタッフが行き来している苺プロダクションの会議室に、今日はB小町のメンバーしかいなかった。
窓からは穏やかな日差しが差し込んでいる。
しかし、その温かな光とは裏腹に、室内には張り詰めた空気が漂っていた。
テーブルを囲んでいるのは、B小町の七人。
車いすに座るアイの向かいには、たかみー、ニノ、めいめい、ありぴゃん、きゅんぱん、みーちゃんの六人が並んでいた。
今日は斎藤もミヤコもいない。
「今日は七人だけで話したいんです」
たかみーが、そう二人に頼んだからだった。
退院して数日が経ち、アイの顔色は入院中よりもずっと良くなっている。
それでも腹部の傷は完全には癒えておらず、長時間立っていることはできない。
車いすの肘掛けにそっと手を添えながら、アイは六人の表情を順番に見渡した。
誰一人として笑っていなかった。
その重苦しい空気に耐えられなくなったように、アイが口を開く。
「どうしたのみんな?」
いつもの笑顔。
いつもの明るい声。
「そんなに真面目な顔して」
少しだけ首をかしげ、冗談めかして続ける。
「もしかして私、クビ?」
だが、その言葉に笑う者はいなかった。
会議室は静まり返ったままだった。
アイの笑顔が、ほんの少しだけ曇る。
その沈黙を破ったのは、最年長のたかみーだった。
静かに息を吸い、まっすぐアイを見つめる。
「アイ……今日は逃げないで聞いて」
真剣な声だった。
その響きに、アイは小さく目を見開く。
「もちろん聞くよ?」
そう答えたアイに、ニノが静かに告げる。
「そうやって、また笑ってごまかす」
アイの表情が固まった。
ニノは目を逸らさなかった。
「私たち、ずっと我慢してた。退院するまでは何も言わないって決めてたけど、もう限界なの」
その言葉を引き継ぐように、めいめいが口を開く。
「どうして私たちを頼ってくれなかったの?」
静かな問いかけだった。
けれど、その一言は会議室の空気をさらに重くした。
「事件のことも」
「苦しかったことも」
「怖かったことも」
「何一つ話してくれなかった」
ありぴゃんも、まっすぐアイを見つめる。
「私たち、仲間だよね?」
その言葉が、アイの胸に深く突き刺さった。
返事ができない。
言葉が喉で止まってしまう。
きゅんぱんは膝の上で両手を握り締めながら続けた。
「病院で先生から『命は助かりました』って聞くまで、本当に怖かった」
「毎日眠れなかった」
「なのに私たち、何も知らなかった」
その声は震えていた。
最後に、みーちゃんが静かに問いかける。
「アイが何を抱えてきたのか」
「どうして、あんな事件が起きたのか」
「私たちは何も知らないままだった」
六人の視線が、一斉にアイへ向けられる。
その重さに耐えきれず、アイはゆっくりと目を伏せた。
たかみーが優しく尋ねる。
「私たちは、そんなに頼りなかった?」
「違う!」
思わずアイが声を上げた。
静まり返った会議室に、その声が響く。
「そんなことない!」
「みんなは……」
そこまで言ったところで、言葉が止まる。
続きが出てこなかった。
唇を噛み締めるアイに、ニノが尋ねる。
「じゃあ、どうして?」
アイは答えられなかった。
いつものように笑えば、この場も終わると思っていた。
「大丈夫」
そう言えば、みんなもそれ以上は聞いてこない。
ずっとそうしてきた。
しかし、今日は違った。
誰も目を逸らさない。
誰も諦めようとしない。
アイが本当の気持ちを話すまで、この場を終わらせるつもりはなかった。
長い沈黙が流れる。
時計の針が進む音だけが、小さく会議室に響いていた。
やがてアイは、小さく息を吐く。
そして、今まで浮かべていた笑顔を静かに消した。
「……怖かった」
その一言に、誰も動かなかった。
「本当の自分を知られるのが怖かった」
その声は、かすかに震えている。
今まで誰にも見せたことのない、弱々しい声だった。
「私は昔から、人を信じるのが苦手だった」
「信じたら、またいなくなる気がして」
「また一人になる気がして」
アイは膝の上で、自分の手を強く握り締めた。
「だから笑ってた」
「笑っていれば嫌われないと思ってた」
「完璧なアイドルでいれば、みんなが離れていかないと思ってた」
六人は何も言わず、ただ静かに耳を傾けていた。
たかみーは小さくうなずく。
「今日は全部聞くよ」
「どんな話でも、最後まで聞く」
「だから、話して」
アイはゆっくりとうなずいた。
瞳には、少しずつ涙が浮かび始めている。
「ありがとう……」
その一言とともに、アイの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
誰も驚かなかった。
むしろ六人は、その涙を見て安堵していた。
ようやくアイが、本当の自分を見せてくれたからだった。
「私ね……昔から、人を信じるってことがよく分からなかったの」
「誰かを好きになることも、誰かに好きになってもらうことも、本当はよく分からなかった」
アイは膝の上で両手を重ねる。
「私は施設で育ったの」
六人の表情がわずかに変わった。
施設で育ったことは知っていても、その過去を詳しく聞いた者はいなかった。
「お母さんに捨てられて、それからずっと施設で暮らしてた」
「最初はね、いつか迎えに来てくれると思ってた」
アイは少しだけ笑う。
けれど、その笑顔には寂しさしかなかった。
「今日は来るかな」
「明日は来るかなって、ずっと待ってた」
「でも、来なかった」
「どうして来てくれないんだろうって」
「私が悪い子だったからかなって」
「私がいらない子だったからかなって、何度も考えた」
六人は言葉を返せなかった。
「施設の人たちは優しかったよ」
「ご飯もくれたし、眠る場所もあった」
「でも……家族じゃなかった」
アイは自嘲するように笑う。
「誰かに愛されるって、どういうことなのか分からなかった」
「だから社長にアイドルにならないかって言われた時、嘘でも『愛してる』と言い続ければ、いつか本当に誰かを愛せるようになるかもしれないって言われたの」
「だから、愛を知らない私はアイドルになった」
その中で、ニノが小さく尋ねる。
「じゃあ……私たちに言ってた『大好き』とか『愛してる』も?」
アイは苦しそうに目を伏せた。
「最初は……嘘だった」
一瞬だけ、空気が止まる。
「ごめん」
「やっぱり言わなきゃよかったかな」
「違う」
たかみーがすぐに首を横に振った。
「最後まで聞くって言ったでしょ」
「全部話して」
責める声ではなかった。
アイは小さくうなずく。
「最初は、仲間って何かも分からなかった」
「一緒に歌って、一緒に踊って、笑っていれば仲間になれるのかなって思ってた」
アイは、ほんの少しだけ温かく微笑む。
「でもね、いつの間にか、みんなといる時間が本当に楽しくなってた」
「ライブが終わって反省会したり」
「誰かが失敗したら励ましたり」
「誰かが褒められたら、自分のことみたいに嬉しかったり」
「B小町が、本当に大切な場所になってた」
めいめいの目に涙が浮かぶ。
「でも、その気持ちを伝えるのが怖かった」
「私が大切だと思っていても、みんなは違うかもしれない」
「嘘つきの私なんて嫌われるかもしれない」
「だから、何も言えなかった」
「完璧なアイドルでいれば、みんなは離れていかないと思ってた」
しばらく沈黙が流れた。
その静寂を破ったのは、ありぴゃんだった。
「今回の事件も?」
アイは静かにうなずく。
「私を刺した人は、昔から応援してくれていたファンだった」
ニノの肩が、かすかに揺れた。
しかし、その変化に気づいた者はいなかった。
「花束を持って家まで来たの」
アイは無意識に腹部へ手を添える。
傷を思い出したのか、その指先は小さく震えていた。
「最初は普通のファンだと思った」
「でも、違った」
「私のことを嘘つきだって」
「裏切ったって」
「ファンを騙していたって言われた」
アイは一度だけ目を閉じる。
「子どもがいるくせに、みんなに愛してるなんて言うなって」
六人の呼吸が止まった。
「……子ども?」
誰かが小さく呟く。
アイはゆっくりとうなずいた。
「私には子どもがいる」
静かな声だった。
しかし、その一言は会議室に大きな衝撃を与えた。
「一人じゃない」
「双子なの」
「男の子と女の子」
誰も言葉を発せない。
ようやく、みーちゃんが恐る恐る尋ねる。
「ちょっと待って……アイって今、何歳だっけ?」
「それは今、関係ないかな」
アイが少し照れたように笑う。
「いや、関係あるよ! 子どもは何歳なの?」
「四歳」
「四歳!?」
六人の声が見事に重なった。
あまりの大声に、アイが肩を震わせる。
「声、大きいよ……」
「大きくもなるよ!」
たかみーが思わず立ち上がった。
「四歳の双子って、どういうこと!?」
「そのままだけど……」
「全然そのままじゃない!」
会議室が一瞬だけ騒がしくなる。
その中で、きゅんぱんが何かを思い出したように目を丸くした。
「待って!」
「双子の男の子と女の子って……もしかして、前のライブで踊ってた、あの二人?」
他の五人も一斉に顔を上げる。
「あの小さい子たち?」
「ステージ袖でアイの真似をして踊ってた……」
「男の子と女の子の双子!」
全員の視線がアイへ集まる。
アイは少し照れくさそうに笑った。
「うん」
「あの二人が私の子ども」
「アクアとルビー」
会議室は再び静まり返った。
「あの子たちが、アイの子ども?」
「スタッフさんの子だと思ってた……」
「目の星がそっくりだったのに、どうして気づかなかったんだろう」
「ルビーちゃん、アイより激しく踊ってたよね」
アイは思わず笑う。
「ルビーはアイドルが大好きだから」
「じゃあ、男の子の方は?」
「アクアはいつも冷静なの。子どもなのに、すごく大人びてて」
子どもたちの話をするアイの表情は、それまでとはまるで違っていた。
優しくて、温かくて、どこにでもいる母親の顔だった。
その表情を見つめながら、六人は静かに目を潤ませる。
やがて、たかみーがアイの前まで歩み寄った。
「どうして、今まで言ってくれなかったの?」
その声に責める色はなく、寂しさだけが滲んでいた。
アイはゆっくりとうつむく。
「アイドルに子どもがいるって知られたら、全部終わると思ったから」
「ファンにも嫌われる」
「B小町にも迷惑を掛ける」
「だから、誰にも言わないって社長と決めたの」
そこで一度、言葉が途切れる。
「それに……みんなにも嫌われると思った」
「私がずっと嘘をついてきたことも」
「子どもを隠してアイドルを続けてきたことも」
「全部知られたら、一緒にいられなくなると思ってた」
「バカ」
たかみーが涙を流しながら言った。
「そんなことで嫌いになるわけないじゃん」
アイが驚いたように顔を上げる。
「確かに驚いたよ」
「何年も黙ってたことには腹も立った」
「でも、それと嫌いになることは全然違う」
めいめいも涙を拭いながら続ける。
「もっと早く会わせてくれればよかったのに」
「私たち、あの二人と一緒に踊ってたんだよ?」
「何も知らずに、可愛いねって話してた」
ありぴゃんも優しく笑う。
「仕事をしながら子育てもしてたんでしょ?」
「一人で大変だったよね」
「社長とミヤコさんには助けてもらってたけど……」
アイが答えようとすると、きゅんぱんが首を横に振った。
「だから、それが嫌なの」
「どうして勝手に迷惑だって決めるの?」
「頼ってもらえるかどうかは、私たちが決めることだよ」
みーちゃんもうなずく。
「アイはいつも、一人で全部背負おうとする」
「私たちを守ろうとしてくれていたのは分かる」
「でも、それじゃ仲間じゃないよ」
その言葉が、アイの胸に深く響いた。
誰にも迷惑を掛けないことが、自分にできる唯一の優しさだと思っていた。
しかし、その優しさが、いつの間にか仲間を遠ざけていたのかもしれない。
アイの頬を、一筋の涙が伝う。
「ごめん……」
「誰かに頼る方法が分からなかった」
「みんなが大切だったから、迷惑だけは掛けたくなかった」
涙が次々とこぼれていく。
「でも、本当はずっと話したかった」
「アクアとルビーのこと」
「初めて歩いた日のことも」
「初めて『ママ』って呼んでくれた日のことも」
「ルビーが私の歌を真似して踊ることも」
「アクアが、子どもなのに大人みたいなことを言うことも」
「みんなに聞いてほしかった」
「普通のお母さんみたいに、自分の子どもの話をしたかった」
もう、笑ってごまかすことはなかった。
「でも怖かった」
「話したら、B小町も、みんなとの関係も、私の大切なものが全部なくなると思った」
長い沈黙が流れる。
その静寂の中で、たかみーが涙を流しながら微笑んだ。
「やっと言ってくれた」
「やっと私たちに、本当のアイを見せてくれた」
その時だった。
「違う……」
掠れた声が聞こえた。
全員が振り返る。
ニノが、うつむいたまま両手を強く握り締めていた。
その肩は激しく震えている。
「違うの……」
「アイが謝るんじゃない」
「謝らなきゃいけないのは、私なの」
「ニノ?」
アイが呼びかけても、ニノは顔を上げなかった。
「アイが刺されたのは……私のせいかもしれない」
会議室の空気が一変した。
「どういうこと?」
たかみーの表情から笑みが消える。
ニノは震える唇を開いた。
「アイを刺した人の名前……リョースケっていうんでしょ?」
アイの目が大きく見開かれる。
「どうして、その名前を……」
ニノの瞳から涙がこぼれた。
「リョースケは……私と付き合ってたの」
誰も言葉を発せなかった。
「付き合ってた?」
めいめいが呆然と呟く。
ニノは力なくうなずいた。
「最初は、私のファンだった」
「握手会にも何度も来てくれて、私のことを一番に応援してくれてた」
「私のことが好きだって言ってくれて……それで、私たちは付き合うようになった」
「でも、いつの間にか変わってた」
「私と一緒にいても、話すのはアイのことばかり」
「ライブでも、私じゃなくてアイばかり見てた」
ニノは歯を食いしばる。
「悔しかった」
「私を好きだって言ってたのに、結局あいつもアイしか見てなかった」
「だから私も、アイを恨んでた」
アイは何も言わず、ニノを見つめていた。
「アイなんていなくなればいいって思ったこともある」
「でも……殺してほしいなんて、一度も思ってなかった!」
ニノの悲痛な叫びが、会議室に響いた。
「アイが刺されたって知った時、頭が真っ白になった」
「そのあと、リョースケから連絡が来たの」
「自分がアイを刺したって」
「俺がアイを殺したって……そう言った」
ニノの呼吸が荒くなっていく。
「怖かった」
「許せなかった」
「何をしてるのって」
「どうしてそんなことをしたのって」
「私……何も考えられなくなって……」
ニノは両手で顔を覆った。
「死んでって言っちゃった」
全員が息を呑む。
「あんたなんか死んじゃえばいいって」
「そう言って、電話を切った」
「そのあと、リョースケは本当に死んだ」
ニノの膝から力が抜けた。
その場に崩れ落ち、床に両手をつく。
「私が殺したんだ……」
「リョースケを殺したのは、私も同然なの」
「私がアイを恨んでいたから」
「私があいつと付き合っていたから」
「私が死んでって言ったから!」
たかみーが強い声を上げる。
「どうして今まで黙ってたの!?」
「ニノは、あの男がアイに執着してたことを知ってたんでしょ!?」
「違う、ここまでするなんて知らなかった!」
「それでも付き合ってたんでしょ!」
めいめいも涙を流しながらニノを見る。
「アイが死にかけたんだよ?」
「その人が危ないって、少しも気づかなかったの?」
「私だって分からなかった!」
「分からなかったけど……私が止めなきゃいけなかった!」
「そんなの今さら――」
「みんな、ちょっと待って」
アイの声が、張り詰めた空気を遮った。
たかみーたちが振り返る。
アイは車いすの車輪に手をかけ、ゆっくりとニノの前まで進んだ。
「ニノ、顔を上げて」
しかし、ニノは顔を上げない。
「できない……」
「アイの顔なんて見られない」
「顔を上げて」
今度は少しだけ強い声だった。
ニノが恐る恐る顔を上げる。
涙で濡れたその顔へ、アイはそっと手を伸ばした。
「ていっ」
軽い音とともに、アイの手がニノの頭へ落ちる。
「いたっ……」
突然のチョップに、ニノが呆然とアイを見つめた。
アイは、少しだけ困ったように笑う。
「リョースケくんのことは驚いたよ」
「ニノと付き合ってたことも、私を恨んでたことも、正直すごく驚いた」
「でも、私はニノを責められない」
「どうして……」
「ニノは、私に子どもがいることを知らなかったんでしょ?」
ニノは小さくうなずいた。
「私が子どもを隠したままアイドルを続けていた以上、それを知ったファンに恨まれる可能性があることは分かってた」
「もちろん、それで刺されていいわけじゃない」
「私を刺したのは、リョースケくんが自分で選んだこと」
「ニノがリョースケくんと付き合っていたこととは、別の問題だよ」
「でも、私が死んでって言ったから……」
「言っていい言葉じゃなかったとは思う」
アイは、まっすぐニノを見つめる。
「でも、ニノは私を刺したって聞いた直後だったんでしょ?」
「大切な仲間が殺されたと思って、怒って、混乱してた」
「その一言だけで、リョースケくんが死んだ責任を全部背負う必要はないよ」
「でも……」
「ニノが死んでって言ったことと、リョースケくんが自分で命を絶ったことも、同じじゃない」
アイは静かに首を横に振った。
「もちろん、何の関係もなかったとは言えないかもしれない」
「でも、全部がニノのせいでもない」
「少なくとも私は、ニノを人殺しだなんて思わない」
ニノの顔が歪む。
「どうして、そんなこと言えるの……」
「私、アイを恨んでたんだよ?」
「いなくなればいいって思ったこともあるんだよ?」
「うん」
「それでも、ニノは私を刺してない」
アイは迷わず答えた。
「人を羨ましいと思ったり、嫌いになったりする気持ちは、誰にでもあるよ」
「私だって、ずっと綺麗な気持ちだけで生きてきたわけじゃない」
「だから私は、ニノを責められない」
「それに今、こうして本当のことを話してくれた」
アイはニノの頭へ、もう一度優しく手を置く。
「私も隠してた」
「ニノも隠してた」
「お互い様とは言えないかもしれないけど、これから一緒に考えることはできるよ」
ニノの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ごめん……」
「アイ、ごめんなさい……」
「うん」
「言ってくれてありがとう」
アイは車いすから身を乗り出し、ニノの肩へそっと手を回した。
腹部の傷が痛んだのか、一瞬だけ表情を歪める。
「アイ、無理しないで!」
「これくらい大丈夫」
「大丈夫じゃない!」
反射的に声をそろえた六人に、アイは目を丸くした。
やがて、たかみーが小さく息を吐く。
「ニノ」
呼ばれたニノが、怯えたように顔を上げる。
「さっきは責めてごめん」
「私も、アイが刺されたことを思い出して、冷静でいられなかった」
めいめいもニノの前にしゃがみ込む。
「私もごめん」
「すぐに許せるとか、全部気にしなくていいとは言えない」
「でも、ニノだけの責任じゃないっていうアイの言葉は分かる」
ありぴゃんもうなずく。
「これ以上、一人で抱え込まないで」
「ニノまで一人で背負ったら、私たちが今日ここに集まった意味がなくなるよ」
きゅんぱんが涙を拭いながら苦笑する。
「アイに頼れって言っておいて、ニノには一人で苦しめなんて言えないもんね」
みーちゃんもニノの肩へ手を添えた。
「リョースケさんのことは、これからちゃんと向き合おう」
「でも、ニノを一人にはしない」
ニノは何度も頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「本当に、ごめんなさい……」
「もう謝るのは禁止」
アイがもう一度手を上げる。
ニノは慌てて頭を押さえた。
「またチョップする気!?」
「今度はもう少し強くしようかなって」
「病み上がりのくせに!」
ニノの目にはまだ涙が残っていた。
それでも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
たかみーはアイの前にしゃがみ込み、そっと肩へ手を添える。
「今日は、みんな隠してたことを話す日になっちゃったね」
「うん」
「遅いよ、二人とも」
「ごめん……」
アイとニノの声が重なった。
その瞬間、七人の間に小さな笑いが生まれた。
たかみーは涙を流しながら微笑む。
「でも、やっと言ってくれた」
「やっと私たちに、本当のアイを見せてくれた」
「ニノも、本当のことを話してくれた」
「今すぐ全部が解決するわけじゃない」
「それでも、ここからなら七人で考えられる」
ニノが立ち上がり、アイの左側へ歩み寄る。
みーちゃんは車いすの後ろへ回り、腹部の傷に触れないよう気をつけながら、そっとアイの肩を抱いた。
「退院したばかりだから、強く抱き締めるのは禁止ね」
「先生に怒られちゃう」
アイは涙を流しながら笑う。
「うん」
「悠真先生、すごく厳しいから」
「じゃあ今日は優しくね」
たかみーが右側から、ニノが左側から寄り添う。
めいめい、ありぴゃん、きゅんぱん、みーちゃんも車いすを囲んだ。
七人は、互いを確かめるように静かに抱き合った。
「アイ」
たかみーが優しく囁く。
「生きててくれて、本当にありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、アイが堪えていたものが一気にあふれ出した。
「私……本当に死ぬかと思った」
震える声だった。
「あの時、アクアとルビーを残して死ぬのが、本当に怖かった」
「二人に『愛してる』って、ちゃんと伝えられないまま終わるのが怖かった」
「みんなと、もう一度ステージに立てなくなるのも怖かった」
涙で声が詰まる。
「もっと、みんなと一緒にいたい」
「もっと七人で歌いたい」
「まだB小町を終わらせたくない」
六人は何も言わず、アイを優しく抱き締め続けた。
「終わらせない」
たかみーが静かに告げる。
「今度は七人で守る」
「もうアイ一人には背負わせない」
「ニノにも、一人では背負わせない」
「また七人でステージに立とう」
アイは何度もうなずく。
「うん」
「絶対に戻る」
「みんなのところへ戻るから」
「待ってる」
ニノが涙を拭いながら笑った。
「でも、先生の言うことはちゃんと聞くこと」
「無理して倒れたら、本気で怒るからね」
「分かってるよ」
そう答えたアイに、六人は一斉に疑いの目を向ける。
「その顔、絶対分かってない」
「分かってるって!」
「退院した次の日にダンスしようとしたって、ミヤコさんから聞いたよ?」
「えっ?」
アイの表情が固まる。
「ミヤコさん……」
「全部聞いたから」
「少しだけだったんだけど……」
「少しでも駄目!」
六人の声がぴったり重なる。
そのやり取りに、会議室には久しぶりの笑い声が響いた。
弱い自分を見せてもいい。
泣いてもいい。
過ちも、醜い感情も、怖くて隠していた秘密も、すべて打ち明けていい。
本当のことを話しても、仲間は離れていかなかった。
アイは涙を拭い、六人を見渡す。
「ねえ」
「今度、アクアとルビーに会ってくれる?」
一瞬の沈黙……
そして、
「もちろん!」
六人の声が重なった。
「ちゃんと紹介してね」
「今度は一緒に遊ぼう」
「また踊ってもらいたいな」
「ルビーは喜ぶと思う」
アイは優しく笑う。
「アクアは照れるかもしれないけど」
「じゃあ私たちが先に踊ればいいじゃん!」
その一言に、全員が笑った。
会議室に満ちていた重苦しい空気は、もうどこにもなかった。
長い間、七人の間にあった見えない壁。
それは今日、ようやく崩れた。
すべてが解決したわけではない。
リョースケが犯した罪も、その死も消えることはない。
ニノが抱えた後悔も、すぐになくなるわけではなかった。
それでも七人は、誰か一人に責任や苦しみを背負わせるのではなく、一緒に向き合っていくことを選んだ。
アイは少し照れくさそうに笑う。
「みんな」
「ありがとう」
少し間を置き、ゆっくりと言葉を続ける。
「それと……大好きだよ」
以前なら、迷いなく口にできた嘘の言葉。
しかし今は違う。
本当の気持ちだからこそ、少しだけ照れくさかった。
六人は涙を浮かべながら笑う。
「私たちも大好き」
ニノが笑って尋ねた。
「今度は嘘じゃない?」
アイは涙を拭い、まっすぐうなずく。
「うん」
「今度は、本当」
その瞬間、七人はもう一度優しく抱き合った。
この日交わした言葉と涙は、七人を本当の意味で一つに結び付ける、大切な約束となった。
そして一週間後、アイは記者会見の場で、自分の過去を自らの口で語ることになる。
その隣には、もう迷うことなく彼女を支える六人の仲間がいた。
一人で守るのではない。
一人で苦しむのでもない。
七人で支え、七人で背負い、七人で前へ進む。
この日初めて本当の心をさらけ出した彼女たちは、ようやく本当の意味で、家族のような絆を結んだのだった。