【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
新しい家へ引っ越してから数日後――。
午後の穏やかな時間。
アイはリビングのソファへ腰掛け、コーヒーを飲みながら一息ついていた。
ルビーは庭へ出て、一人で楽しそうに走り回っている。
「お庭ひろーい!」
「ママー! 見てー!」
そんな元気な声が窓越しに聞こえてきて、アイも自然と笑顔になった。
「元気だなぁ」
そう呟きながら、ふとリビングの反対側へ目を向ける。
そこにはソファへ座り、本を真剣な表情で読んでいるアクアの姿があった。
「また難しい本読んでる……」
最近では児童書どころか高校レベルの参考書を読む姿にも慣れてきた。
しかし今日は、表紙を見た瞬間…
アイの思考が止まった。
「…………え?」
思わず近寄る。
そして表紙を二度見した。
そこには大きく書かれていた。
**『大学生のための線形代数学』**
「…………」
「…………」
「…………え?」
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
(いやいやいやいや)
(頭がいいとは思ってたよ?)
(でも大学数学!?)
(四歳だよ!?)
(というか……)
アイはさらに首を傾げた。
(その本、どこにあったの?)
家にこんな本がある覚えはまったくない。
「アクア」
「何?」
本から目を離さず答える。
「その本、どこから持ってきたの?」
「社長に買ってもらった」
「…………」
アイは固まった。
(社長……)
(なんてもの買わせてるの!?)
心の中で思わずツッコミを入れる。
「ちょっと電話してみよう……」
アイはスマートフォンを取り出し、壱護へ電話を掛けた。
数回のコールのあと、壱護が出る。
『もしもし』
「社長!」
『どうした?』
「アクアに大学数学の本買いました!?」
『ああ』
返事が早かった。
「えぇ!?」
アイは思わず大きな声を出す。
『病院へ行った日があっただろ』
「うん」
『お前が診察を受けてる間、俺がアクアとルビーを連れて病院近くの本屋へ行ったんだ』
「そうだったね」
『そこでアクアが、その本を欲しいって言ってきた』
「なんで止めなかったの!?」
アイは思わず叫ぶ。
『いや、もちろん最初は止めたぞ』
壱護は苦笑しながら続ける。
『四歳児が読む本じゃないからな』
『さすがに読めないだろうと思って、「何が書いてある本か分かるのか?」って聞いたんだ』
「うん」
『そしたら説明し始めた』
「…………」
『ベクトル空間がどうとか、一次独立がどうとか、行列がどうとか』
『俺はほぼ分からなかったが、一応内容は合ってるらしかった』
「えぇ……」
『本屋の店員さんも驚いてたぞ』
『「本当に四歳ですか?」って』
アイは頭を抱えた。
「だろうね……」
『そこまで説明できるなら読めるんじゃないかと思って買った』
「社長……」
『何だ?』
「普通買います?」
『……俺も迷った』
壱護は少し笑う。
『でも、欲しい理由まできちんと説明されたらな』
『勉強したいって言う子どもを止めるのも違う気がして』
「それは……そうだけど……」
アイはリビングで静かに本を読んでいるアクアを見る。
ページをめくる速度は遅くない。
しかも、ただ眺めているだけではない。
時折頷いたり、小さく考え込んだりしている。
どう見ても内容を理解しようとしていた。
(うちの子……)
(どんだけ天才なんだろう……)
改めてそう思わずにはいられなかった。
電話を切ったあとも、アイはしばらくアクアを見つめる。
「アクア」
「何?」
「……分かるの?」
アクアはようやく顔を上げた。
「全部じゃない」
「まだ基礎だから」
「…………」
四歳児が言う台詞ではない。
アイはその場で天井を見上げた。
「神様……」
「うちの子、どうなってるんですか……」
庭からルビーの元気な声が聞こえる。
「ママー!」
「見てー!」
「ちょうちょ捕まえたー!」
「すごーい!」
アイは笑顔で庭へ手を振る。
その一方でリビングでは、四歳児が大学数学を読んでいる。
(双子なのに……)
(なんでここまで違うの!?)
そんなことを考えながら、アイは思わず苦笑するのだった。