【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜 作:ペンギンって可愛いですよね
休日の朝。
窓から差し込む柔らかな陽射しが部屋を照らしていた。
悠真はゆっくりと目を覚まし、大きく伸びをする。
「久しぶりによく寝たな」
大学病院に勤める外科医である彼にとって、休日は何よりも貴重だった。
コーヒーを淹れ、ベランダへ出る。
心地よい風が頬を撫でる。
「こういう朝も悪くない」
しばらく景色を眺めたあと部屋へ戻り、ソファへ腰を下ろす。
読みかけの医学雑誌を開く。
その時、隣の部屋から元気な声が聞こえてきた。
「ママー!」
「今日がんばってね!」
思わず笑みがこぼれる。
「元気だな」
続いて若い女性の優しい声が聞こえた。
「ありがとう。ママ、頑張ってくるね」
聞こえた声は以前エレベーターで会った隣人の声だ。
その時は帽子にマスク、サングラス姿だったため顔は分からなかったが、芸能関係の仕事をしているのだろうと勝手に思っていた。
しばらくすると、隣の部屋でインターホンが鳴る。
「ピンポーン」
玄関へ向かう足音が聞こえた。
悠真は気にすることなく雑誌へ目を落とす。
玄関先では何か話しているようだった。
会話の内容までは聞こえない。
だが、妙に長い。
「知り合いかな」
そう思った次の瞬間だった。
ドンッ――
何かが倒れるような音が響く。
続いて悲鳴。
「きゃあっ!」
悠真は勢いよく立ち上がる。
「何だ!?」
玄関を開け、廊下へ飛び出した。
目の前では、一人の男が走り去っていく。
悠真は一瞬だけ男を見る。
しかし、すぐに視線を倒れている女性へ向けた。
その横では、小さな少年が必死に女性の腹部を押さえている。
「お母さん!」
少年の両手は血で真っ赤だった。
圧迫止血。
しかも押さえる位置が正確だった。
悠真は一瞬だけ驚く。
(この子……応急処置を知っている?)
だが考えている時間はない。
女性のそばへ駆け寄る。
腹部刺創。
大量出血。
しかし、まだ意識はある。
「まだ助かる」
悠真はすぐ少年へ声を掛けた。
「君」
少年が顔を上げる。
「俺は医者だ」
「このまま手伝えるか」
少年は驚いた表情を見せたが、すぐに頷く。
「できます」
迷いのない返事だった。
悠真は内心驚く。
(普通の子どもならこんな返事はしない)
「そのまま傷口を強く押さえて」
「力は絶対に緩めない」
「分かりました」
少年は迷わず従う。
悠真は自分の上着を丸め、傷口へ当てる。
「これを当てろ」
「その上から押さえてくれ」
「はい」
少年は手際よく圧迫を続けた。
手の位置。
力の掛け方。
どれも正確だった。
悠真は確信する。
(やっぱり知識がある)
(この子は只者じゃない)
悠真はスマートフォンを取り出す。
「119番ですか!」
「女性が刺されました!」
「腹部刺創、大量出血!」
「意識はあります!」
住所を伝えながらも処置は止めない。
その時、部屋の奥から泣きそうな声が響いた。
「ママー!」
「お兄ちゃん!」
「どうしたの!?」
ルビーだった。
リビングにいるため、何が起きたのか分かっていない。
少年は振り返る。
「ルビー!」
「こっちへ来ちゃ駄目だ!」
「でも!」
「お願いだから部屋にいて!」
ルビーは泣きながら返事をする。
「うん……」
やがて近所の住人も集まり始める。
「救急車を入口まで誘導してください!」
「清潔なタオルがあれば持ってきてください!」
悠真の指示で住人たちが動き出した。
数分後、救急車のサイレンが近付いてくる。
救急隊が到着し、ストレッチャーが運ばれてきた。
「処置されていた先生ですか」
「大学病院勤務の外科医です」
「受傷直後から圧迫止血を継続しています」
救急隊へ簡潔に申し送りを行う。
その時だった。
悠真は改めて女性の顔を見た。
長い紫色の髪。
吸い込まれそうな星の宿った瞳。
整った顔立ち。
「……え」
どこかで見たことがある。
テレビ。
雑誌。
ネットニュース。
何度も目にした顔だった。
「……星野アイ?」
悠真の鼓動が大きく跳ねる。
その隣では、少年が必死に女性の手を握りながら叫んでいた。
「お母さん!」
その一言で、すべてが繋がった。
(この子がアクア……)
(部屋の中にいるのがルビー……)
(星野アイ……)
人気アイドル。
双子の子ども。
東京ドーム公演の日。
そして――この事件。
忘れていた記憶が、一気によみがえった。
悠真は信じられないという表情でアイを見つめる。
「まさか……」
「ここは……『【推しの子】』の世界だったのか……」